待っていろと言った筈が……


いつからかは覚えてねぇが、俺は地上の空き家に住み着いていた。不思議な事に……ガキが勝手に住み着いていたのだが、誰も咎める事も無くひっそりと暮らしていた。
食い物は盗んだりするしかなかったが、俺ひとり分くらいなら何とかなった。

人目を避ける様にしていたが、何故か近所に住んでいたナマエには見つかっちまう。そうすると、ナマエの気が済むまで遊んでやった。
よく笑う、可愛いナマエが一緒に居ると、俺もとても楽しかった。

何年かそうして暮らしてはいたが、兵士になれば食い物に困る事が無いと聞いた俺は、訓練兵団に入る事にした。
泣いて嫌だと言ったナマエに、「立派な兵士になったら嫁にしてやる」と言って、俺は兵士になったのだが……

「何故、お前が此処に居る?」
「リヴァイに会いに来たの」

満面の笑みは変わらねぇなと和んだが、そういう問題じゃねぇ。

「何故、お前が兵士の格好をして居るかと訊いているんだが……」
「立派な兵士になったらって言ったでしょう?」
「お前に務まるのか? いや、だが、此処に居るって事は……」
「ちゃんと訓練出来たの。すごいでしょう?」

簡単に言いやがるが、穏やかに笑うナマエは、どう見ても人形の様な愛らしさと風貌だ。コイツに訓練など出来る筈がねぇだろうと思った。

「あ、居た居た、ナマエちゃんだよね?」
「知ってるのか?」
「知らないの?」
「いや、知ってはいるが……」

駆け寄ったハンジがナマエの頭を撫でているが、状況が読めねぇ。

「何故コイツが此処に居る……」
「えっ? 今期の女子では最高順位なんだよ?」
「誰がだ?」
「だから、ナマエちゃんが……」
「……どんな冗談だ?」
「リヴァイ、嬉しくないの? ねぇねぇ、兵士になったよっ!」

走っても転んでいた。岩ひとつ飛び越えるのも苦労していた筈だが……いや、待てよ? 置いて来る辺りは、着いて来ていた様な……?

「ねぇ、リヴァイってばぁ!」
「あ、あぁ……なんだ?」
「立派な兵士になったでしょう? 約束だよね?」
「何、なに? 約束って!」
「立派な兵士になったらね、嫁にしてやるって言ったの!」
「うわ、マジで?」
「そうだよね? リヴァイ……」
「オイ、そりゃ……」

思わず片手で顔を覆った。そりゃ意味が違うだろうがと言っても、ハンジは理解した様だが……ナマエはキョトンとしていた。

「俺が立派な兵士になったら、嫁にしてやると言ったんだ」
「そんな風に言わなかったもん!」
「だからってな、考えりゃわかりそうなもんだろう?」
「考えたもん。いっぱい考えたもん……」

……やべぇ

泣かれたら、泣き止ますのが大変なんだよ、コイツは。

「わかった、俺が悪かった。だから泣くな……」
「うん、泣かない」

黙って見ていたハンジが、今のやり取りで堪えきれなくなったのだろう、笑い出したのを蹴った。

「で、てめぇは一体何の用があったんだ?」
「あぁ、エルヴィンが呼んでたんだった……二人をね」
「俺もか?」

早く行っといでと、床に座ったままのハンジに言われ歩き出すと、ナマエが腕に引っ付いた。
ひっぺがそうかとも思ったが……ナマエと擦れ違う野郎共の顔を見て、そのまま団長室まで歩いた。

「入るぞ……」
「ああ、リヴァイ……と、ナマエか。よく来たね、まあ、座ってくれ」
「何の用だ?」
「確認といったところだが、リヴァイ、これを見てくれ」

エルヴィンが開いたのは、希望調査の用紙だった。
ナマエのページであるが……

「何だ? これは……」

時期により何枚かあるのだが、希望する兵団と理由を書く欄に驚いた。

希望する兵団 調査兵団
希望する理由 リヴァイのお嫁さんになるため

……呆れて言葉も出なかった。

「これは、どういう事なのかと思ってな」
「なにか、問題がありましたか?」
「大有りだろうが……」
「真面目に書いたのに……」
「はは、問題は理由ではない。何か約束でも有るのかと思ったから、訊いておこうと思っただけだ」

エルヴィンは笑っていたが、俺はコイツはどこまで能天気なんだと溜め息を吐いた。
仕方なく、先程のハンジの前でやったやり取りをエルヴィンに説明した。

この時、俺は班長だったが、実質的にはハンジと同じ分隊長になっていた。隊は持たずに遊撃班だった。

エルヴィンの話では、近々俺を兵士長にするつもりだし、ナマエもまだ若いから結婚には早いだろうと言われた。
それはわかっている。ナマエが18歳になってもひとりで居たら、貰いに行こうと思っていた。




それから2年、ナマエと俺は兵団内でその関係(といっても幼馴染みという事だ)を知らない奴は居ないという状況で穏やかに過ごしていた。
屈託無く笑うナマエは皆に可愛がられ人気もあったが、密かな努力のお陰か、手を出そうとする奴は居なかった。

だが、新兵はそれを知らねぇ……

「ナマエさん、街に新しく出来た店に行きますよ!」
「行かない……」
「何でですかっ? こんなに好きなのに……ナマエさんだって一緒に居たいでしょう?」
「何で……って……」
「一緒に行きたいですよね! 行きましょう!」

逃げているナマエを追いながら話す……そんな光景を何度か見た。

「その辺にしておけ」
「兵長……?」
「嫌がってる事くらいわからねぇのか?」
「そんな事まで命令されるんですか?」

少し話しておこうかと思ったが、走って逃げられちまった。
それからは、俺に見える所ではそんな素振りは見せねぇから安心していた。




だが、ある日ナマエが俺に言った。

「あの人怖い……リヴァイ助けて」

思ったよりも我慢していたのだろうか、ジャケットを掴んで胸に顔を擦り寄せたナマエの手は震えていた。

「何があったんだ?」

このところ忙しかったのもあったのか、言い辛かったのだろう。ナマエはポツポツと話し始めた。
俺に見えねぇ所で毎日の様にプレゼントを持って待っていたり、トイレから出ればハンカチを渡されたり、とにかく付き纏われていたようだ。

「そうか……」
「部屋も変で……」
「荒らされたのか?」
「物がね……減ってるの」

更に強く掴んだナマエの頭や背中を撫でながら、下着でもやられたかと思うと、どす黒い感情が沸き上がる。

「そうか。だが、何故すぐに言わねぇんだ……」
「だって……」
「だってとかじゃねぇだろう? 襲われたらどうするんだ」
「……投げ飛ばす?」

上目遣いは悪くねぇが……いくら強くなったとはいえ、咄嗟の野郎の力には敵わねぇだろう。

「お前なぁ……だったら何で此処に居る? 怖いんだったら無理してんじゃねぇ」

すぐにエルヴィンの所へ向かい、事情を説明すると、その場に居たハンジも含めて相談した結果、ナマエは取り敢えず単独で行動しねぇ様にと言って、俺かハンジの側に居る事になった。

「しかし、まるでストーカーだね」
「そのものだろう?」
「部屋の方は……誰かに見張ってもらうとして、夜はどうするの?」
「俺が預かる」

ハンジの……あの部屋にナマエを置く訳にも行かねぇだろう? 病気にでもなったら困るだろうが……

「まあ、それが一番安全だろうが……」

チラリと俺を見た……エルヴィンの言いたい事位はわかる。「何もしねぇよ」と睨み返せば、クッと笑いやがった。

「だが、そんな事してねぇで、捕まえて話せばいいんじゃねぇのか?」
「それじゃダメなんだよねぇ……」

わかってないなとハンジは続ける。
注意したところで、止める事は出来ねぇだろうから、証拠から固めて完全に包囲するのだそうだ。

「そういうものか?」
「悪い事をしている意識が無いだろうからね」

俺の横で、何故かにこにこと笑っているナマエに皆の視線が集まるが、気にしていない……

「何を笑ってやがる……」
「え? リヴァイのお部屋……」
「もう少し危機感を持て……」
「……?」
「いや、いい。部屋へ行くぞ」

着替え等を取りに行ってから、俺の部屋へ連れて行く事にした。




ナマエの部屋には念のため、ハンジが残ると言い出した。

「後は頼む」
「はいよっ!」

同室の奴にはハンジが説明しておくと言われ、荷物を持ったナマエを連れて部屋を出たが、そこで……ナマエがコケた。
相変わらずだなと手首を掴んで立たせると、そのまま手を引いて歩き出したのだが、柱の影から人が飛び出した。

「俺のナマエちゃんをどうするつもりだぁぁ!」

襲い掛かって来たのを咄嗟に避けようとしたが、避ければナマエに当たる。
ナマエを抱えて背中を向けると、何かで殴られた。

「っ、てめぇ! 何しやがる!」

何度も棒らしき物で打たれ、俺も流石にブチ切れた。
ナマエを押し遣って反撃したが……蹴り1発で伸びちまいやがった。

「コイツだよな……?」
「うん。リヴァイ強いっ!」
「そうじゃねぇだろうが……」

声と物音で出て来たハンジが、伸びてる奴を見た。

「取り敢えず、別件ってやつでいいか」
「何だ?」
「上官を襲った罪で放り込んでおいて、そのうちに部屋とか捜索するのさ」
「そうか、俺も手伝うか?」
「いや、大丈夫。居ない方がいいかも」
「なら、任せる」

ハンジはそのまま片手を掴んで引き摺って行った。

地下への階段もそのまま引き摺るつもりだろうか……?

呆気に取られていた俺を、ナマエが見ているが……何だろうか?

「早く行こう?」
「あぁ、そうだな。行くか」

そのまま予定通り部屋に連れて帰ったのだが……

待てよ? 何故連れて来たんだ?

入口で立ったまま考えた。一応、もう危険は無い筈だ。
楽しそうに部屋を見て回っているナマエを見ていたのだが、ナマエが行こうと言ったからじゃねぇかと……寝室に入ったナマエを追った。

「ったくお前は……」

ベッドにダイブしやがったのを、俺はそのまま下に敷いた。

「リヴァイ、重いよぉ……」
「危機感を持てと言っただろうが。襲われたらどうするって?」

両手を押さえて顔を寄せる。

「投げ……らんない」
「男を甘く見るんじゃねぇぞ」

わかったかと放してやろうと思ったが、笑顔を見せたナマエに焦った。

「だって、リヴァイは投げたくないもん」
「っ、お前……」

俺だって男だぞ……?

「リヴァイは嬉しそうじゃない……」
「何故、そう思う?」
「だって、"可愛い"も"好き"も言ってくれないから……」
「そりゃ、ありゃガキの頃の話だろうが」
「だって……」

拗ねた様な顔をするナマエは可愛いし、俺だって好きだ。そうでなけりゃ、あんな言葉は泣き止ます為でも言わねぇよ。

「お前は俺の嫁になるんだろう?」
「うん、なる」
「なら、"好き"じゃねえだろう?」
「え……? なんでぇ……っ?」

また、泣きそうな顔しやがって……

「俺はお前を……"愛してる"」

頬にキスしてそう言ってやれば、擦り寄せた頬に涙が届いた。
もう少し待ってやるつもりだったんだがな……早く言える様になれ。

幼馴染みも、もう飽きただろう?
そろそろ次へ進もう……




そのまま、抱き締めて眠った。
翌日、ナマエを連れて地下牢へ行ってみたが、ハンジに寝かせて貰えなかったのか、憔悴しきった顔の男が居た。

「すみません……でした」

揃って姿を見せた俺達を見て、そう言って項垂れた。

「コイツは俺のだ。2度と手を出すなよ?」
「はい。どんな罰でも受けます……だから……この人連れて行って下さいっ!」
「やだなあ、新兵君に巨人について教えてあげただけなんだよ?」

そりゃ、どんな罰よりキツイだろうよ?

「どんな罰でもと言ったな?」
「は、はいっ!」
「なら、あと3日はそいつと一緒に入ってろ」
「そ、そんなっ……」

俺はナマエを連れ、また階段を昇った。

「ちょっと……可哀想かも……」
「だが、俺は優しいと思わねぇか?」
「そう……かな?」
「あぁ、そうだろう? お前を怖がらせたのも、俺を殴りやがったのも……あれで許してやろうと言うんだからな」
「うん、優しい」

本当にわかってるのかと訊きたくなったが、それでいい。おれもあの新兵同様……他の罰を望むがな。

フッと笑った俺に、きっと勘違いをしているのだろうナマエも笑った。

「リヴァイ、大好き!」
「違うだろう? 愛してる……だ」
「あ……あ……っ、無理っ!」

真っ赤になってそっぽを向いたが……

「言える様になったら、嫁にしてやる」

きっと……そんな先では無い筈だと、俺はそっと髪にキスをした。

End



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