4月10日……この日は、俺の中でも特別な日だった。 だが、兵士になって3年、仕事や訓練に没頭していて、俺はその日に行きたかった場所へは行けなかった。 俺は、久し振りにその場所へと足を進めていた。 懐かしさと諦めと……微かな希望。自然と数年前の事を思い出していた。 地下街からそれ程遠くない場所に、貴族や金持ちの来ない露店の並ぶ場所があった。街で買うよりも安価で、地下街で買うより安全な食い物を買いに、俺も時々そこへ行った。 「あ、お兄さんいらっしゃい。いつものあるよ!」 ほら、取っておいたんだ……と、女が俺に見せたのは干した肉だった。 「あぁ、それを貰う。あと、これも一緒に頼む」 「はーい!」 言いながら、俺は隣の店を見ていた。 毎回……売れてるのを見た事がねぇが…… 何度も通っているのは、実は隣の女が気になっていたからなのだが、それならばその店の物を買えば良いのだろう。だが、その店は……手作りの髪飾りやアクセサリーを扱う店で、俺には全く縁の無い店だった。 「そうそう、聞いてよお兄さん、ナマエってばね、明日誕生日だっていうのにデートする相手も居ないのよ」 「け、ケート、そんな事お客さんに言わないで……」 「……」 誕生日か、しかも相手は居ない? 俺にしてみりゃ好都合な情報だった。何かプレゼントしてやりたいと考えた。 「ほら、お兄さん困っちゃってるじゃない」 「いや、考え事をしていただけだ」 「お兄さんモテそうだから、何かアドバイスとか無いですか?」 「そのままで、悪くねぇと思うがな」 荷物を受け取り、俺は金を渡して立ち去った。 誕生日…… 頭の中はそれで一杯だった。 部屋に戻ろうとして、ふと見た露店に……綺麗な石の付いたペンダントを見付けた。 ナマエの店の物は、石を使わない物ばかりだし、ナマエが身に付けていたのも、店の物と同じ様な物だった。 これにするか。 手持ちの金でも、買える値段だった。俺はそれを買い、落ち着かねぇ気分で明日を待った。 翌日、露店の準備が終わる頃、俺は地下を出て歩いていた。街の店の並ぶ道で、俺は昨日買った物とそっくりな物が飾られているのを見た。 コレは……ナマエにはやれねぇな。 ポケットの中のペンダントを握り、俺は俯いた。地下の露店で扱っている物など、言わずと知れた盗品だ……しかも、買った金も、盗品を売り捌いて作ったもので、どう足掻いても俺は地下街の人間で、ナマエにゃ相応しく無いと気付いた。 戻るには、目指していた露店迄はもうすぐで、折角ここまで来たのだからという、妙な理屈で歩いた。 「これで、菓子と交換して貰えねぇか?」 途中の店でペンダントを見せると、買った値段程ではないが、交換してくれた。 俺には不要な物だしな…… 浮かれていた……己の浅はかさに舌打ちをするも、どうなるものでもねぇ。 「あれ? お兄さんどうしたの?」 週に多くても2度程しか来ねぇ俺が、2日続けて来た事に、ケートは驚いていた。 「誕生日だって聞いちまったからな、菓子を持って来た」 だが、肝心のナマエの姿が無い。 「ナマエなら、材料買って来るって言ってたから、もう戻ると思うよ」 「いや、渡しておいてくれれば良い」 次に来た時の話題にでもなるだろうと、その時はそう考えていた。 だが……その翌日、俺は調査兵団へと連れて行かれたのだ。 馬車に乗せられ、露店へと続く路地を過ぎる時、黙って目を閉じ、淡い想いに別れを告げた。 その時の俺は、処刑するくらいならば捨て駒にされるんだろうと思っていた。二度と、戻って来る事も無いのだろう……と。 「変わらねぇな……」 まるで、変わっちまったのはお前だろうと言われている様な……記憶と同じ町並みも、空気も、丸3年経ったが変わりはない様に思えた。 まだ、店を出しているだろうか? あの日馬車から見た路地を、露店の集まる広場へと向かう。思ったよりも足の動きは速かった様で、あっという間に着いちまった。 だが、馴染みの場所には違う店が出ていて、ナマエの店もケートの店も見当たらなかった。 