born this way (ロイ) 裏なし




ここのところ、贔屓はずっと不機嫌だった。

その不機嫌さは最初、誰かが1日1回首を傾げる程度の然り気無いものだったけれど、誰かは確実に不審に思う、そういう類いのものだった。ソウシとシンはその理由に気付いていたが、癪に障るのであえて口にしないでいた。

しかし。

「なー。お前なんか変じゃないか?」

ついにハヤテが口火を切ってしまった。

「ハヤテ」

ソウシがたしなめるようにハヤテを見たのに、まるっきり伝わらない。

「でもソウシさん!こいつがこんなんだから俺も調子がでないっつーか...」

ハヤテはハヤテで贔屓のことが心配なのには違いなかった。日に日に不機嫌さを増す贔屓の変化に、さすがのハヤテも気付いたらしい。

「別に変じゃないですよ?」

朝食のベーコンエッグを口に運びながら、頭を掻くハヤテに唇だけで微笑む贔屓。

「ここんとこ鬱陶しいリカーの襲撃もなくて平和なのによー。辛気臭いだろ」

「リカーといやぁ、女が乗ってるらしいぞ」

なんでもないことのようにリュウガが放ったその一言は、贔屓の眉間に皺を刻んだ。

「女ならメスゴリラがいるじゃないですか?」

「あ?ファジーじゃねーよ。なんでもアスカの知り合いらしい」

そう、前回の寄港時。

アスカの昔の知り合いだという女性が、あろうことかロイに一目惚れしたのだ。

その女性の目的地がリカーの次の寄港予定先だったこともあって、強引に頼み込まれた人の良いロイが、断るに断れず乗船を許可したという。

チッ。

舌打ちが聞こえたトワは、一度贔屓の向こう側に座るシンを当たり前のように見た後、大きな目を見開いて視線を贔屓に移動させた。

「...贔屓、さん?」

「なに?トワくん」

当の贔屓はそ知らぬ顔でもぐもぐと口を動かしてはいるが、いつもならそのしなやかな手つきで慎重に崩されるゆるい黄身が遠慮なくパンでつつかれて、見るも無惨な状態になっていた。

「おー、良かったなぁ贔屓!これでロイにしつこくされずに済むなっ!」

なんとも嬉しそうなハヤテの鈍感さは、全くもって羨ましい限りだ、と贔屓は溜め息をつく。

実は贔屓はそれを知っていた。知っていたどころか、その場に居合わせた当事者だ。

あの日シリウスは、たまたまリカーと同じ街に船を停泊させた。

それぞれが調達や武器の整備に出掛ける中、贔屓は運良く出会ったファジーと行動を共にすることになった。

いつものごとくそこにロイが乱入したのをこれまたいつものごとく蹴散らして...蹴散らしたところに、女連れのアスカがやって来たのだ。

「船長。コイツ、オレの幼馴染みのマリアです」

「やぁ、可愛らしいお嬢さん」

チッ!!誰にでも可愛いだのなんだの言いやがって!

ロイは睨む贔屓に一向に気付かず、マリアと紹介された自分とは正反対のタイプの女性に笑顔を向けている。

怒りが頂点に達した瞬間、贔屓は恐ろしい言葉を耳にした。

「かっこいい...」

耳を疑ってマリアを見ると、頬には赤みが射し、こぼれそうな瞳はキラキラと輝いて、ぽってりした唇はうっすら開かれている。

「かっこいい?!かっこいい?!俺様のことか?ほお!見る目があるな、マリア」

ロイが浮かれるのも致し方ない。滲み出る変態性のせいで、どんなに見た目が良くてもこんな風に熱い視線を送られることなどなかったのだから。

しかし今やその変態性は全力で贔屓一人に向けられているため、他の女にまでは回らないらしい。海賊船の船長とは思えない美しさと柔らかい物腰に、マリアはのぼせ上がっていた。

その残念なロイさんが素敵なのに!こんななんにも分かってないヤツが一目惚れとか!!つーか浮かれるのも大概にしろ!あームカつく!...でも可愛いな、この子。胸もでかいし、背は低いし、いかにも守ってあげたくなるタイプって感じ。

自己嫌悪に陥りそうな自分を奮い起たせて、「調子に乗るな、この変態!!」と鼻の下を伸ばすロイにローキックをお見舞いすると、マリアが言った。

「あの...酷いことしないで下さい!」

誰しもが見慣れた風景でも、初めて目にする者にとっては当たり前ではないこともある。確かに今贔屓がしたことだけを切り取ってみれば、酷いこと、かもしれなかった。例えそれをロイが密かに喜んでいるのだとしても。

「おお、マリア!そんなことを言ってくれるのはお前だけだ!贔屓はいっつも俺を邪険にするんだ...俺がこんなにも愛してるというのに」

「そんな!ロイ船長、こんな乱暴な方は放っておきましょう」 

「え、いや、贔屓は乱暴者ではないぞ」

「いーえ!ロイ船長はこの方に騙されているのです!早く目を覚まして下さい」

「騙されて?!それは誤解...」

「ところで、ご相談とお願いがあるのですが...」

「え?え?相談?お願い?」

矢継ぎ早に言葉を捲し立てるマリアに、いいように翻弄されるロイ。さすがの贔屓も焦りを感じたが、今更どうにもしようがない。気付いた時には、言葉巧みに誘導されたロイが、あれよあれよという間にマリアを次の寄港予定先まで乗船させることを承諾していた。

