誰も知らない秘密の時間 1


「迷ったのか?」

朝の会議を終えたリヴァイは、執務室へ戻ろうと歩いていた。角を曲がり、通路へ出れば……執務室は目の前にある筈だった。
だが、角を曲がったそこは……通路というよりは、どこかの家の廊下といった雰囲気だ。

振り返った後ろは壁で、たった今通って来た筈の道すら無い。
迷ったという次元の問題では無さそうだ。

(オイ、どうなってやがる……)

いくつか廊下にはドアがある。トイレ、洗面所、そして部屋へと続くドアを開けると、床には下着姿の女が倒れていた。

「っおい、大丈夫か?」

咄嗟に揺すったリヴァイだが、温かいし外傷も無い。だが、この部屋の惨状はまるで、争った様にも見えた。

「頼むから、もう少し寝かせて……」

どうやら、倒れているのではなく、寝ているだけの様だが、それにしても……服も着ないで何をやっているんだとリヴァイの眉間に皺が寄った。

(掛ける物はねぇのか……?)

辺りを見回したが、それらしい物は無い。奥にドアを見つけたリヴァイは、開けてみると立派な寝室があった。

「寝るならベッドで寝ろ……」

自分の置かれた状況も忘れ、リヴァイは抱き上げて運んでやった。
寝かせてやったのはいいが、服を掴まれて離さない。

(仕方ねぇな……)

普段の彼には有り得ない行動だろう。そのまま隣に横になった。

(しかし、此処は一体何処なんだ?)

見た事も無い物がある。此処はコイツの家なんだろうと思うが、何故自分はそこに居るのだろうかと考えるも答えは出ない。

考え疲れたリヴァイは、無防備に眠る姿に釣られて眠ってしまった。




(これは……どういう状況なのかな……)

確か今朝は、疲れて帰って来て……シャワーを浴びた後、部屋に戻ってそのままムートンのラグに倒れて寝た筈だ……と、ナマエは考えるが、ベッドで寝た覚えは無い……と、目の前を見れば、端正な顔立ちの男が寝ている事も理由がわからない。

変わった服を着ている。まだ夢を見ているのかと、男の頬を突っついてみると、目を開けた。

「おはよう?」
「……」
「言葉通じない……?」
「いや、わかるが……」
「何で此処に居るのかな?」
「俺にもわからねぇ」
「……」
「……」

互いに考える素振りだが、答えが出る訳もない。

「名前は? 私はナマエ」
「……リヴァイだ」
「リヴァイ……さん、申し訳ないんだけど、もう少し寝ていいかな……?」

眠そうに目を擦るナマエは、徹夜で仕事をして戻ったので、まだ眠いと言ってまた目を閉じた。

(返事もしてねぇが……)

今度は服も掴まれていない。寝室を静かに出たリヴァイは、来た時に居た廊下で色々試していた。

(駄目か……)

壁を叩いてみたり、来た時とは逆に後ろに進んでみたりと、思い付く事はやってみたのだが、何も起こらなかった。
壁に寄り掛かり、大きく溜め息を吐いてから、部屋の中へ戻ると……リヴァイは黙って脱ぎ散らかされた服やタオルを拾い集めた。

粗方床に落ちていた物を集め終わった頃、服を着たナマエが寝室から出て来た。

「何で片付けなんか……」
「暇……だったからな」
「そう……ありがとう……」
「あとはどうしていいかわからねぇ」

取り敢えず、洗濯しちゃうか……と、ナマエはリヴァイが集めた服を抱えて歩き出すと、付いてくる。

「休んでていいよ?」
「あぁ……」

返事はするものの、ナマエの服を掴んで離れようとしない。
洗濯物を放り込み、洗剤や柔軟剤を入れてスイッチを入れ……ついでだと顔を洗い始めたナマエの横では、リヴァイが洗濯機を覗いていた。

(洗っているのか……?)