「3年も経てばなぁ……」 「場所も変わるってものよ」 ポツリと呟いた言葉に答える様に、聞き慣れた声が言った。 バッと振り返った俺は、すっかり大人になっちまったケートを見た。 「無事だったんだね、お兄さん」 「あぁ……」 「店はね、良い場所に変えてもらったんだよ」 歩き出したケートに着いて、なんとなく歩くと……人通りの多い場所に着いた。 そこには、若い女たちに品物を売るナマエの姿があった。長かった髪は更に伸び、幼さの抜けた顔は美しく見えた。 「ナマエに会いに来てくれたんでしょう?」 クスクスと笑われ、ほら……と、背中を押された俺は、間抜けにもナマエの前に出た。 「お兄さん……」 「元気そうだな」 穏やかに笑って見せたナマエは、俺に言った。 「お土産におひとついかがですか?」 奥様か彼女さんにでも……と、控え目に言ったのを聞いて、俺は訊き返した。 「誰かに祝って貰う予定はあるのか?」 「3年前にお菓子をくれた人以外に、祝ってくれた人は居ないです」 それは……どういう意味だ? 返事に困った俺と俯いたナマエを見て、ケートが大きな溜め息を吐いた。 「見てる方が恥ずかしいんだけど……?」 ナマエを立たせ、店から追い出し、そこにケートが座った。 「店番しててあげるから、よそでやって」 「……少し借りるぞ」 「持って帰らないで、返してね〜」 笑いながら手を振られ、俺は取り敢えず人のあまり居ない方へ歩いた。黙って着いてくるナマエは、どんな事を考えているのだろうか。 小さな公園のベンチに座らせ、隣に座った。 「誕生日……だろう?」 それだけ言って、持って来た包みを膝に乗せた。 「も、貰って良いんですか?」 「あぁ、そのために持って来た物だ」 「ありがとうございます。でも、何故……?」 言わなきゃわからねぇか? と思いながら、上手い言葉が見つからねぇ…… 「相手が居ねぇなら、俺が毎年祝ってやる」 「えっ?」 「だから、俺はお前が好きなんだと言っている……」 「は、はい。お、お願いします」 「は?」 「私も、お兄さんが好きです」 こんな時まで"お兄さん"と呼ぶなと思ったが、名乗っていない事に気付いた。今更過ぎるだろうと、呆れちまった。 「リヴァイだ」 「はい?」 「お兄さんじゃねぇ、リヴァイだ」 「リヴァイ……さん?」 「あぁ」 ナマエは俺が地下の人間だと、知っていたと言った。そして、兵士に連れて行かれたというのは、ケートが調べてくれて知っていたと。 「俺は、兵士になったんだ……」 来れなかった間の事を話し、本来ならば牢にぶち込まれるか、極刑もあったかも知れない身だとも、話した。 「無事で居てくれて、嬉しいです」 「今の話……聞いてたか?」 「はい。生きるため、ですよね?」 「あぁ……」 「今は守ってくれているんですよね」 そんなつもりは無かったが、思わず頷いた。 「私も、リヴァイさんのお誕生日をお祝いしたいです」 「そんなのはいい……」 「じゃぁ、わたしもいいです。でも、誕生日じゃなくても、会えますか?」 「あ、当たり前だろうが。会いに……来る」 「私も、会いに行っても……良いですか?」 「あぁ……」 素直に嬉しいと口に出せねぇもどかしさと、溢れてくる愛しさを伝えたくて、俺はそっとナマエを抱き締めた。 「誕生日、おめでとう」 危うく、肝心な事を言い忘れるところだった。 この先ずっと、俺が祝ってやるから……お前もずっと俺を見ていてくれと言うと、ナマエは笑って「はい」と答えた。 惜しむ様にゆっくりと歩き、店に戻ると、ケートは「早かったね」と笑った。 何度か会議で来てはいたが、此処へ来る口実がなかった。だが、次からは、退屈な会議も苦では無くなりそうだと思った。 来年は、何を贈ろう? どうやって祝おうか。その次は…… 何度でも、祝おう…… 命尽きるまで、祝おう…… 生まれて来てくれた事を……祝おう End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |