Please cry instead of me.


此処(兵団)に来て、初めてゆっくり花を見たかも知れねぇ……

中庭にある、大きな桜の木は……壁が出来る前からそこにあったのではないかと、誰かが言っていた。

舞い散る花弁を見て、木に……「お前は泣いているのか」と問うと、「違うわ」と、答えた。

「ナマエか?」

大きな木は、人ひとりくらい簡単に隠す。裏側から出て来たのは、俺が気になっていた女だった。

変な事を聞かれたと、俺は誤魔化す様に花と空を仰げば、ナマエも並んで見上げた。

「リヴァイ、貴方が好きなの……」

何度も、違う女には告白をされた。だが、その時は何も思わなかった。
けれども、ナマエのその言葉は、池に放った小石の様に……俺の中にゆっくりと波紋を広げていった。

「俺は恋愛沙汰など、よくわからねぇ」
「そう……」
「だが、お前の事は気になっている。気が付くと……探している。好きというのはそういう想いなのか?」
「会いたい、声が聞きたい、触れたい……抱き締めたい。どれか、あるかしら?」

そろりと向けた視線は、ナマエの姿を捉えて喜んでいる。話している事で、気持ちが凪いでいく。頬に、唇に……触れたいと思う。抱き締めて、抱きたいとすら思う。

「……どれもだ」

俺らしくはないのかも知れねぇが、遠慮がちに伸ばした腕の中に、ナマエがスッと入り込んだ。

抱き締めて良いものかと戸惑っていると、ナマエが先に俺を抱き締めた。その直後に、俺もナマエを抱き締めていた。

「この木は、見守っていてくれているのよ」

その言葉に答える様に、サアッと風が吹き、更に多くの花弁が俺とナマエを包み隠す様に舞った。

その日から、俺は時間の許す限り、ナマエと共に過ごした。それでもまだ足りねぇと思うくらいに、傍に居ろと抱き締めていた。




ある日突然やって来たリヴァイは、好奇の目に晒されようが、根も葉もない噂を立てられようが、全く意に介さないといった態度でまっすぐ前を見ていた。

惹き付ける魅力……野性的な鋭さと、整った顔立ちや地下街育ちとは思えない物腰とクールさ等々、私の周りも浮き足立った。

彼は……とても優しくて寂しがり屋なだけだよね。

私には、そう見えていた。
表情があまり変わらないのは、必要が無かったからだと、本人は言っていた。

気持ちがどんどん増えて行った。
皆が挙(こぞ)って告白をしに行ったけれど、悉く振られていた。

そんなある日、桜の木に寄り掛かっていると、声が聞こえた。

「お前は泣いているのか」

木に語りかけた切なそうな声に、私はそれを否定した。
そのまま、私の想いが零れてしまった。

同じ想いだったと言った彼は、見た事もない優しい顔に見えた。

付き合い始めて暫くすると、リヴァイは兵士長になった。実力からすれば、当然だというのも頭では理解が出来た。

リヴァイの態度は変わらない。寧ろ……以前よりも必要とされていると思えるくらいに、束縛されていた。

「ナマエ……会議で王都に行かなきゃならねぇ。俺の部屋なら、変な奴も来ねぇだろうから、そこで寝てろ、いいな?」
「だ、大丈夫よ、そこまでしなくても」
「俺が嫌なんだ」

結局、私はリヴァイの居ない彼の部屋で眠った。安心させてあげたかった。でも、私は不安だった。

王都は彼の庭みたいなものだろう。昔の女が居るかも知れない……立派になった彼を取り戻そうとするかも知れない。

そして何より……昇格した彼に嫉妬している自分が嫌だった。後から来て、兵士の頂点に立った。それなりに長く居る自分を、どこかで笑っているんじゃないか……ダメな奴だと思っているんじゃ無いかと、ネガティブな思考は私の心を蝕んでいった。