「まさか、見た事無いとか……?」
「こんな物は無かった」
「……そうなんだ」

一体どんな田舎から来たんだ……と、呆れているナマエだが、部屋へ戻ろうとすればまた付いてくる。

「お腹空いてない?」
「そういやぁ……」
「じゃぁ、作るから待ってて……」
「……」

キッチンへと向かうが、服を離さない。
ナマエは仕方なくそのままキッチンに入ると、冷凍の食パンをレンジに入れ、冷蔵庫から卵やマーガリンを出し、コーヒーもセットした。
レンジの音に驚いているリヴァイに、そこで漸くナマエもなんとなく掴まれている理由がわかった。

「パンを暖めただけ、別に怖くはないよ」
「あぁ……」

目玉焼きを焼きながら、トースターにパンを入れ、驚くだろうかと思っているナマエは、自分は意外と意地悪なんだろうなと微笑んでいた。

カシャンという音と同時にパンが跳ねて顔を出した。

「っ、な、なんだ?」

咄嗟に構えるのを見て、ナマエは笑いを堪えるのに必死だった。

「パンが焼けたよ。こっちも焼けたから、テーブルに移動しよう」
「あ、あぁ……そうなのか」

そこへ、携帯の着信音が響いた。サッとナマエの陰に隠れる様にしたリヴァイが、「さっきもこの音がした……」と、辺りを警戒している。

「ちょっとごめんね……」

そう言って、ナマエが電話を取って話し始めると、リヴァイは怪訝な顔をしながら少し離れて様子を見ている様だった。

「夕方から? 何処まで? あー、わかった。伝票も宜しく」

ふぅ、と、困った顔をしたナマエがリヴァイを見れば、それは何だと訊きたそうな顔をしている。

「電話……も、知らないかな?」
「知らねぇ」
「離れた場所に居る人と話が出来る機械……だよ。今のは仕事の連絡で、今日は休みだったんだけどまた夕方から仕事になっちゃった」
「そうか、便利だが……不便だな。それが無ければ仕事も入らなかった訳だろう?」
「そうだね、そう思うと不便かも」

冷めちゃうから……と、ナマエはリヴァイを座らせると、キッチンからコーヒーを持って来た。

「お砂糖とか要る?」
「いや、そのままでいい」
「ん、どうぞ」

ナマエがカップを渡すと、リヴァイは匂いを嗅いでいた。コーヒーは同じ臭いだと思いながら、リヴァイはナマエを見た。

「そういやぁ、何で驚かねぇんだ?」
「あ、リヴァイさんが居る事に……?」
「あぁ、リヴァイでいい」
「悪い人じゃ無さそうだったから……かな?」
「どう見ても悪人面だと思うが……」
「そう? 美形だと思うけど」
「……?」
「格好いいって意味」

リヴァイは大きく目を見開いたあと、少し顔を背けた。

「そんな事は、言われた事がねぇ……」

照れたリヴァイを見て笑ったナマエに、リヴァイはやっと緊張が少し解けた様であった。

「ところで、何で此処に居るのか覚えてる?」
「何故かはわからねぇが……」

と、リヴァイは説明を始めた。
普通に歩いていて、角を曲がったら廊下に居て、知らない場所だった。そして、ナマエが寝ている間に戻れないかと頑張ってみたがと言って、一旦口をつぐんだ。

「……この通りだ」
「なるほどね……」
「信じるのか?」
「嘘言ってるの?」
「俺は、嘘は言わねぇ」
「それなら、信じるしかないでしょう?」

それから、リヴァイは自分が居た場所の事や巨人の事、壁の事も話した。
ナマエも、聞いていてかなり違うと思い、この場所について話した。

「壁が無いのか……巨人も居ない……?」

全くもって信じられないといった感じのリヴァイに、ナマエはカーテンを開けて外を見せた。
高い位置にある部屋からは、かなり遠くまで見通せたが、言われた通り壁は何処にも無かった。建物も見慣れないものばかりだ。

呆然としているリヴァイを見ていて、ナマエは自分が逆だったらと思うととても怖くなった。

(知らない所で、知り合いも居ない。ひとりぼっちなんだ……)

思わず、頭を撫でてしまったナマエだが、リヴァイの反応に驚いた。小さな子供みたいに抱き着いて来た。

(不安なんだよね)

よしよし……と、ナマエはリヴァイが離れるまで背中を撫でてやった。

(意外といい身体してるな……)

