うっすらと開けた目は、熱のせいか……潤んでいる。浅い息を繰り返し、辛そうにしているが、しっかりと俺を掴まえている。 「ナマエ……そろそろ離しちゃくれねぇか?」 仕事が山積みだが、それはいい。後で何とかすりゃ済む事だ。 しかし……、惚れた女の柔らかい腹の外で玩ばれている状態の……ソイツは本領発揮する訳にもいかねぇ。 「……っ、……やだ……」 「やだって……おまっ……!?」 引き寄せられたかと思えば、ナマエに口を塞がれた。 熱い……熱に溶かされて行く様に、俺も目を閉じた。中はもっと熱かった…… 無心に……貪る様に味わって、ゆっくりと離せば、力をなくした腕がパタリと落ち……寂しそうに細めた目が閉じて、呼吸が変わった。 (……寝ちまいやがったか、少し無理をさせたか……?) もう、病人だろうが知ったこっちゃねぇ……と、思ったらこれだよと笑うしかねぇ状態だ。 だが、まぁ……今のうちに薬でも貰って来るかと起き上がり、その前に寄らなきゃならねぇ場所があるなと……溜め息を吐いた。 何でこんな事……そう思いながらも、いつもと違う用を足し、ある意味スッキリして……がっかりした。高熱のナマエのナカは一体……そこまで考えて、思わずフルリと体を震わせ、急いでそこを後にした。 救護室は本人を連れて行かなきゃ薬は出してくれねぇ。仕方なくハンジの所へ戻った。 「あっ、リヴァイ……ナマエどうだった? 随分遅かったけど……」 ニヤリと笑うハンジに、俺は盛大な溜め息を吐いた。 「高熱で朦朧としてたぞ」 「あちゃー、やっぱ昨日の……」 「何かあったのか?」 「厩舎で馬に水をあげようとして……頭からかぶったみたいなんだけど、そのままきっちり厩舎での仕事はしてから戻ったらしくて……」 「……なんだ、それは」 「あの子真面目すぎてさ、融通利かないところがあってね……」 まったくもう……と、ハンジも俺に負けない溜め息を吐いた。 「薬……取りに来たんでしょう?」 「あぁ、やっと寝たんでな……」 「ってまさか……?」 「てめぇが考えてるのと多分逆だ、俺が襲われた方だ……」 「え……えぇっ? ナマエが襲うとか、考えられない……」 嘘だなんだと、信じようとしないハンジに、仕方なくあったことを説明した。 「な、何か信じらんないんだけど……リヴァイが嘘は言わないのは知ってるからねぇ……」 「あぁ、嘘は言ってねぇよ……」 「熱のせいにしても、全然想像がつかないや」 「……そうなのか、普段はどうなんだ?」 「簡単に言えば……」 堅物で真面目で神経質で……と、それだけ聞いたら遠慮したくなるほどの四角四面な性格らしい。 (……どうしてああなった……?) 不可解な顔をしていたのか、ハンジが首をかしげて俺を見ていた。 「まぁ、プライベートまではよく知らないから、あくまでも仕事での話だよ」 フォローする様に肩をポンポンと叩かれて、薬を渡された。 「取り敢えず、熱だけならそれで下がるはずだから、悪いけど……起こして飲ませてやってくれる?」 「あぁ、そのつもりだったから問題ない」 「そう、助かるよ。あれ? でも、リヴァイも書類……」 「寝ないでやれば何とかなる……このままの方が手につかねぇよ」 バレてるもんは隠しても仕方ねぇ…… 「そうだね、早く飲ませてやって?」 いつもの様にふざけた笑いではない、優しい笑みを見せたハンジに少し驚いたが、可愛い部下だ、心配なのだろうと思った。 「あぁ……」 薬を持って、次は食堂へ向かった。 薬は液体だが、味見するわけにもいかない。苦いと辛いだろうと、水と……冷めても飲めそうなハーブティーを淹れてナマエの部屋へ向かった。 途中、俺が戻らないんで探しに来た班員に会ったが、当分戻れそうに無いからと、自分達の分だけやって定時に上がれと指示を出した。 ナマエの部屋へと戻った俺は、ドアを開けて驚いた。ナマエがドアに近い床に倒れている…… トレイをテーブルに置いて急いで抱き上げた。 「どうした……何で床になんか……」 先程よりも額は熱い……なのに手は驚くほど冷たい。とにかく薬を飲ませないとヤバい気がして、ナマエの頬を軽く叩いて目を開けさせた。 「薬を持って来た、飲めるか?」 うっすらと目を開けたが、すぐに閉じてしまった。 ベッドに座り、横向きに抱えて座らせ、小瓶の蓋を開けて口にあてた。 「頼むから、飲んでくれ……」 ツンツンと何度も口を開けろと促しても、顔を逸らす…… 「薬が嫌なのか……?」 それでも、飲んでくれなきゃ困る。考えあぐねた俺は、取り敢えず試してみるかとナマエにキスをした。 すぐに離すと、もっとと言わんばかりに、口を開いて顎が上がった。その隙に薬を流し込み、再び口を塞いだ。コクリと喉が鳴ったのを聞いて……そっと離せば、泣きそうな顔で俺を見た。 「何だ……? 文句があるなら治ってからいくらでも聞いてやる。だから、今は休め」 暫く抱えたまま寄り掛からせていれば、穏やかな寝息が聞こえてきた。 額に手を当ててみると、熱が少し下がっている気もする。 ゆっくりとベッドに寝かせて、そういえば、飲まず食わずだったなと、時計を見れば……午後2時を回っていた。 今更食事も出来ねぇし、仕方なく冷めたコーヒーを飲んだ。 人により、副作用が出るとかで、飲ませたら付いていてやれと言われたが、そんな様子もない。 椅子をベッドの横に置き、座ってナマエの様子を見ていた。 (疲れたな……) 探し回ったが、体力的な面では大したことはない。だが、朝からずっと精神的に堪(こた)える事ばかりだった。 ゆっくりと椅子に凭れて……いつしか俺も眠りに落ちていた。 足に掛かる重みに気付いて目を開けた。 膝枕をする様に俺の足に頭を乗せたナマエが見えて、頭を撫でた。反対の手を額に当てて熱をみたが、どうやら下がっているようだ。 (良かったな……もう大丈夫だな) ナマエをベッドに戻して、仕事に戻らなきゃならねぇな……と、窓の外を見れば、綺麗な夕焼けが見えた。 大きく伸びをして、椅子を戻し、もう一度ナマエの顔を見てから帰ろうとしたら、パチリとナマエの目が開いた。 「兵長……?」 「なんだ?」 「本物……ですか?」 「俺の偽者でも出たのか?」 不思議そうに見上げているナマエにそう言えば、違いますと慌てている。 「喉が乾いているだろう?」 テーブルからハーブティーを取ってやれば、起き上がってカップを受け取った。 カップと俺を交互に見て、また……不思議そうに見上げている。 「これは、兵長が?」 「……あぁ、今日はお前が来なかったからな、俺が淹れてやった」 「え……?」 「俺は、お前が淹れるコーヒーを待っていたんだ。でも、お前が来なくてわかったんだ。俺はお前を毎日待っていたんだと……な」 「……」 「迷惑か?」 黙ったまま、 首を横に振るナマエは、ハーブティーを一口飲んだ。 「ずっと……ついついてくれましたか?」 上目遣いで困った様な顔をしている。 「……あぁ」 俺の返事に、勢い良くカップの中身を飲み干し、深呼吸した、 「夢を見ていたんです。いえ、見ていると思っていたのですが……もしかして……」 顔を赤くしたナマエは「失礼な事を……」そう言って俯いてしまった。 「そうだな、抱きついて離れなくて、熱烈なキスもしてくれたぞ……」 「も、申し訳ありません」 泣きそうな震える声に少し寂しい気持ちになった。 「誰でも良かったか?」 「ち、違います!」 「なら……」 「……兵長に会いたかったんです。だから、夢でも会えて嬉しくて……離したら夢から覚めちゃう気がして……それで……」 「俺は、喜んでいいのか?」 コクンと頷いたナマエが真っ直ぐに俺を見た。 「兵長が好きです」 俺はナマエが持っていたカップを取り、テーブルに戻して……抱き締めた。 「俺もナマエが好きだ」 苛ついて、焦って、気付いた想い……また焦って困って……通じた想い。 今日一日で、どれだけの出来事があったのだろうと思うくらいに、色々あった。 けれども…… (こんな結末ならば……悪くない) 素直に、嬉しいと感じている自分が不思議な感じがしたが、幸せだと思った。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |