人付き合いがあまり上手いとは言えねぇ、ナマエが俺の班に来てから……半年近く経った。 俯いてばかりいたナマエだが、少しずつ前を向く様になり、ミスも殆ど無くなった。だが、そうなると心配になるのは、油断や慣れといった状況が招くミスやトラブルだ。 「兵長、書類です」 「あぁ、最近どうだ?」 「はい、色々わかって来て、楽しくなりました」 「そうか、そりゃ良かったな。だが、気は抜くなよ?」 「はい」 顔を見て話せる様にもなったな。 そんな風に穏やかな日が続いていたのだが、ある日、たまたま俺の近くで話していた会話が耳に入った。 「ナマエ、ここはね……」 「ああ、そこはこれですよね! それから、こっちにはこの数字でいいんですよね!」 「……わかってるなら、もう訊かないで!」 どうやらナマエは怒らしちまった様だな…… 「な、なんで……?」 呆然としているナマエの様子を暫く見ていたが、どうやら理由はわからねぇ様で、救いを求める様な目で俺を見た。 少し離れた机からは、さっきの班員が他の奴と話しながらナマエを睨んでいる。 「ちょっと付き合え……」 俺は立ち上がると、ナマエにそう言って執務室を出た。 「兵長……」 「なんだ?」 「何が……いけなかったのでしょうか……」 落ち込んだ声を背中で聞いていたが、どう説明してやるか、俺も考えていた。 ナマエは悪いことをしていないと思っていても、仕方がねぇ…… 執務室を出た俺達は、いつの間にか厩舎の先の草原へと来ていた。 「取り敢えず、座れ」 「は、はい……」 ナマエが座ったのを見て、位置を測った俺は、ナマエの横に背中を向けて座った。 そのまま、後ろに倒れた。 「へっ、兵長!?」 「付き合ってやってるんだ……膝ぐらい貸せ」 「それは、構いませんが……」 「なら、少しこうしていろ」 俺の顔を覗き込んでは、慌てて顔を背けるナマエを見ているのも楽しかったが、俺はゆっくりと目を閉じた。 兵長に付いて歩いていると、いつの間にか草原に居た。 座れと言われて……これはお説教なのかと思ったら、兵長の頭が私の膝に乗った。 驚いた私に、兵長は貸せと言って目を閉じてしまった。 風の音、草の匂い……そして、ゆっくりと移動していく雲の浮かんだ青い空。 気持ちが穏やかになっていくけれど、胸の音は早いままだった。 「睫毛長い……」 目を閉じた兵長の顔を見ながらそう言えば、眉間の皺が少し増えた。 寝てる訳じゃ無いのかな? 私が思うに……兵長は無駄な事をする人じゃ無い。それならば、今此処でこうしている意味は何なのだろう……? 「また、失敗しちゃったな……」 先輩は怒ってた。私が言った事で怒っていたのは間違い無いけれど、どうして……と、空を見ながら考えた。 「逆の立場で考えてみろ」 慌てて下を向いたけれど、兵長の目は閉じたままだった。 逆……? 先輩の気持ち……? 出来の悪い新人に教えてくれている、丁寧に教えてくれていた…… 私が教える立場だったら、という事? 教える立場になどなれそうもない、そんな私に考えろなんて、無理じゃないかと思ったけれど、そういう事では無いのかも知れない。 逆って……私が教えていて……教えてあげようとしていて…… 「あ……やだ……凄く嫌かも……」 失礼な事をしたのだと、わかった。 「答えが出た様だな」 目を開けると、酷く困った顔のナマエが俺を見ていた。 「はい、凄く失礼な事をしたと思います。それから、気持ちを……私のためにと教えてくれていたのを無駄にしてしまいました」 「そうだな。それにな……アイツもお前が出来る様になったのを、認めてくれていたんだぞ?」 「えっ……?」 そんな、どうしてわかるんですか……と、ナマエは慌てていたが…… 「今までの物と、今日の書類は違ったのに気付いてねぇだろう?」 「違ったん……ですか?」 「あぁ、違うんだ……」 今までの物は、班毎に纏めるだけの物だったが、様式は似ていたが、今日のはそのままエルヴィンに出すための、所謂正式書類だった。 そう説明してやると、ナマエはオロオロと視線を彷徨わせた。 「どう……しましょう……」 「っおい、晴れの日に雨を降らせるな」 俺の額に、大粒の涙が降って来た。 「ったく、前にも言っただろう?」 起き上がった俺は、袖で額を拭ってナマエの顔を胸に押し付けた。 「兵長っ?」 「そんな簡単に泣くんじゃねぇよ」 「すみません……」 相変わらず、この意味もわかっちゃいねぇか……と、肩を落としたが、まぁいい。 ハンカチを出し、ナマエの顔を拭いてやると、照れた様な顔をした。 「そろそろ……行くぞ」 「は、はい……戻らないとですよね」 「誰が戻ると言った? 俺は"行くぞ"と言った筈だが?」 「えっ? ど、何処へ……」 立ち上がった俺は、ナマエに手を出した。 「街まで散歩だ、付き合え」 座っていた私に、兵長が手を差し伸べてくれた。 掴んで良いものかと思いながらも掴むと、すごい力で引っ張られて……立たされた。 「散歩……ですか?」 「好き……なんだろう?」 そのまま背中を向けた兵長は、私の手を掴んだままで歩き出した。 覚えてくれていたのだと、嬉しくなった。 異動の時に班長に出す、自己評価等を書いた書類に、私は趣味を散歩と書いた。特にこれといった趣味が思い付かずに書いたものだったけれど、兵長はそんな事まで覚えてくれていたのかと、また、涙が出そうになった。 街までそのままのんびりと歩くと、今まで気付かなかった建物や店があって驚いた。どれだけ私は……俯いて歩いていたのだろう。 「これを持って、謝ってこい」 「これは……?」 「お前からだと言って、アイツ等に食わせておけ。それでまた、教えて貰え」 執務室の前でそう言って、兵長は他に用がある……と、歩いて行ってしまった。 「あっ! 何処行ってたのよ!」 「す、すみませんっ」 「わかるんでしょ? さっさと終わらせなさいよ」 私は起きっぱなしになっていた書類も持って、先輩の所へ行った。 「すみません……これ、買いに行ってました」 「何よ……?」 「先輩方に、食べて頂こうと……」 「……!」 「そ、それから、書類も違うの気付かなくて、また……お、教えて下さい!」 私は……そこでやっと先輩の顔を見る事が出来た。 「わかって……くれたなら良いのよ。ほら、アンタも食べなさいよ」 フッと笑った先輩に頭を下げると、コツンと頭を小突かれたけれど、痛くはなかった。 また、兵長に助けてもらっちゃった…… ナマエが入った後、俺は執務室に戻って少しだけドアを開けて聞いていた。 上手く……行った様だな。 またそっとドアを閉めた俺は、もう少し経ってから戻るか……と、本部の中を……散歩した。 だが、ひとりじゃつまらねぇなと思った。 なぁ、ナマエ……そろそろ、気付いちゃくれねぇか? End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |