まわりあわせ




部屋にこもって、筆を休みなく動かす。
私の周りには書き終えた呪符や護符が散らばっている。そういえば、今朝からずっと部屋に籠ったままだった。ぐっと伸びをすれば、身体中が嫌な音をだす。ちょっと疲れたな。力も使いすぎた。ふぅと息を吐いてごろん、とそのまま床に寝転ぶ。

………ちょっと待って。

寝転んだままの体制だからか、彼の人は逆さに見える。違う、そうじゃなくて、…何故ここに?こんがらがった頭は今の事態を把握しきれなくて、咄嗟に床に散らばっていた札を投げた私は悪くないはず。たぶん。

「くく、妖に札投げて謝った奴は見るのは初めてだ。」

『反射的な行動でした。投げてから気づいたのです。貴方が"そういう"妖だと。』

「ほお、俺を知ってるのか。」

『…………ぬらりひょん、でしょう。』

真っ直ぐ彼を見つめる。吸い込まれそうな金色の瞳は驚くほど綺麗だった。

ーーー関東妖怪総元締「奴良組」の総大将。
会いたくない、そう思ってきた妖だった。だって、彼の存在こそがこの世界を決定付けるものだから。でも、実際会ってみても対して悲観しなかった。とうに私の中で覚悟は決まっていたと言うことだろうか。

「お主が葵羽か?」

『……何故、私の名を?』

「妖の中では有名よ。祓い屋のくせに妖と仲良くする変わった奴だと。だからどんな人間なのか気になって見にきたわけだ。」

『そうですか。……妖とて、悪いものばかりではありません。人と同じ、尊い命を持つ生き物です。仲良くすることが悪い、と誰かに言われる筋合いはありませんので私は私の好きなようにします。それが"昔"からの私の信念です。』

「ははははは、お前面白いな!我ら妖と人間が同じだと。」

『ええ、』

だって、妖だって感情はちゃんとある。人と同じように誰かを想い、慈しみ、愛しむ心を持つ妖は巨万といる。そんな妖が私は大好きだ。それに、人よりも長く生きるからこそ、知っていることも多くある。学ぶことも沢山ある。
この世界に生を受ける前から、妖は私にとって大切な存在なのだ。

「故にお前が祓うのは、人や妖に害をもたらす者だけか。」

『あと私の友人や"宝"を傷つけるものにも容赦はしません。』

「宝、ねえ。それはお前の妹か?」

にやりと笑ったぬらりひょんに私は目を伏せた。…ああ彼も、貞を、貞の力のことを、知っているのだ。人間の中でも、妖の中でも、もう有名になりすぎている。羽衣狐に目を付けられるのも時間の問題か。いや、既に獲物として眼中に入っているのかもしれない。

『貞を傷付けるものは、誰だって許しません。例えこの日ノ本、否、世界を敵に回したとしても。』

「……くくく、気に入った。」

突然わしゃわしゃと頭を撫でたぬらりひょんに私はきょとんと目を瞬かせる。今のどこで「気に入った」という発言になるのだろう。それにたかが祓い屋の小娘、いや小僧の言葉を正面から聞くなんて。変わってる人だ。

「おい、茶はねえのか?喉が乾いた。」

『……ふふ、まったく人様の家に無断できて茶の催促とは勝手な妖ですね。』

無断で飲食する前に、まだ言葉にしてくれるだけいいですが。
二つのお茶を用意して、縁側の扉を開け放つ。この部屋は嫌な思い出ばかりだけど、ここから見る庭の景色はとても好きなのだ。風に揺らめく木々や花を眺めながらぬらりひょんとお茶をするなんて想像していなかった。案外ゆったりとした良い時間になっていることに気づいてくすりと笑う。

「葵羽〜、遊びにきた、ぞ………。って、ぬらりひょん!?」

翠雨が抱えてきた果物がぼとりと地面に落ちる。ああ、勿体ない。でも潰れてはいなさそうだから食べれるだろうか。
なんでここに、と呆然とする翠雨の隣に今度は時雨がやって来て、私とぬらりひょんを交互に見て額に手をおきため息をついた。二人して酷い反応ね。

「葵羽に何の用だ。ぬらりひょん。」

「お、お前らは時雨に翠雨か。相変わらず仲が良いじゃないか。」

「「しばくぞ。」」

声を合わせて返す二人は、ぬらりひょんと知り合いだったのか。どういう関係なの、と聞けば三人揃ってただの顔見知りだと即答した。照れなくてもいいのにね。

「で、関東を拠点にしているお前が何故ここにいる。」

「ただの興味本位だ。噂の祓い屋が、一体どんな人間なのかと気になってな。お前達がいるとは思わなかったが……。そうか、お前達が自ら好んで側にいるほどとは。」

からからと笑うぬらりひょんは酷く楽しそうだ。そんな彼をみて面倒くさそうにする二人はいつもじゃ見ない雰囲気をしている。そんな一面を見て私はまた嬉しくなる。翠雨や時雨との距離がもっと縮まったみたいで。

「それにしても、関東を牛耳る妖怪と呑気に茶を飲んでるとは、葵羽は危機感がない。」

「時雨の言葉に同意するわけじゃないけど……、本当に気を付けて。」

『ふふ、心配性なんですから。彼はむやみやたらと暴力を振りかざす妖ではないと分かってたから、こうしてるんですよ。』

「「まったく……、」」

ふわりと笑えば、翠雨と時雨は揃って頭を抱えた。性格は正反対なのにこうも息が揃うなんて、ぬらりひょんの言うとおりやっぱり仲が良い。口にしたら怒られるのだけれど。

このぬらりひょんとの出会いは貞の運命にいずれ関わってくるのだろう。あの"場面"にいた人達で重要な立ち位置にいる人物のうちもう二人も出会ってる。これが良い方向に向くことを私は願う。願うだけじゃ駄目だね。私が良い方向に行くように動かなければ。

翠雨の持ってきてくれた果物をみんなで分けあって食べた一時は、とても有意義なものになった。


 
(11|12)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -