俺達には俺達の……


「兵長……」
「なんだ?」
「兵長は、背の高い女は恋をする資格も無いと思いますか?」

それは、突然だった……

「お前は、背の低い男に恋をする資格は無いと思うか?」
「え?」
「そりゃお前、標準よりデカイお前がそうであれば、標準より低い俺だって同じ事だろうが」
「そんなつもりは……」
「あぁ、わかっている。だがな、持って生まれちまったもんは仕方がねぇ……お前は資格がねぇと言われたら、恋をしないでいられるのか?」

視察先の高台の上から、町を眺めていた。

「お前がそんな事を考えていたら、困る奴も居るだろうよ」
「そんな事……無いですよ」

風に遊ばれた髪を押さえながら、ナマエは空を仰いだ。

なぁ、俺の見ている空と、お前の見ている空は……違うのか?

「俺が、困るんだ」

ゆっくりと空から視線が落ちて来て、ナマエの瞳が俺を映した。

「俺は、お前に惚れている」

俺の瞳に映るお前は……微笑んだ。

「伝えるつもりは無かったんですが……」
「あぁ……」
「私も兵長が好きです。ただ、好きでいる事も……申し訳無い様な気持ちがあって……」
「あぁ……俺もそうだ」

劣等感もプライドも、要らねぇ……

一歩前に出て、俺は踵を上げた。

「こうすれば、屈ませ無くても届く」

頬に触れ、口を寄せた。

普通は……逆かも知れねぇが、な。

すると、今度はナマエから、屈んで俺にキスをした。

「味も感触も変わらねぇだろう?」
「そうですね」

フッと笑ったナマエは、今更ながら恥ずかしくなったのか……頬を押さえて背中を向けた。

「だが、こうするには……いい高さだ」

後ろから抱き締めた俺は、ナマエの首筋に鼻を擦り付けた。

俺も……思っていた。俺に好かれても、困るだけなんじゃねぇかと。

「手を……繋いで貰えますか?」
「あぁ」

俺が嫌がると思ったのか……?

「並んで、歩いてくれるか?」
「嫌だって言っても……歩きます」
「あぁ、恥ずかしくても離してやらねぇぞ」

抱き締めた俺の手に、ナマエが手を重ねた。その温もりを……ずっと手放さずに居ようと誓った。




視察から戻った俺達は、時間を作って共に過ごした。業務で通路を歩く時は手は繋がなかったが、ナマエは隣を歩いてくれた。
街へ出る時は、人目も憚らずに手を繋いで歩いた。

俺からは、ナマエの気持ちを見る事が出来た。嬉しそうに柔らかく上がった口角と、ほんのり染まる頬が視界の端にある。

「なぁ、お前には何が見えている?」
「兵長には見えない……兵長です」
「……何だ?」
「今日は朝少しだけ慌てましたか?」
「何故わかる?」
「髪が少しだけハネてます」

フッと笑う口元を見ていた。

「お前は少しだけ寝不足だろう?」
「な、何で……?」
「口元が少し荒れているぞ」

クッと笑いを溢せば、ナマエの顔が俺の視界を遮った。覗き込んだのを、俺は引き寄せて……チュ、と口付けた。

「笑った顔が見たかったのに……」
「そうか、悪かったな」

そう言った俺も、口角が上がっている気がした。

「少しでも早く、お前に会いたかった」

朝、慌てた言い訳をした。

「一緒に出掛けられると思ったら、嬉しくて眠れませんでした」

恥ずかしそうに笑ったナマエは、また、俺の隣を歩いた。

「兵長の手は、大きくて暖かいです」
「……そうか。お前の歩幅は歩きやすいぞ」

思った事を……想いを……互いに口にする。それは、安心と安らぎをもたらす。

端から見れば、普通では無いかも知れないが、俺達には普通だと、互いに同じ想いであると伝えたいのだ。

「なぁ、不安に思う事があったり、そんな気持ちになった時は……隠さないでくれ」
「兵長も……です」

本来なら、コンプレックスを緩和する相手を選ぶべきだろう。ナマエには背の高い男、俺には小柄な女……と。
だが、俺達は逆の相手に惚れちまった。それはどうにもならねぇが、ならば、それをカバーするための努力は惜しむつもりはねぇ。

「あぁ、約束しよう」

街中で手を繋いで歩けば、人目に晒される。それは決して心地好いものでは無いが、手を繋いだ心地好さが、それを上回る。気にならねぇ……

人気の無い路地を歩きながら、踏み出して踵を上げた。高さを上げ、狙いを定めてキスをした。驚く顔が楽しくてまた……立ち止まって踵を上げる。

「これが……俺達の普通だ」
「そうですね」

ほんの少し上を見れば、優しく見つめる瞳が見える。その中の俺は……案外悪くねぇ顔をしているだろう?

俺には俺の……
俺達には俺達の……
それが普通だと思えばいい。

「紅茶の葉……買いに行くぞ」
「この間淹れて貰ったの、美味しかった」
「あぁ、あれは美味かった。それにするか?」
「はい。私も欲しい……」

確りと手を繋ぎ、引くのでは無く並んで歩き出す……

誰が何と言おうと、関係ねぇ。

End



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