途中からはそんな事をリヴァイが考えていたとは……ナマエは知らない。




一通り、家具や家電の説明をしていたが、いちいち驚くリヴァイが面白かったのか、ナマエも悪乗りして……掃除機を持たせてスイッチを入れた。これは何だとホースの先を覗いていたリヴァイは、前髪を吸い込まれて飛び退いた。

「な、何しやがる!」
「いや、面白いなと……」
「遊んでんじゃねぇよ。で、それは何なんだ?」
「掃除機だよ」
「掃除機……だと?」

ホースに床用のパーツを付け、リヴァイの足元に落ちていた糸屑を吸って見せると、リヴァイの目の色が変わった。

「……やらせろ」

バッ! と取り上げたかと思ったら、あちこち掃除している。寝室まで行こうとしたところで、コンセントが抜けてしまって動かなくなった。

「おい……どうした……?」

悲しそうに掃除機を見て撫でている
リヴァイは、本気で心配している様で、ナマエは笑うに笑えず、説明をした。

「壊れちまった訳じゃねえのか」
「そう、移動する時はこれを違うところに刺せばいい」
「わかった」
「あと、気になるものは……?」
「このデカイ物は何だ?」
「テレビ……という。説明するより見た方が早いかな……」

画面に映し出された映像を見るものだと言ったが、リヴァイは驚いたまま固まった。

「これで操作する。色々な番組があるから、変えられるよ」
「あぁ、わかった……」

画面を変える事を覚えたリヴァイは、変えては暫く見て、また変えて……と、食い入る様に見ていた。
だが、ナマエがトイレにと立った途端、リヴァイも立って着いてきた。

「トイレに……」
「……」
「どこにも行かないって……」
「何が起こるかわからねぇ……」
「取り敢えず、そこで待ってて」

捨て犬みたいな目で見るリヴァイを追い払えず、自宅のトイレで妙な緊張感を味わったナマエである。

「お待たせ……」
「あぁ、俺も……」
「え? あ、どうぞ?」

中に押し込んでドアを閉めると、急いで出て来た。

「何だ、あれは!」

蓋が勝手に動く事に驚いたらしい。

「近付くと上がるんだ、離れると……ほら、閉まる」
「先に言ってくれ」

ナマエに抱き着いていたリヴァイが、恐る恐る近付くと、蓋が開いた。

「し、閉めるなよ、そこに居ろよ?」

(不安なんだよね……仕方ないよね?)

ナマエは後ろを向いて服を掴んでやっていたが、何でこんな事になっているのだと、額に手を当てて項垂れた。

「……すまねぇ」

申し訳なさそうな顔をしたのを見て、ナマエは仕方ないよと笑った。

「もう4時か……」
「仕事があると言ったな」
「うん、6時には行かないとだから、あと1時間くらいで出ないといけないんだけど……」
「……?」
「留守番は無理そうだよね?」

チラッとリヴァイを見れば、先程よりも数倍"置いて行くな"オーラを纏った姿にナマエもそれは無理そうだと諦めた様だ。

「それは……兵士の格好なの?」
「あぁ、そうだが、どうかしたか?」
「一緒に行くなら、私の仕事の服装に着替えて貰っていいかな?」
「構わねぇが……」

ナマエがズボンと上着とジャンバーを出して来た。リヴァイに手渡すと「私のだけど、男物だから」と言って、自分は寝室で着替えてくるからと入って行った。
だが、一式持ってリヴァイも入る。

「な、なんでっ?」
「下着くらいさっき見てる……」
「いや、私がね……」
「俺は気にしない」

(どんな理屈なのよ……)

しかし、言っても無理だろうと思ったナマエは仕方なく着替え始めた。
背は少々ナマエの方が大きいが、サイズは丁度良い様だ。

(ところで、コイツの仕事は何なんだ?)

徹夜で帰る仕事など……リヴァイの想像の範疇では飲み屋か娼婦くらいしか思い付かなかったが、こんな格好にはならねぇよなと疑問に思った。

「丁度良いみたいだね」
「この格好は……」
「作業服ってやつなんだけど、私の仕事は荷物を運ぶ仕事なのよ」
「そうか……」

荷物を預かって、指定された場所へと運ぶだけだとナマエが言うと、リヴァイは納得した様であるが、まあ、見てのお楽しみだと寝室を出た。



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