いくらロイでもそれは想定外だったらしい。承諾した自分に驚き贔屓のご機嫌を伺ったけれど、時すでに遅し。初めて見るなんとも形容しがたい表情を浮かべた贔屓が、いつの間にそこにいたのか随分離れた場所でシンを見付けてまとわりついているファジーを置いて、一人フラフラと去ってしまった。

すぐさま追いかけたかったのに、意外な力強さでしっかりと握られた手を振り払うことも出来ず、ロイはがっくりと肩を落とした。

贔屓の網膜には、マリアが小さな両手でロイの大きな手を胸の前で祈るように握り締める姿が焼き付いていた。

男は総じてこういうあざとい女に騙されるんだ!と思ってしまう自分の浅ましさに腹を立てながら、その感情と向き合う。 

劣等感と嫉妬。

焦燥感と落胆。

期待と不安。

贔屓は、ロイの誠実さを知っている。優しくて真面目なことも。冗談めかして言い寄ってくるけれど、半分以上は本気だろう。けれど、ロイはおだてと押しに弱い。臆病で優柔不断な面もある。一ヶ月近くかかる航海中に何も起きないとは断定できない。

「───だよな、贔屓!」

「え?...あ、そうですねハヤテさん。さっさと片付けましょう」

「は?あ、おい!」

ナギは、さっさと席を立って厨房で洗い物を始めた贔屓のつむじを眺めていた。ハヤテの言う通り、最近の贔屓はどこか上の空だ。体調は悪くなさそうだけれど、ハヤテに肉を取られても気付かない。毎日の仕事はきちんとこなすが、没頭しすぎている。

「───、おい」

「あ、はい!なんですか?」

「それ、さっき洗ったやつだ」

「わ、すみません!うっかりしてました。えっと、終わったので、私、甲板の掃除に行ってまいります!」

敬礼をして厨房を出ていく後ろ姿を見送りながら、ナギは首の後ろを掻いた。

コンコン、コンコン。

「なんだ」

「...あ」

航海室のドアがノックされて開けてみると、呆けた顔の贔屓が立っていた。

「この時間は甲板掃除じゃないのか」

「すみません、間違えました」

ペコリと下げられた頭にお前は本当に間抜けだなと言いながらも、間違いでも他のどこでもなくここに来た贔屓を可愛いなと思ってしまう自分に苦笑するシン。

「まあいい。ちょっと座れ」

せっかく玩具が自ら飛び込んできたのだ。遊んでやらない手はない。

「はぁ」

  さてどうやってからかってやろうか、ソファーに座って海を眺める贔屓の視線を追うと、目の端に黒い物が横切った。

「あ」

一瞬の差で先に声を上げたのは贔屓だったが、動いたのはシンの方が早かった。敵船は見えないけれど、小舟で近付いたのかもしれない。確か甲板にはトワとハヤテがいるはずだが...アイツら、また遊んでるな。

「チッ!お前は隠れてろ」

贔屓は首を傾げた。隠れてろと言われても、あれは間違いなくロイさんだ。危険でもなんでもない。でも今更...そうは思うけれど、足は甲板に向いていた。

甲板でシリウスのメンバーに囲まれていたロイは、階段を降りてきた贔屓を見付けて叫んだ。

「うおー!贔屓ー!贔屓ー!会いたかったぞ!!」

「何しに来たんですか」

半端なく据わった贔屓の目を見てしまったシリウスのメンバーは、一人、また一人とロイから離れ、自然とマストの下に集まった。

「相変わらず連れないなぁ。俺はお前に会いたくて会いたくて、こっそりリカーを抜け出して来たっていうのに」

「自分の船からこっそり抜け出すってどんな船長だよ」

「マリアがなかなか離れてくれなくてな」

「チッ。だったらそのマリアと乳繰り合ってりゃいーじゃん!」

「なっ!乳繰り合うって...なかなかレトロな表現だな」

「テメー、突っ込むとこそこかよ!」

「今日はご機嫌ナナメかい?真珠ちゃん」

「うるせー。海の藻屑になれ!!」

「うおっ!やけにハードボイルドだなぁ。そんな贔屓もなかなか...わっ!ほんとに撃つとはどういう...わわっ!」

「あっち行け!スケコマシ!すっとこどっこい!ヤリチン!」

「わ、わっ、贔屓?贔屓!何かの誤解だ!話し合おう!」

「うるさい!話すことなんか一つもない!ひたすら土下座しろっ!100万回謝っても許さん!一昨日来やがれ!」

「ひゃー!!」

「バカロイ...」

憐れにもロイは愛しい贔屓の手によって、ドボンと海に落とされた。

「...」

唖然と立ち尽くすシリウスの面々の中、最初に口を開いたのは贔屓だった。

「みなさん、どうしたんですか?ほらトワくん、掃除しよ!ハヤテさんも!」

「あ...はい!」

「あー?なんだよー」

ガシガシとデッキブラシで擦られる甲板を見ながら、ソウシが呟く。

「そろそろ限界みたいだね」

誰が、とも何が、とも言わなかったけれど、一様に頷く残されたメンバーに、リュウガが言った。

「一肌脱いでやるか!」

リュウガの号令で、シンが航路をリカー号に向け、ナギはリカーに持ち込むための大量の仕込みを始めた。





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