Warped affection 2



理由もわからねぇまま、半月が過ぎた。だが、あの日から談話室にはナマエの姿が見えなくなった。
すると、不思議な事に、俺の足も向かなくなった。

「リヴァイ、どうかしたの?」
「何がだ?」
「誰か探してるみたいだったからさ」
「……?」
「最近いつもそんな感じだよね」
「俺が……?」

探す? 一体誰を……?

そんなつもりなど無いと言って気付いたのだが、食堂を見回している。

「ほら……」
「……」
「顔、怖いよ?」
「そりゃ、いつもだろうが」

そうは言ったものの、ハンジが困った顔をしてから「聞くよ」と、真剣な顔になった。

穏やかに過ごしているつもりだったが、ハンジに言われる位だ。思ったよりも俺はおかしな行動をしていたりする……という事なのだろう。ハンジはふざける事も多いが、余計な事迄は言っては来ない。

「茶でも、飲みに行くか」
「え? 淹れてくれるんじゃないの?」
「どうせモブリットに頼むんだろうが……てめぇで淹れる訳じゃねぇんだ、文句言うな」

不味いコーヒーを飲まなくなってからは、てめぇで淹れたのしか飲んでねぇ。たまには誰かが淹れたのを飲みたくなっても、おかしくはないだろう?

食事を済ませた俺達は、ハンジの執務室へと向かった。
歩きながら、俺はやはり探しているのかと思う様に、通路を歩く兵士達の顔を見ていた。いつもならば、逆に見ない様にして歩いていた筈だ。

俺は……

そこで、数人の新兵が通路を横切った。途端に苛立ちが込み上げると、それはいつもよりも胸を圧迫する様な、強いものだった。

「リヴァイ?」
「……」
「今のは……まぁいいや、急ごう」

腕を掴まれて引っ張られたが、振り払う事も文句を言う事も……当然、蹴り飛ばすなんて事も出来なかった。

「モブリット、急いで紅茶をお願い」

自分でも、明らかにおかしいとわかる。息をするのも苦しいと思う状態に、話す事すら出来ず、それはハンジも理解している様で、黙って座っている。

「お待たせしました」

モブリットが紅茶を置くと、取り敢えず、飲んだら少しは落ち着くだろうとハンジは笑った。

半分程飲んで、大きく息を吐いたが、思ったよりも落ち着かねぇ……

「談話室に、行かなくなったらしいね」
「……あぁ」
「理由がある?」
「いや、元々何で行っていたのかすらわからねぇ。元通り……だろうよ」

今度は、ハンジが盛大に溜め息を吐いた。

「質問を、変えようか」
「……?」
「さっき、来る途中で急に様子が変わったけど、どうして?」

あれは……

「何が起きた……いや、何かを見たんだよね?」

新兵達が……通って……

「誰を見て、そんな風になったんだい?」

誰……?

新兵を見たのはわかっているが、誰かを見たつもりはねぇ。
だが、アイツは……ナマエは笑っていた。

俺になど、気付きもしねぇで……

そこでまた、不快なものが胸を押し潰す様に苦しくなった。

「り、リヴァイ?」
「……っ」

胸を掴む様にして遣り過ごそうとした俺に、ハンジが声を掛けたのだが、当然、返事などしてられねぇ。

「今、何を考えた?」

何を……? ナマエの笑顔に腹が立った事……か?

言ってどうなると思ってハンジを見ると、真っ直ぐに俺を見ていた。

「ナマエちゃんの事……でしょう?」

胸を掴む手に、更に力が入った。




あの日から、私は談話室の当番と厩舎の掃除当番を替わって貰った。

皆は気にする事無いと言ってくれたけれど、あそこまで露骨に嫌がられているのに、それは無理だ。

「あれからさ、兵長は談話室に来てないんだってさ」
「そう……」

私がいると思ってるから……かな?

「あ、でもね、ナマエの担当だった日に一度覗いて……入らないで帰っちゃったって言ってた」
「……」
「何でだろうね?」

それは、私の方が訊きたい。兵長に恨まれる様な事を……私に嫌がらせしたくなる様な事を、私はしてしまったのかも知れない。

そういう事は、はっきり言いそうなタイプに見えるのに。

「ナマエ?」
「兵長は……もう諦める。元々、恋とかって感じよりも、お礼が言いたかっただけだから……」
「でも、その為に頑張って訓練してさ、調査兵団希望したんでしょう?」
「そうだけど、他は元々選べる立場でもないし?」
「壁の外にも行ってみたかったし?」
「皆と一緒に居たかったし……」
「うん、そうだよね」
「そうそう」

笑い合ってはいたけれど、心配かけちゃってるな……と、落ち込んだ。

食事も皆が気遣ってくれて、少し遅い時間に行くと、兵長には会わないで済んでいた。でも、会いたくて、話をしてみたくてここまで頑張ったのに……避けなきゃならなくなるなんて、やっぱり悲し過ぎる。