あ……また……

付き合い始めたばかりの頃は、流石に皆控えていた様だけど、最近はまた、リヴァイが告白されている場面を見る事が増えた。

いつか、もっと若くて可愛い娘に取られてしまうかも知れない……お前はもう飽きたと言われてしまうかも知れない。

かも、知れない……その言葉はどんどん増えていく。不安から、毎晩の様に身体を繋いだ。それでも、安心は出来ない。

「どうした? 疲れてるんじゃないのか?」

それなら、他を抱いてくるからと、言われそうで、私は彼を口に含む。

「ナマエだけだ……」

都合のいい女は……? そう聞き返しそうになる。

優しさも、愛情も、色んな感情に塗り潰された心には歪んで見えた。彼の裏側を見ようとさえしている自分に、吐き気を催す程にまでなった。




「今日は、一緒に寝るだけでいい……傍に居てくれればいい」

このところ、ナマエはとても疲れている様に見えた。だから、俺は別に……無理に抱きたい訳じゃねぇと言ったのだが、辛そうに顔を歪めたナマエが、俺を刺激する。

我慢をしようと思っても、ナマエの口で、舌で愛撫されては……嬉しくて勃っちまう。
俺は、それはナマエの愛情だとしか、思ってもいなかった。俺には、ナマエしか見えていない。必要と思わない。とても……満たされていた。

だが、いつかの桜が満開を迎えた時、俺はナマエに呼び出された。

「別れて欲しいの」

一言、そう言ったナマエは、悲し気だが……穏やかに笑って見えた。その目が俺から外れ、足元に落ちて行くのを呆然と見ていた。

俺は……お前にはもう要らねぇのか?

何としても引き留めたいと思う俺は、それこそ、縛り上げてでも俺だけを見ていろと叫んでいる。
だが、別れたいと言われ、拒絶されたと思った俺の足は地面に貼り付き、動く事も出来ず、呼び止めようと声を出そうにも、更なる拒絶を恐れた。

行かないでくれ……

胸の奥の叫びは、舞い散る花弁に隠される様に見えなくなったナマエには……届く筈も無かった。




「別れて欲しいの」

とうとう、私は言ってしまった。でも、口に出した瞬間、辛かった事も苦しかった事も、リヴァイにぶつけた様な錯覚を起こして、気持ちが楽になった。

ねぇ……引き留めて、私が必要だと言って……

そうしたら、謝るから……嘘だって、別れたいなんて思わないって……

ゆっくりと目線を外し、何も言わないリヴァイに勝手に絶望した。重い身体を引き摺る様に……私はいつの間にか自室に居た。

「別れ……ちゃった……」

自信が無いから、嘘をついた。本気で別れたくなんて無かったのに、リヴァイが嫌いな嘘をついた。これは、私への罰なのだ。

この先、リヴァイが誰と何をしようと……見て行かなければならない。

なんて……馬鹿なんだろう。

「あれ? 珍しいじゃん、ひとりで食事なんてさ」
「ハンジ……」
「何よ。喧嘩でもしたの?」
「喧嘩もした事無かったな……」
「え?」
「昨日、リヴァイと別れたのよ」
「うそっ! リヴァイから?」
「私から……」

唖然とした顔で、ハンジが私を見ていたけど、「そういう事だから」と、私は食堂を出た。

ほら、平気よ……私はなんて嫌な女なんだろう。可愛気もないわね。

いつか、笑って話せるだろうか……
いつか、許してくれるだろうか……

それ以来、私は訓練に没頭した。もう、恋なんてしないと、それが私の罪なんだと……思い出を抱いて眠った。




ナマエが去った翌日、早々にハンジが「聞いたよ……」と、珍しく心配そうな面持ちで俺を見ていた。

「あぁ……そうか」
「それで良いのかい?」
「別れたいと言われたんだ、俺に出来る事は……ナマエの願いを叶えてやる事しかねぇだろう?」

黙っちまったハンジの頭を、ポンポンと叩いて……「悪いな、ひとりにしてくれ」と、ドアを開けた。

「らしくないね」
「あぁ、俺もそう思う」

そのまま出て行ったハンジを見送って、俺はソファーに寝転んだ。

悲しいと思った、苦しかった。だが……涙も出ねぇ……

ナマエが立ち去った後、俺は木に頼んだのだ。

「俺の代わりに、泣いてくれ」

……木は応えた。

ハートの形の……まるで心の欠片の様な花弁を、散らして泣いた。最後の一片(ひとひら)が落ちるまで。

いつか……忘れる日がくるだろうか
いつか……思い出と呼べるだろうか

想いは変わらずに、次の年も……あの木は俺の代わりに泣いた。

もうじきまた……花が咲く。

End



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