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昌浩と一緒に雪合戦をやり終えた理紗は、大変満足そうな顔で火桶の前に座っていた。
遊び疲れた昌浩は、理紗の膝を枕にすやすやと眠っている。
天后が持ってきてくれた袿を昌浩に掛け、理紗は穏やかな笑みを浮かべて庭を眺めた。
「んー、楽しかった!今年もやり残すことなく新年を迎えられるわ」
そりゃあ、あれだけ雪を投げまくれば満足するだろう。
つい誤って邸の中に飛び込みそうになった雪を防ぐのは、結界要員としてわざわざ呼ばれた太裳の仕事である。
呼び出す理紗も理紗だが、応じる方も応じる方である。
日頃から天空からの贈り物届け係である太裳からしてみれば、今更のことなのだが。
「理紗様も少しお休みになられてはいいかがですか?」
昼寝を勧めるなど、まるで幼子に対するような太裳の提案を、理紗は気にした風もなく、しかしやんわりと断った。
「ううん。今日は遊び過ぎてしまったから、やることがたくさん残ってしまっているの。やりたいこともあるし」
決まり悪そうに笑った理紗に、太裳は少し眉尻を下げた。
遊び疲れた子どもは寝るものだ。現に今、昌浩は寝ている。
理紗くらいの歳になれば昼寝をすることは確かに少ないだろうが、理紗は昔から昼寝をほとんどしない子どもだった。
今でも、休息より自身に課されたことを優先することに迷いが無い。
晴明の麾下に入って以来、主の息子である吉平や吉昌を始め、そのまた子どもたちの世話をしてきた神将たちだが、理紗は本当に昔から子どもらしくない子どもだった。
精神の発達が早かったという程度の話でもなく、まるで最初から成熟していたかのような。
それについて思うことが無かった訳ではないが、不都合なことは無かったので、何も言えずに過ごしてきた。
だから本当にたまに見られる子どもらしい様子にひどく安堵する。
風邪をひかないかと心配しながらも毎年の雪遊びを止めないのも、そのためである。
それでもやはり子どもらしさが足りないので、神将たちは今になってもつい子ども扱いをしてしまうのだ。
「――もう温まったわね」
理紗が昌浩の体温を確認すると、控えていた白虎が立ち上がった。
何も言わずとも理紗が告げるであろう要望を了解した白虎は黙って昌浩を抱き上げる。
「ありがとう、白虎」
「ああ、かまわん」
昌浩を、自室に寝かせに行ってくれたのだ。
理紗がここに留まっていたのは、寝ているときに火桶を置くのは危ないからと、昌浩が温まるのを待っていたにすぎない。
神将の誰かに付いてもらうというのは、昌浩には視えないので憚られる。
そんな理由だ。
それが無くなった今、のんびりと庭を眺める彼女ではない。
可能な限りを、理紗は“何かする”ことに使うのだ。
家事の手伝い然り、陰陽師としての修行然り。
毎日の細かい時間にも詰め込む姿に、生き急いでいると感じるのは神将たちだけではない。
彼らの主であり、彼女の祖父である晴明が気づかないはずがないのに、晴明は何も言わないのだ。
だから神将たちも何も言わない。何も言えない。
晴明とて、理由を知っているわけでは無いだろうに。
神将たちには晴明の考えもわからない。
ただ、彼らは知っているのだ。
人の想いとは、複雑で、ときには神をも動かす強さを持っていることを。
それは決して、人では無い自分たちには持ち得ないものだと言うことを。
「理紗」
「ん、何?六合」
だから、自分は。
「春になったら花見に行こう。桜でも、桃でも」
“先”が有ると確かめたくて“約束”を作る。
彼女は絶対に約束を違えない人だから。
「――良いですね。では夏になりましたら、螢を見に参りましょう」
「となると、秋は月見ですね。そして冬になって雪が降れば、また私が雪合戦のための結界を張りましょう」
六合に続けて“約束”を求めた天后と太裳に、理紗は目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑った。
「ふふっ、今日初雪が降ったばかりなのに、みんな気が早いわ」
袂で口を覆って、ほんの一瞬、悲しそうな顔をして、でもすぐにまた嬉しそうに笑って。
「・・・お花見は、梅を見に行きたいな。白河の方に良い場所があるって雑鬼たちが教えてくれたの。
螢は貴船に見に行きたい。お月見をするなら、屋根の上でしたいわ。でもひとりでは登れないから、連れて上がってもらってもいい?」
だから、小さな小さな、我が儘とも言えない、小さな彼女の要望を。
「ああ、もちろんだ」
一つとして漏らすこと無く、叶えたいのだ。
「―――うん、ありがとう。
ふふっ、今から楽しみだわ。まだまだ先の話なのに」
花のように笑う理紗に、ただ、そのままでいて欲しいから。
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