好奇心
〜恋か興味か勢いか〜


それは……ある日突然だった。

「ナマエ、キスさせてくれねぇか?」

夕方の執務室、あと少しで業務時間も終わるという時に、自分のやる事が無くなっちまった俺は、斜め前の横顔の主に声を掛けた。

「珍しいですね、兵長が冗談言うなんて」

書類を見たまま、クスクスと笑っている。

「冗談を言ったつもりは無いんだが」
「……えっ?」

まあ、当然と言えば当然な反応だろう。
地下でゴロツキだった俺の噂は、とんでもないものが当たり前の様に飛び交っている。

「では、手近なところで……暇そうな私にご指名でしょうか?」
「そんなんじゃねぇ。まあ、そんな奴にしか見えねぇだろうがな……」
「では……何故……?」
「してみてぇと思った……それだけだ」
「兵長? それってもしかして……」

ぽかんとこちらを見ている。多分お前の想像は間違ってねぇと思うぞ。

「純粋な興味だ」

あぁ、ペンまで落としやがった……やはり、驚くよな。

毎晩取っ替え引っ替えで、多い日には一晩で3人、最新の噂はそんな感じだったか……
だが、実際は全くもって事実無根、根も葉もないというやつで、その証拠に俺は未だ童貞ってやつだ。

「……まさか……ええっ? 兵長が、いや、有り得ない……そんな、何かの間違いだ……そうだ、聞き違いだ……」
「オイ、頭の中身が駄々漏れだ」
「へっ?」
「噂通りで無くて悪かったな。書類汚れてるぞ……」

手元を見て、悲鳴を上げたナマエの横に立った。

「それで、返事はどちらだ?」
「……誰でもいいんですか?」
「正直よくわからねぇが、お前を見ててしてみたくなった」
「いいですよ? 私としてみたいって思ってくださったんなら……」

座ったまま此方を向いて、どうぞと目を閉じたナマエに顔を寄せる。

俺は自他共に認める潔癖症だ。それが原因で今までそういった事が出来なかったのだが、不思議なことにナマエには嫌悪感が無い。
唇を合わせる、舌を入れる……など、汚いとしか思えなかった。

近付けて、途中で止まるかと思ったが、そのまま触れる事が出来た。

(柔けぇ……)

軽く触れただけのそこは、柔らかく温かい。これが気持ち良いのか?
そっと離して考える……

今まで俺は、そんな事をしなきゃならねぇなら、キスなんてしたくねぇとさえ思っていたのだが、舌を入れてみたくなった。

「……気持ちいいのか?」

物足りないというよりも、キスとは何だか酷く味気ないものだと思った。

「これ自体が気持ちいいという事じゃなくて、気持ちを通わせるステップでしょうか……」
「そうなのか……」

考え込んだ俺に、ナマエは優しく笑って、その先も試してみるかと訊いてきた。

「あ、あぁ……頼む」

何とも言えない会話になっているが、恋人でも何でもない。それでも、付き合ってくれているナマエに嬉しいと思った。

「私から……しても?」
「あぁ、すまねぇな……」

今度は俺が座って、ナマエが立っている。目を閉じて少し顎を上げた俺に、顔を寄せながら「失礼します」と言って、直後に感触が届いた。

擦り合わせたり食んだり、擽ったいと思う刺激に口を開いてしまった。すると、そっとナマエの舌が俺の歯を舐めた。
ぞくりと背がざわめいたが、嫌な感じではなかった。自然と口を開き、迎え入れた。

口内を撫で回す舌に、もっと刺激が欲しいと自分の舌を絡めた。

「んっ……」

それまでとは違った刺激に声が漏れた……
それを合図に、ナマエは頬を押さえていた手を俺の後頭部にずらし、更に深く舌を絡ませたり吸ったりしてきた。

(もっと……刺激が欲しい……)

立ち上がり、形勢逆転した。ナマエを真似、もっと、もっとと深く口付けた。
頭を押さえ、腰を抱いていたが、急にガクンとナマエが重くなった。

「どうした、大丈夫か?」

慌てて離した口を繋ぐものと、潤んだ瞳と染まる頬に……新たな好奇心と欲が頭を支配した。

ナマエとなら、出来るかもしれないと思った。いや、"したい"と……

力が抜けた状態のナマエを抱き上げ、奥の仮眠用のベッドへ運んだ。
そっと横たわらせたが、上体を起こしたくなかった。

息をする度に上下するそこに、まるで心音を確かめる時の様に……いつの間にか頬を寄せていた。すると、ナマエがそっと俺の頭を抱き締めた。

「兵長……?」
「……」

もう少しこうしていたいと……返事が出来なかった。
こんな風に人と触れ合うなんて事はした事が無い。興味と欲と不安と葛藤……様々なものが混ざりあっていたが、ひとつだけハッキリしていた。

(……心地好い)

擦り付ける様な動きをしてしまった。だが、ナマエが片方の胸に俺の頭をずらし、体を支えていた手を掴み、もう片方の胸に乗せた。

「興味があるなら……どうぞ?」

返事の代わりに、服の上からそっと掴んでみた。
暫く……撫でたり揉んだりと触っていたが、何か物足りなくなった。ナマエもそれに気付いたのか、直接触ってみるかと訊いてきた。

「いいのか?」
「服……脱ぎましょうか? それとも……脱がしてみたいですか?」

……これもまた、変な質問だが、俺の興味に対する気遣いなんだろうと思うと、胸が暖かくなったと同時に小さな痛みを感じた気がした。

「脱がせてみたい……」

素直な欲求を口にするのは気恥ずかしいが、それはナマエも同じか、それ以上だろうと思う。見れば、頬は赤い。

頷いて目を閉じたナマエの服のボタンを外していく。自分の物で毎日している事の筈が、ただ、ボタンを外すというだけの事が、まるで違う事の様だ……

ジャケットとブラウスのボタンを外し終え、そっと開(はだ)けると、白い肌と下着に隠された胸が見え、何とも言えない気持ちになった。
起き上がらせて服を取り去り、下着も外した。

再び寝かせると、今度は自分もベッドに上がり、ナマエに跨がった。
両手で揉んだり先端を摘まんでみたりしていると、ナマエが我慢しきれずに声を漏らした……

「ナマエ……気持ちいいのか?」
「……はい」
「もっとしてもいいか?」
「兵長がしてみたい事、してみていいですよ」
「それは……」
「全部言わせないでください……これでも結構恥ずかしいんですから……」
「……すまねぇ、……最後まで……」

「してみたい」とは言えなかったが、優しく微笑んで頷いたナマエが目を閉じた。
下着以外は脱ぎ捨てて、ナマエもズボンを脱がせた後、身体を重ねる様に覆い被さり、足を絡めて逸る気持ちそのままに荒々しくキスをした。

(……俺は、ガキか……)

一応の、知識はある。
胸へと下がり、口に含んだり吸ったりと、刺激を与えると反応するナマエに気をよくした俺は、そこばかりを責めて反応を楽しんでいたが、そろりと片手を下腹部へと滑らせた。

(もう、いいだろうか……?)

恐る恐る触れた場所は、下着も濡れていた。身体を起こし、下着を脱がせると、やはり恥ずかしいのか足を閉じてしまった。

開かせ、足を持ったまま間に座り、じっとそこを見ていると、手で隠された。

「そ、そんなに見ないでください……」
「……すまない」
「……」
「……どうして欲しいんだ?」
「え? あの……」
「だいたいはわかっているが、お前が好きなことをした方が良いのかと思ってな……」

真面目に訊いたつもりだが、困った様に笑ったナマエが「好きにしてください」と、手を退かした。

「そうか……」

それならばと、指を挿れて抜き差しを繰り返し、更に指を増やして動きを速めると……もっとと言われ、更に速めた。
可愛く漏らしていた声がどんどん艶めいて、背を反らして大きく啼いた。
指を締め付ける中に驚いてそろりと抜いた。

俺も下着を脱いで、ナマエの喘ぐ姿に反応したそこを握った。

「挿れて……いいか?」

息が落ち着いたナマエがコクンと頷き、そっと先で馴染ませる様に撫でてから、押し込んだ。

「んっ……」

先が入ると、顔をしかめて声を出したナマエに怯んで抜いてしまった。

「だ、大丈夫ですから……」
「あ、あぁ……」
「ゆっくり……」

動かしながら、少しずつ奥へと言われて、頷いた。
思ったよりも狭い所へ押し込む感覚に体が震えた。少しずつ熱いそこへ呑み込まれて行くのがもどかしい……

「へいちょ……」
「どうした? 嫌か?」
「も、動いて……いいですよ」

その言葉に答える代わりに、大きく動かした。
途端に襲う快感に、勝手に腰が動く……もっと強く、もっと速くと突き動かされる。
その時、それまでよりも大きな声をあげたのが聞こえて、指でも感じた締め付けを食らい、吐き出しそうになる寸前で引き抜いた。
そこで止められる筈もなく、そのまま手でしごいてナマエの身体に撒き散らしてしまった……

すぐに拭いてやらなければと思いながらも、己の精液に汚されたナマエの姿にドクンと脈打った。
ハッとして、浅い息を繰り返すナマエの腹や胸を拭いて、抱き締めた。

「俺はどうやら……(ナマエが)好きみたいだ……」

まだ、息の整わないナマエにそう言って……更に囁いた。

「もう1回……いいか?」

大きく目を見開いた後、諦めた様に眉を下げて小さく頷いたナマエにキスをして……出したばかりだというのに、確りと勃ち上がったそれを、再びナマエに押し込んだ。

まさに、覚えたてのガキ同然な俺は、その後もずっと抱き続け……終いには、ナマエがくたりと動かなくなってしまった。

(……まずかったか?)




翌日、俺の自室に連れ帰ったナマエが目を覚まし、起き上がれないと怒られた。

それから毎日、ナマエに夜の誘いを掛けたが、断られてばかりだった。

(頼まれたから、仕方なくだったか?)

そう思うと胸が痛む。だが、諦めきれない。

「何でダメなんだ?」
「そんなに気に入ったのなら、早く彼女を作れば良いのでは?」
「俺は、お前が好きみたいだと言った筈だが……」
「え? あれって……するのが好きみたい……って事だと思って……私が好きなんですか?」

……驚いた顔をされた。

「俺は……お前が好きだ。だが、お前が嫌だと言うなら……」
「だ、誰でもいいって訳じゃないなら……」
「あぁ、他の奴を見ても"したい"とは思わなかった」
「……私だって、好きじゃなきゃ出来ないですよ」
「それは……」
「……察してください」

顔を赤くしてそっぽを向いたナマエをぎゅっと抱き締めた。

「浮気は……ダメですよ?」
「出来る気がしないが」
「……多くても3回迄です」
「……善処しよう 」
「……」
「他に、言うことは?」
「……好きです」
「あぁ、俺もお前が好きだ」

腕を緩めて頬にキスをしたら、ナマエが俺に抱き付いた。



翌日、また俺は怒られた。
回数は守った筈なんだが。

……体力が有りすぎるのも、考えもんだ。

End


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