fragola
雲雀夢/少陰夢


Since:2010/08/01
Removal:2013/04/01



白銀の興趣


秋も過ぎ、季節はすっかり冬へと移った。


鮮やかな紅が溢れた秋から一転、外の色はめっきりと減ってしまった。




目を覚ました理紗は顔を妻戸の方へやった。

日が昇り始めたのか薄明かりが漏れるが、起床時刻まではまだ少し時間があるだろう。


上体を起こした理紗は寒さに小さなくしゃみを漏らし、手近にあった袿を纏った。


主の目覚めに気付いた楓牙が、理紗にすり寄る。



「おはようございます、主様」


「ええ。おはよう、楓牙」



楓牙の頭を優しく撫でてから起き上がり、妻戸を開ける。



「あ!」



冷たい風に少し肩を震わせながらも、理紗は嬉しそうに声を漏らした。


一面に広がる銀世界。



「雪だわ!」



欄干を乗り越えて庭に降り立った理紗の足に、雪の冷たさと柔らかさが直に伝わる。



「ぎゃー!主様!裸足!裸足はおやめください!」



ぎょっとして叫ぶ楓牙に「大丈夫、大丈夫」と根拠の無い返事をした理紗は、裸足のまま雪の感触を楽しむ。

終いには、そのまま雪玉を作り出す理紗に、どうしようかと楓牙が狼狽え始めたところ、大きな影が現れた。



「理紗」


「わわっ!あ、六合・・・・・・えっと・・・・・・



・・・・・・おはよう」



腰に腕を回し、軽々と理紗を抱き上げた、十二神将がひとり、六合。

表情の乏しい彼だが、安倍に生を受けてから十年以上の付き合いだ。

無表情の中にある感情を正確に読み取れた理紗は、とりあえず穏やかに朝の挨拶をしてみた。



「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・ごめんなさい、つい」



が、無言の叱責に耐えきれず、素直に謝り直す。

六合の口から大きなため息が漏れた。



「毎年言っているが、裸足で雪の上を歩くな」


「だって沓を履いてしまったら、せっかくの雪の感触が半減してしまうんだもの」


「歩くな」


「・・・・・・以後気をつけます・・・」



ここで曖昧な返事をするのは、もうさすがと言えばいいのだろうか。

言霊は違えないと、晴明の孫として、ひとりの陰陽師として、殊更、言葉に重きを置いている理紗が確定的な言葉を使わない場合、高確率で改善は見られないということだ。


六合は庭に付いた足跡に目をやった。

足跡の数は去年よりは少ない。早く見付けることが出来たようだ。

酷い年には邸を半周も裸足で歩き回った理紗だ。

それよりは断然ましな方なのは間違い無い。


もう一度大きくため息をついて、六合は邸の中に戻った。


理紗を下ろして、足の具合を見る。このとき、大丈夫だと言い張る理紗をすっぱりと無視するのは毎年のことだ。


霜焼けになっていないことを確認し、六合は部屋を出る。


理紗は、一度誰かに連れ戻されば再び裸足で雪に立つことは無い。

それにもう朝餉の用意にかからなければならない時刻だ。


心配そうにこちらを見やる楓牙の頭を苦笑して撫で、理紗は身支度を整えて厨へ向かった。










****



「姉上!できました!」


「あら昌浩。大きいのが出来たわね。とっても上手だわ」



よしよし頭を撫でる理紗にはにかむ昌浩。


ふたりの前には、それぞれ大きな雪玉があった。高さは昌浩の胸の辺りまであるほどの。



ふたりがかりで、よいしょと一方をもう一方の上に乗せ、用意していた木の枝を左右に突き刺す。

葉で顔を作って桶を乗せれば完成だ。



「できた!去年のよりずっと大きいや!」



雪だるまである。



平成では冬の定番だが、この時代では珍事もいいところ。

しかし“昔”は作ることができなかったこれを、理紗はどうしても作りたかった。


最初はひとりで。途中、神将たちの手伝いも借りて。


それから兄たちも一緒になって、彼らが家を出た今は、昌浩と作るのが当たり前になった。


・・・・・・毎年、絶対に雪遊びにつき合ってくれない宵藍が、気にかかっているのだけど。

彼の、あの雪を見る目は、まるで・・・・・・



「姉上!次は雪合戦しましょう!」



昌浩の声に思考を打ち切った理紗は、昌浩の頭を撫でながら、優しく告げた。



「是非ともしたいけれど、ひとまず休憩にしましょう?体が冷えてしまっているわ」



と、理紗に複数の視線が突き刺さる。



「・・・毎年初雪の度に裸足で雪遊びを始めるのはどこの誰ですか全く・・・」



呆れ切った天后の声。

一緒にいる六合や楓牙などは尤もだと言わんばかりに頷いている。


なぜその常識を自分自身には発揮しないのか。


理紗としては大事な弟を気遣うのは姉として当然のこと。

しかし元来、自分のことには無頓着甚だしいので、その辺はすっぽりと抜けているのだ。

裳着も済んだ立派な姫だというのに未だに神将たちや楓牙があれこれとするのは、そういった無頓着さのせいでもある。


一応、そのことを自覚しているにはしている理紗だが、いかんせん、これは己の性質だと、改善される気配は全く無いのが、悲しいが現実だ。



「姉上?どうかしましたか?」



保護者組に、つい苦笑を漏らした理紗を昌浩が不思議そうに眺めた。


凄まじい見鬼の才を持っているが諸事情によりそれを封印されている昌浩には、彼らの呆れたようなため息や小言は聞こえないし、姿も見えないのだ。



「何でもないわ、昌浩。さ、中に入りましょう」




- 23 -


前項 | 次項 





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -