「私、お腹の調子が悪いので、医務室で寝てますから...お願いします、ソウシさん!!」

夕刻 、リカーに横付けしたシリウスの中では、珍しく贔屓がごねていた。

「そうは言ってもねぇ、贔屓ちゃん。ファジーが贔屓ちゃんに会うのを楽しみにしてるんだよ?」

料理やお酒の持ち込みも手伝って欲しいし、贔屓ちゃんがいないとつまらないよ...。ソウシはなんとか贔屓をなだめて、リカー号へ乗船させることに成功した。

「おーい!ロイ!宴だ、宴!!」

「な、な、な、なんだ、いきなり!」

「いきなりじゃねーよ。なにやってんだ、お前は」

「は?へ?」

突如乗り込んできたリュウガに驚いたロイだったが、シリウスのメンバーがマリアを見た後、揃いも揃って殺気のこもった眼をロイに向けたため、やっとこの宴の趣旨を理解したらしい。

「お前ら...」

「お前のためじゃない。もう贔屓が限界だ」

「リュウガ...」

「ロイ、分かってるね?」

「先生...」

「高くつくぞ」

「眼帯...」

「ここの食糧はありったけもらってく」

「バンダナ...。ん?ん、ああ、まあいいか。いや、やっぱそれは困る!せめて半分にしてくれ!」

仲間ってありがたいな!甚だ見当違いなことを思いながら、これでようやく贔屓と話せるとロイは意気込んだ。

リカーとシリウスの両メンバーで準備をすると、さすがに早い。あっという間に整った甲板は、料理と酒で埋め尽くされた。

贔屓は、当然のように隣に並んだロイとマリアを視界に入れないように、離れて座った。

でも人間、見たくないものほど見てしまうものだったりして...

「あ」

ロイのために料理を取り分けるマリア。

困った顔でそれを受け取るロイ。

そんな場面を見てしまいこっそりシリウス号に戻った贔屓は、その後決行された作戦の行方を知らない。

「よし。じゃあ乾杯!」

リュウガの合図をきっかけにソウシが自然とマリアに近付き、医師の立場を利用して警戒を解くと、両側からリュウガとシンが慣れた様子で割り込んだ。

チヤホヤされて頬を染めるマリアは、どうやら相当惚れっぽい性格だったらしい。こんな分かりやすい女一人追い払えないでどうするんだよ!優柔不断なロイに腹を立てつつ三人は、あからさまなマリアの態度にうんざりしながら疲れた笑みを浮かべた。

「おーい、贔屓ー!贔屓ー?」

リュウガ達のお陰でマリアから解放されたロイは、リカーから姿を消した贔屓を探してシリウス号に来ていた。

贔屓の性格を考えると、リカー号の船内に隠れるはずがない。居るとすれば自分の船だろう。

「贔屓ー!贔屓ちゃーん!」

我が物顔でシリウス号の船内を探して回るロイ。

「おーい!愛しの真珠ちゃーん」

「どこに隠れてるんだー?さてはかくれんぼか?」

どこまでも呑気な男だった。

「もーいいかーい!」

うーん、まだか。まだならまーだだよー!と言わなくてはいけないんだぞ?ブツブツと呟きながら、一つ、また一つと、ドアを開けては贔屓の名を呼ぶ。

一方贔屓は寝起きしている医務室で、自分を呼ぶロイの声を聞いていた。

「さて。ここで最後だ!...多分」

なんだ、その多分って。若干苛立ちながら見付かる覚悟を決めた、その時。

「みぃーっつけ...てない」

いない。どうやらロイは、医務室の斜向かいに位置するトイレのドアを開けたらしい。

「本気でそんなところに居ると思ったんですか!」

「やぁ、贔屓」

限界だとドアを開けて廊下に出た贔屓は、悪びれもせず笑顔で手を挙げたロイに、深い溜め息をついた。

「私がどの部屋で寝起きしてるかぐらい、知ってますよね?」

「ん?ああ、まあ、な」

「だったらどうして一番にここを見に来ないんですか!」

呑気に見せかけて、実はロイとて緊張していた。先日のように、あからさまに自分を嫌がる贔屓など初めてだったのだから。

「ロイさん。リカーに居なくていいんですか?マリアさんが待ってますよ」

「マリア?マリアなら、リュウガ達と楽しんでるぞ?」

「は?」

「あいつら、俺が贔屓と話せるように気を使ってくれたらしいな」

「...チッ」

「贔屓...俺はそんなに迷惑か?」

「は、何言ってんですか」

「そんなに俺を嫌がる贔屓は、初めてだからな...」

「嫌に決まってるじゃないですかっ!!」

「...そう、か」

そう。嫌だ。あんな子にベタベタされて、それを受け入れてるロイさんなんて。だいたい、いつものロイさんなら飽きもせずに食らい付いてくるはず。それなのに...

「ロイさんだって変です!」

「え?」

「いや、変なのはいつものことだけど、普通すぎて変です」

「...そんなに嫌われてしまったのか?」

贔屓は、しょんぼりと引き返そうとするロイを慌てて引き留めた。

「なんで帰るんですか!」

「いや、だって」

「いつもならもっと食い下がるでしょ!」

「贔屓?」

「そんなにあの人がいいんですか?」

「あの人?」

「とぼけないで下さい。マリアさんですよ!もう、ハッキリ言ってくれたほうが...」

ハッキリ言ってくれたほうが、何。私は何を言おうとしてるの?これ以上勘違いさせないで?中途半端は辛い?

「ど、ど、どうしたんだ?真珠ちゃん」

「っ...まるで恋煩いです」

「へ?」

「ものすごく迷惑です」

「ああ...そうか」

ようやくロイも確信した。贔屓も、俺を好いていてくれてるんだ。

「自分の感情がコントロール出来ないのは嫌なので、もう二度と私の前に現れないで下さい」

「だったらどうして泣くんだ?」

ロイの柔らかい声色。暖かい眼差し。

「こんな、こと、言いたく...」

「すまん、贔屓。俺が臆病風に吹かれて茶化してばかりだったせいで、不安にさせてしまったんだな?」

「違う」

「マリアに、」

「呼、ば、な、い、で!」

「彼女に、」

「アスカの幼馴染み」

「そうだな。アスカの幼馴染み、に、お前一筋の俺がフラフラすると思ってくれたのか?」

「...誰にでもフラフラしそうじゃん」

「心外な!」

「私はっ!ロイさんのことなんて何とも...何とも...」

「ああ、俺が勝手にお前に恋い焦がれて追いかけてるだけだ」

「追いかけてないじゃん!最近...」

「寂しかったのか?」

「寂しくない!そもそもなんで私なんですか」

「なんで?理由なんてないけどなぁ。贔屓が贔屓だから、かな」

「模範解答」

「お前は違うのか?」

「ちがっ...」

違わない。

「贔屓」

甘く微笑んで両腕を拡げるロイ。

「ぐふっ」

がら空きの腹部に頭突きをお見舞いして、贔屓はようやくその胸に飛び込んだ。

「調子に乗るな、バカロイ」





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