〜止まった時が動き出す〜 やる事の無い日は……退屈だ。 俺は何の気なしに地下街を歩いていると、花がふわりと落ちてきた。 「おにいちゃん、とってー!」 ……俺の事か? 見上げると、10歳くらいのガキが、窓から身を乗り出して俺を見ていた。 「おはな……とって……」 仕方無く拾って持ち上げたが、互いに手を伸ばしたが届かない。こんな時は自分の身長というものが気になる。 チッ…… 「ちょっと下がってろ」 俺は助走をつけ、狭い路地の反対側の壁を蹴って窓枠に掴まった。 「ほら、もう落とすなよ?」 「うん、ありがとう」 「……あぁ、じゃぁな」 俺を怖がらねぇガキも珍しいな。 その時は、その程度で特に気に留める事も無かった。 またある時、宛もなく歩いていると、いつかの路地で、窓からこの間のガキが此方を見ていた。 「おにいちゃーん!」 「また何か落としたか?」 「おにいちゃん、まってたの」 「何か用か?」 「おはなのおれい……」 そう言って、押花で作った栞を俺に見せた。 「大したことしてねぇだろうが、大事にしとけ」 「……いらないの?」 っ、この顔は知っている…… 口元を歪ませて……今にも泣き出しそうな顔だ。俺だって、好きでそんな顔ばかり見てきた訳じゃねぇ。 「わ、わかったから泣くな……なっ?」 「ほんと……?」 「あぁ、嘘は嫌いだ」 途端に笑顔に変わる……ガキの相手は苦手だ。 「はい、あげる」 小さな手から離れた栞は俺の手に落ちてきて、受け取った。 「綺麗に出来てるな、悪くない」 嬉しそうに笑ったのを見て、何故か恥ずかしくなった。 「じゃあな」 「うん、またね!」 ……また、か。 俺は手を上げて背中を向けた。 栞をポケットに入れ、確かめる様にポケットの上から手を当ててみた。他人の事など気にした事も無かった俺だが、俺のために作ったのかも知れないと思うと、不思議な心地好さがそこから伝わる様な気がした。 それから、時々俺は用も無いのにその路地を通る。すると、「おにいちゃん」と呼ぶ声にホッとしながら僅かな会話をした。 栞は気に入っている本に挟んである。一体俺は何をしているのか? と、考えたが答えはわからない。 血腥(ちなまぐさ)い争いばかりの日々、それが俺の唯一の安らぎだったのだろうか。 その後、ミスって深傷を負った俺は暫く身を隠していた。 傷が癒えた頃にまた、その路地を通ったが……あのガキを見る事は無かった。 ふと、何年振りかで開いた本から落ちた栞に思いを馳せていた俺は、名前すら知らなかったなと笑った。 「あれ? リヴァイも貰ったの? にしては少し古そうだね」 「あ? 何の話だ」 書類を持って来たハンジが、出したままになっていた栞を手に取った。 すかさず取り返した俺は引き出しに仕舞った。 「ほら、これ、今度入った新兵に貰ったんだよ」 見せられた物は、作り方が似ている気がしたが、こんなもんは大体似たり寄ったりなんだろうと思った。 「俺のはもう……10年くらい前に貰ったもんだ」 「へえ、随分大事にしてるんだねぇ」 「大事……?」 「そうでしょう? でなきゃそんなに綺麗に取っておけないよね……」 「本に挟んだままだっただけだ」 だが、他人に初めて貰った物だったからなのか、そのつもりも無く大事にしていたのだろうか。 「でもさ、そんな前ならまだリヴァイも新兵くらいの歳でしょ? 彼女とか?」 「そんなん居ねぇよ、相手はガキだ」 「え……」 「花を拾ってやった礼に貰っただけだ」 「ふぅん……そうなんだぁ……」 ニヤニヤと嫌な笑いをしたハンジが、リヴァイがねぇ……と、下品な笑いをしながら出て行った。 新兵……まさかな。 そのくらいの年齢だろうかと思ったが、だから何だと言われたら、別に何でもねぇとしか言い様はねぇ。 それから数日後、ナマエという新兵がハンジからの書類を持って来た。 「兵長、書類をお持ちしました」 「あぁ、ありがとう」 「それと、これをどうぞ」 差し出されたのは、俺の持っていた栞と同じ花の栞だった。 「まさかとは思うが……」 俺は、引き出しから栞を取り出して見せた。 「これに見覚えはないか?」 そっと受け取ったナマエは、迷わずに裏を見た。そこには、ガキが描いたもんだから決して上手いとは言えねぇが……たぶん俺の顔と『ありがとう』という言葉が書いてあった。 「あ……ご無事で……」 「っ、おい、どうした」 栞を持ったまま、顔を覆って座り込んでしまったナマエに俺は焦った。 「おにいさん……」 その一言ですべてがわかる。 「あぁ、お前も無事だったか」 近寄って、頭を撫でてやった。出会ってから、初めて触れた。 笑いながら涙を拭ったナマエは、あの頃の様にまっすぐな目をしていた。 「まさか、持ってて下さるなんて思ってもいなくて」 「初めて……だったからな」 「え?」 「プレゼントを貰った事が無かったんだ」 「そう……だったんですね。私も貰ってくださって嬉しかったんです」 あのあと、ナマエは俺が通るのが楽しみで、通らなくなっても……来る日も来る日も待ったそうだが、親が地上で仕事を見つけて出て行ったんだと、話してくれた。 「派手にやられてな、動けなかった。そのあと俺も何度も通ったんだ」 「もう、会えないかと思ってました」 「あぁ、俺もだ」 僅かたが、同じ時間の記憶……思い出を持っているという、不思議な感覚に言葉が見つからない。 何か言わねぇと……そう思ったが、出ない代わりに終業の鐘が鳴った。 「お仕事中にすみませんでした」 「いや、何も悪くねぇ」 「ま、またお話したいです」 「そうだな、ゆっくり食事でもしながら……どうだ?」 いきなりどうかとは思ったが、もっと話がしたいと、俺も思った。 「はい」 「このあと、予定はあるか?」 「あっ、ありません」 「着替えたら、門の外にいる」 「はい、では……後で」 「あぁ、焦らなくていいぞ」 パタパタと走り去る後ろ姿を見ながら……楽しみだと思った。 こんな事もあるんだな……と、俺は栞を胸のポケットに仕舞った。 マリーゴールド、この花の示す通り…… 俺は『生きる』道を選んだ。そしてまた、今度は……傍らにナマエの姿を見ながら『生きる』事を望む。 2つの栞を胸に忍ばせ、俺は、その想いの形に見合う言葉を探しながら……駆けてくる姿に目を細めた。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |