時計仕掛けの恋の歌 1


朝10時、トトトンッ……と、軽快なノックが静かな執務室に響く。
俺は毎日この音を待っていた。

(……来たか)

ドアを開ければ、コーヒーの香りが漂う。

「コーヒーをお持ちしました」

入るように促せば、俺の机にコーヒーを置いて、「失礼します」と出て行く。
会話も何もない。それでも、昨日も……そして明日も、同じ時間にノックが響くのだろう。

最初は、食堂でハンジに淹れてやっているついでに貰った。淹れ方が上手いと思った。
次にまた、擦れ違う時にハンジに持って行くと言うから、俺にもくれと言えば、部屋まで持って来てくれた。

急ぎの書類が片付いて、一息つきたい頃合いに聞こえるノックを、いつしか待つ様になっていた。




「明日は、会議で王都へ行く。帰るのは三日後になる」

翌日、コーヒーを置いたナマエに声を掛けた。

「わかりました。気を付けて行ってきてください」
「……あぁ」

笑顔でそう言って出て行く後ろ姿に、少しだけ寂しく感じた気がしたが、ナマエにしてみれば仕事のひとつでしかないんだろうと思えば、それが普通だろう。

(俺も、コーヒーが飲めれば……それでいいんだよな?)

数日空けるからといって、通常業務が無くなる訳ではない。前倒してでも、片付けておかないと帰ってからが大変な事になる。

午後も書類と格闘していると、班員がコーヒーを皆に淹れてくれたが、正直に言えばあまりうまいとは思えなかった。
ナマエのコーヒーに慣れてしまったからだろうか。

王都での会議中もコーヒーが出されたが、豆は高級だとわかる物を使っていても、淹れ方がなってない。
それを美味いと言って飲んでいる豚共の味覚に呆れるが、早く帰ってナマエの淹れたコーヒーが飲みたいと思った。



深夜に王都から戻ったからといって、翌日の仕事が変わるわけではない。
早々に寝た俺は、いつもの時間に起きて支度をしていた。
ふと、窓から外を見れば……ナマエが厩舎の方へ向かうのが見えた。

(朝駆けに行くつもりだったから行くだけだ……)

何故か、自分に言い訳でもする様にそんな事を思いながら、いつもより少し速い足取りで厩舎へと向かっていた。

馬の世話をするナマエの後ろ姿を暫く見て、自分の馬に近寄れば……「何してたのよ」とでも言っているのか、鼻先で小突かれた。

「元気だったか?」

そう言って撫でてやれば、機嫌も直った様で、もっと撫でろとばかりに擦り寄ってくる。
世話が終わったナマエが俺に気づいて此方へ来た。

「早いな」
「兵長もお早いですね」
「留守にしてたから、走らせてやろうと思ってな」
「そうですか、お気をつけて」

笑顔で会釈をして、立ち去ったナマエ
にやはり、何故か寂しく思ったが……

(あぁ、この笑顔が見たかったんだ……)

そう思った自分に驚いた。
後ろで鼻息を荒くした愛馬に振り返ると、少々ご機嫌ナナメな様だ。

「なんだ、焼きもちか? ナマエはそんなんじゃねぇ……よな?」

片眉を下げた俺に、愛馬は不満気に鼻息を掛け、前足で土を掻いた。
けれども、外へ出して走り出してしまえば、上機嫌で軽やかに駆けていた。

(ナマエは……そんなんじゃねぇよな)

何故か答えに辿り着かない疑問が、じわりじわりと思考を侵食していた。



執務室は予想通りの書類の海だった。それでも、班員達の顔色を見れば……かなり頑張ってくれた事が窺える。

俺も気合いを入れて頑張った。体内時計はかなり正確な様で、ナマエが来る頃かと時計を見れば、残り3分……あと一枚行けるか? と、ペンを取った。

(そろそろか……)

ペンを置き、首を動かしたりしているといつもならば聞こえるはずの音がしない。班員もチラチラと時計を見ている。

すると、いつもと違う雑な感じのノックが響いた。

「入れ」

ドアを開けたのはナマエと同じ班の女だった。

「失礼します、コーヒーを……」
「ナマエはどうした?」

言葉を遮る様に声が出てしまった。
コーヒーの香りは間違いなくナマエが淹れた物だった。

「すみません、運ぶ途中で彼女にしかわからない事で呼ばれて、代わりに届けて欲しいと頼まれたんです」
「そうか、済まなかったな。自分の仕事に……」
「あ、明日から私がお持ちしましょうか? ナマエ結構忙しいので、私ならいつでもお持ち出来ます!」

仕事に戻れと言いかけて……今度は此方が遮られた。眉間に皺を寄せていく俺に、班員が気付いて焦っているが、目の前の女は動じない。

「彼女のよりたぶん美味しいと思いますよ? 兵長のために頑張ります……」

そこまで聞いて、何故か凄く腹が立った。

「頼むつもりはない、仕事に戻れ」
「え、でも……私だって……」

女は班員によって部屋から出された。

(何故、こんなに苛つくんだ……?)

思い出した様にコーヒーを含めば、表情が和らいだのだろうか?班員達の表情には安堵の色が浮かんだ。

「さっきの女は……何であんなこと言い出したんだ?」
「自分も兵長のお役に立ちたいと思ったんじゃないですか?」
「そうか……」

少し困った顔をする班員に疑問も残るが、冷めないうちにとコーヒーを飲み、書類に手を伸ばした。

……が、捗らない。
違う奴が持って来たが、待っていた筈のコーヒーも飲んだ。いつもならばもっと集中出来るのだが……何故か落ち着かない。

人に頼んでまでナマエが行かなきゃならなかった仕事とは何だ? 俺よりそっちが大事なのか……?

(俺より……?)

何故そんな事を考えたのか、それがまた疑問となり集中どころの話ではなくなった。
モヤモヤとした雑念を払うべく、そんな自分に舌打ちして、書類を片付けていった。

普段なら、食堂や通路でナマエの姿を見掛けたりもするのだが、今日は朝以来一度も姿を目にする事は無かった。
明日、ナマエがコーヒーを持って来たら何かがわかるような気がして、俺は眠りについた。


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