時計仕掛けの恋の歌 3


うっすらと開けた目は、熱のせいか……潤んでいる。浅い息を繰り返し、辛そうにしているが、しっかりと俺を掴まえている。

「ナマエ……そろそろ離しちゃくれねぇか?」

仕事が山積みだが、それはいい。後で何とかすりゃ済む事だ。
しかし……、惚れた女の柔らかい腹の外で玩ばれている状態の……ソイツは本領発揮する訳にもいかねぇ。

「……っ、……やだ……」
「やだって……おまっ……!?」

引き寄せられたかと思えば、ナマエに口を塞がれた。
熱い……熱に溶かされて行く様に、俺も目を閉じた。中はもっと熱かった……

無心に……貪る様に味わって、ゆっくりと離せば、力をなくした腕がパタリと落ち……寂しそうに細めた目が閉じて、呼吸が変わった。

(……寝ちまいやがったか、少し無理をさせたか……?)

もう、病人だろうが知ったこっちゃねぇ……と、思ったらこれだよと笑うしかねぇ状態だ。

だが、まぁ……今のうちに薬でも貰って来るかと起き上がり、その前に寄らなきゃならねぇ場所があるなと……溜め息を吐いた。

何でこんな事……そう思いながらも、いつもと違う用を足し、ある意味スッキリして……がっかりした。高熱のナマエのナカは一体……そこまで考えて、思わずフルリと体を震わせ、急いでそこを後にした。



救護室は本人を連れて行かなきゃ薬は出してくれねぇ。仕方なくハンジの所へ戻った。

「あっ、リヴァイ……ナマエどうだった? 随分遅かったけど……」

ニヤリと笑うハンジに、俺は盛大な溜め息を吐いた。

「高熱で朦朧としてたぞ」
「あちゃー、やっぱ昨日の……」
「何かあったのか?」
「厩舎で馬に水をあげようとして……頭からかぶったみたいなんだけど、そのままきっちり厩舎での仕事はしてから戻ったらしくて……」
「……なんだ、それは」
「あの子真面目すぎてさ、融通利かないところがあってね……」

まったくもう……と、ハンジも俺に負けない溜め息を吐いた。

「薬……取りに来たんでしょう?」
「あぁ、やっと寝たんでな……」
「ってまさか……?」
「てめぇが考えてるのと多分逆だ、俺が襲われた方だ……」
「え……えぇっ? ナマエが襲うとか、考えられない……」

嘘だなんだと、信じようとしないハンジに、仕方なくあったことを説明した。

「な、何か信じらんないんだけど……リヴァイが嘘は言わないのは知ってるからねぇ……」
「あぁ、嘘は言ってねぇよ……」
「熱のせいにしても、全然想像がつかないや」
「……そうなのか、普段はどうなんだ?」
「簡単に言えば……」

堅物で真面目で神経質で……と、それだけ聞いたら遠慮したくなるほどの四角四面な性格らしい。

(……どうしてああなった……?)

不可解な顔をしていたのか、ハンジが首をかしげて俺を見ていた。

「まぁ、プライベートまではよく知らないから、あくまでも仕事での話だよ」

フォローする様に肩をポンポンと叩かれて、薬を渡された。

「取り敢えず、熱だけならそれで下がるはずだから、悪いけど……起こして飲ませてやってくれる?」
「あぁ、そのつもりだったから問題ない」
「そう、助かるよ。あれ? でも、リヴァイも書類……」
「寝ないでやれば何とかなる……このままの方が手につかねぇよ」

バレてるもんは隠しても仕方ねぇ……

「そうだね、早く飲ませてやって?」

いつもの様にふざけた笑いではない、優しい笑みを見せたハンジに少し驚いたが、可愛い部下だ、心配なのだろうと思った。

「あぁ……」

薬を持って、次は食堂へ向かった。

薬は液体だが、味見するわけにもいかない。苦いと辛いだろうと、水と……冷めても飲めそうなハーブティーを淹れてナマエの部屋へ向かった。

途中、俺が戻らないんで探しに来た班員に会ったが、当分戻れそうに無いからと、自分達の分だけやって定時に上がれと指示を出した。

ナマエの部屋へと戻った俺は、ドアを開けて驚いた。ナマエがドアに近い床に倒れている……
トレイをテーブルに置いて急いで抱き上げた。

「どうした……何で床になんか……」

先程よりも額は熱い……なのに手は驚くほど冷たい。とにかく薬を飲ませないとヤバい気がして、ナマエの頬を軽く叩いて目を開けさせた。

「薬を持って来た、飲めるか?」

うっすらと目を開けたが、すぐに閉じてしまった。
ベッドに座り、横向きに抱えて座らせ、小瓶の蓋を開けて口にあてた。

「頼むから、飲んでくれ……」

ツンツンと何度も口を開けろと促しても、顔を逸らす……

「薬が嫌なのか……?」

それでも、飲んでくれなきゃ困る。考えあぐねた俺は、取り敢えず試してみるかとナマエにキスをした。
すぐに離すと、もっとと言わんばかりに、口を開いて顎が上がった。その隙に薬を流し込み、再び口を塞いだ。コクリと喉が鳴ったのを聞いて……そっと離せば、泣きそうな顔で俺を見た。

「何だ……? 文句があるなら治ってからいくらでも聞いてやる。だから、今は休め」

暫く抱えたまま寄り掛からせていれば、穏やかな寝息が聞こえてきた。
額に手を当ててみると、熱が少し下がっている気もする。

ゆっくりとベッドに寝かせて、そういえば、飲まず食わずだったなと、時計を見れば……午後2時を回っていた。
今更食事も出来ねぇし、仕方なく冷めたコーヒーを飲んだ。

人により、副作用が出るとかで、飲ませたら付いていてやれと言われたが、そんな様子もない。

椅子をベッドの横に置き、座ってナマエの様子を見ていた。

(疲れたな……)

探し回ったが、体力的な面では大したことはない。だが、朝からずっと精神的に堪(こた)える事ばかりだった。
ゆっくりと椅子に凭れて……いつしか俺も眠りに落ちていた。



足に掛かる重みに気付いて目を開けた。
膝枕をする様に俺の足に頭を乗せたナマエが見えて、頭を撫でた。反対の手を額に当てて熱をみたが、どうやら下がっているようだ。

(良かったな……もう大丈夫だな)

ナマエをベッドに戻して、仕事に戻らなきゃならねぇな……と、窓の外を見れば、綺麗な夕焼けが見えた。
大きく伸びをして、椅子を戻し、もう一度ナマエの顔を見てから帰ろうとしたら、パチリとナマエの目が開いた。

「兵長……?」
「なんだ?」
「本物……ですか?」
「俺の偽者でも出たのか?」

不思議そうに見上げているナマエにそう言えば、違いますと慌てている。

「喉が乾いているだろう?」

テーブルからハーブティーを取ってやれば、起き上がってカップを受け取った。
カップと俺を交互に見て、また……不思議そうに見上げている。

「これは、兵長が?」
「……あぁ、今日はお前が来なかったからな、俺が淹れてやった」
「え……?」
「俺は、お前が淹れるコーヒーを待っていたんだ。でも、お前が来なくてわかったんだ。俺はお前を毎日待っていたんだと……な」
「……」
「迷惑か?」

黙ったまま、
首を横に振るナマエは、ハーブティーを一口飲んだ。

「ずっと……ついついてくれましたか?」

上目遣いで困った様な顔をしている。

「……あぁ」

俺の返事に、勢い良くカップの中身を飲み干し、深呼吸した、

「夢を見ていたんです。いえ、見ていると思っていたのですが……もしかして……」

顔を赤くしたナマエは「失礼な事を……」そう言って俯いてしまった。

「そうだな、抱きついて離れなくて、熱烈なキスもしてくれたぞ……」
「も、申し訳ありません」

泣きそうな震える声に少し寂しい気持ちになった。

「誰でも良かったか?」
「ち、違います!」
「なら……」
「……兵長に会いたかったんです。だから、夢でも会えて嬉しくて……離したら夢から覚めちゃう気がして……それで……」
「俺は、喜んでいいのか?」

コクンと頷いたナマエが真っ直ぐに俺を見た。

「兵長が好きです」

俺はナマエが持っていたカップを取り、テーブルに戻して……抱き締めた。

「俺もナマエが好きだ」

苛ついて、焦って、気付いた想い……また焦って困って……通じた想い。
今日一日で、どれだけの出来事があったのだろうと思うくらいに、色々あった。

けれども……

(こんな結末ならば……悪くない)

素直に、嬉しいと感じている自分が不思議な感じがしたが、幸せだと思った。

End


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