私は、これからどうしたら良いのかな。訓練して、調査に出て、人類の未来の為に……礎に……なるのかな。

でも……

そう思ったら、やっぱり心残りなんて無い方が良いと思った。




「アイツを……見ると、酷く、苛つくんだ……」

絞り出す様に声を出し、俺は胸を掴んだままそう言うと、ハンジはまた、落ち着けと紅茶を飲む様に言った。

「具体的に、どんな時にそう思うの?」
「笑っているのを見ると……腹が立つ」
「そうなったきっかけって、覚えてる?」
「いや……」
「ある日突然、いきなりなの?」

そりゃまた凄いねと驚くハンジは、こうなる原因がわかっている様にも見えた。

「だが……」

俺は、訓練兵団に視察に行った時、ナマエに会っていた事を思い出したのだと話した。

「リヴァイは、悔しかったんだ?」
「あぁ、多分な。だが、忘れちまってたって事は、これとは関係ねぇだろう?」
「原因は寧ろ、そこにあると思うけど?」
「……?」

おかしくなったのは、最近だぞ……?

「それは本当に……苛ついたり腹が立っていてそうなってるのか、落ち着いて考えてごらんよ」

落ち着いて考えろ……?

苛つくのも、腹が立つのも、苦しくなるのも……他に何があるというのだろうかと考えるも、それ以外に思い当たる事など無かった。

あるとすれば……

「俺は……病気なのか?」
「はあ?」
「いや、違うなら良い」

恥ずかしい事を言ったと、落ち着かなくなった。

「リヴァイさ、今恥ずかしいとか思ってる?」
「……あぁ」
「苛ついてるのと、感じが似てない?」

言われてみれば、居心地が悪くどうにも落ち着かねぇのは苛ついてるのと似てない事もないが……

「ヒントにはなったかな?」
「……?」
「答えを教えるのは簡単なんだ」
「なら……」

何故、教えねぇ?

「でもさ、皆それは自分で何故かを考えるものなんだよ。だからね、リヴァイ……色々考えてみてよ」
「あぁ……」

自分で考える……

そうだな、遣り過ごす事ばかりで、考えてはいなかったなと思った俺は、「仕事に戻る」そう言ってハンジの執務室を後にした。

最後にハンジは、「何故腹が立つのか、どうして欲しいのかがわかれば答えは出るよ」と笑った。

一番、腹が立つのは……笑顔だ。

どうして欲しいかという、その意味が先ずわからねぇ。

考えても考えても、益々わからなくなっていく様な、不安感に襲われた。

他の奴に出来ても、俺には出来ねぇのか……?

普段は成りを潜めている劣等感が、苛む。所詮お前は地下のゴロツキだと、俺自身が俺を嘲る。




兵長に謝って、お礼も言って……それで終わりにしよう。

長引かせても良い事は無いと思った私は、早速、兵長に呼び出しの手紙を書いた。来ては貰えないかも知れないと思いながらも、その時はその時だと思い、兵長の自室のドアに手紙を差し込んだ。

も、もう、後戻りは出来ない。

早くも後悔という感じではあるけれど、こんな事は……勢いが無いと出来る事でもない。
まるで告白をするみたいだと思ったけれど、そんな素敵な事じゃ無いと溜め息を吐いた。

消灯の時間を過ぎ、同室の娘達が寝てしまうと、そっと着替えて抜け出した私は、兵舎の裏の温室へと向かった。

「来て……くれるかな……」

誰もいない温室は、思ったよりも静かで怖い。
時間よりも早く着いたけれど、それからかなり時間が経っている。

時間……過ぎちゃってるよね……

どこかで、期待していたかも知れない。そんな想いが頬を伝って零れ落ちていく。

最初は、本当にお礼を言いたいという一心だった。でも、それから少しずつ、会いたいと強く思う様になっていって……それは恋だったのかも知れない。

来ても来なくても、終わりにするって決めたんだから……

待っても来ないと、わかっていた筈だ。泣いて全部流れちゃえば良いと、私は我慢しないで泣いた。




「夕方から会議なんて……するもんじゃないよねぇ……」
「あぁ……」
「まだ、考えてる?」
「あぁ、わからねぇ……」

急な会議はいつもの事だが、思ったよりも遅くまで掛かり、終わったのは11時を回っていた。

ハンジと別れ、自室のドアを開けた俺は、足元に封筒が落ちたのを見た。

呼び出しか? こんな日に……ったく、どうせ名前もねぇもん、行く訳ねぇ……

だが、拾って捨てようとした手が止まった。

ナマエ……だと?

封筒には、差出人の名前があった。

急いで開けると、やはり呼び出しであったが、雰囲気が違う。

『お話ししたい事があります。今夜11時に兵舎の裏の温室で待ってます。ご迷惑だと思いますが、宜しくお願いします。』

何の話だと思い、もう一度時間を見れば、もう……とうに過ぎている。行っても待ってる訳がねぇと思う頭を無視して、俺は走った。

訳のわからねぇ事を、終わりにしたいと思った。その答えがわかる様な、そんな気さえしていた。

温室に、人影は見えねぇ……だが、中へ入ると、ベンチに座っているのが見えた。

俺が近付くのに気付かず、泣いている様だった。



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