共に願う結末 3


「リヴァイが起きないらしいんだ……」

リヴァイの班の班員が、いくら待っても現れないリヴァイを探し、自室へ行くと、寝ているのを見つけたのだそうだ。
けれども、いくら声を掛けようが……揺すろうが、起きる気配が無いのに焦り、人を呼びに行こうとして、机に手紙があるのを見つけて更に焦ったのだと、その手には1通の手紙を持って……私の所へ駆け込んで来た。
手紙の宛名はエルヴィンだったけれど、行き辛くて私の所に来たのだろう。

その兵士には、私の権限で守秘義務を課し、業務に戻る様に言った。リヴァイに関しては、特別任務で不在だという事にした。

そのあと部屋を飛び出した私は、すぐに団長室に駆け込んだ。

エルヴィンに手紙を差し出すと、緊張した面持ちで開けた。文字のびっしりと書かれた紙が何枚も入っていて……普段ならば後ろに回って一緒に読むのだろうけれど、私は何故か動けず……黙ったまま文字を追うエルヴィンの目を見ていた。

「ハンジ……」
「どうしたの?」
「これは、リヴァイの遺書だ……」
「ええっ?」

自分の死体が見つかったら、事故か自殺で処理してくれと書かれたそれには、ナマエとの数年間の事が書かれていて、ケアも頼むと書かれていた。

「でも、寝てるだけだよね……」
「事情はナマエに訊いた方が早そうだな。地下の……あそこなら聞かれる心配も無いだろう」
「わかった。ナマエは私が……」
「ああ、頼んだぞ」

早速、私はナマエを連れて……エルヴィンの待つ地下の会議室へ行った。

「こんな所でごめんね……」
「いえ、あの……?」

事情のわからないナマエは、部屋の中で待っていたエルヴィンに驚いていた。

「これを……見て欲しいんだ」

リヴァイの遺書……ナマエは読みながら何度も涙を拭っていた。

「それは……事実なのかい?」

読み終えたナマエにエルヴィンが問い掛けた。

「事実です……」

ナマエも昨日までは、本気でリヴァイを殺してやろうと思っていたと言った。あの時の殺気と、リヴァイの「訊くな」と言った意味がわかった。

「昨日、何があったか教えて欲しいんだ。リヴァイは自分が部屋に戻らない……いや、戻れないと知っていたんだと思う」
「はい、夜の12時に屋上に来て欲しいと手紙で呼び出しました」
「それで……?」
「私は……理由を知りたくて呼び出しました……」

リヴァイは終わらせるつもりで呼び出しに応じたのだろう。ただ、殺されるためにそこへ向かったのか。

「私も、どうしていいかわからなくて、体当たりしてしがみついて……嘘つきと言ってしまったんです」

間違って殺そうとした……と、ナマエが言うと、そうすれば良かったんだ……と、まるでそうして欲しかったという様に、リヴァイは答えたのだという。

戻っていくのを見ていて、見えなくなってからナマエは自室に戻ったらしい。

「リヴァイは……生きる理由を失ってしまったのかも知れないね」
「えっ?」
「ああ、そうだろうな」

それっきり、3人で置かれた遺書を見ながら……誰も口を開けなかった。




俺は……夢を見ているのか?

此処は地下街……だが、似つかわしくない笑い声が聞こえている。

あぁ、そうだ……この角を曲がると、見える……

ガキが笑っている。囲む男達も笑っている。こんな場所で何故そんな風に笑えるのかと、俺は拳を握った。

あれは……ナマエだ。

あの日、俺を憎んだ……それよりも前に俺はナマエを見ていた。

羨ましかった。あの笑顔が欲しかった……あの目で俺を見て欲しかった……

俺は思い出した。あの時何故、弁解も口を封じる事もせずに逃げたのかを。

どんな思いでもいいから、俺を見て欲しくて、俺を討つ事で気が晴れるなら……そうしてやりたいと思ったんだ。

だが、もう……それも叶わない。
俺が生きる理由は、潰えてしまった。
それでも何故か……地下街での時間を見せられている。

このあと……俺はナマエの為だけに生きたんだ……

夢も希望も、生きる意味すら無かった俺が、いつかと夢を見て、愛しいナマエの手で下らねぇ人生ってヤツを、終わりにして貰えるのだ。
ナマエが俺の事を考えているという事が、嬉しくて堪らなかったのだ。

まだか、まだかと……砂時計の天地を変えながら待ち望み、まるで恋をする様に……目の前に立ち、俺だけを考え、その瞳に映し、触れてくれる事を思い、焦がれた。

愛しい……恋しい……と。

その存在に俺は想いを寄せていたのか。
ゆっくりと流れていく、思い出という名の記憶を、俺は眺めていた。

現実にはもう……戻りたくないと思った。
俺にとっては、この時が幸せだったんだと知ってしまった。




地下の会議室で、私は……更に深い事実を知った。
あの男……リヴァイ兵士長の遺書だと言われたそれには、私の事ばかり書かれていた。

犯罪者にはならない様に……
その事で苦しまない様に……
そのために兵士になったのだろうから、穏便に退団させて欲しい……
俺の貯めたものは全て譲る……

幸せに……笑って欲しい……

そして、私は思い出した。生きていたと知った時の喜びを。

「おかしい……でしょうか?」

黙ったままだった部屋に、私の声が響いた。

「何がだい?」
「私は……訓練兵団で再会した時も、初めて間近で見た時も……嬉しいと思ったんです。生きていてくれて良かった、近くで見れて嬉しいと思った。兄の敵だと思っていたのに……」
「何も、おかしい事じゃないと私は思うよ?」

ハンジ分隊長が頭を撫でながらそう言ってくれた。

「これはさ、リヴァイが遺書として書いたものかも知れない。でも、まるで恋文みたいじゃないか……」

リヴァイは憎もう、恨もうとする様に仕向けて、大切にして来たんだろうから、それはもう、愛情と言ってもいいのかも知れない。
お互いに想って生きて来た……その想いが強ければ強い程、長い時間の中で、違う感情も生まれるんじゃないかな?

ハンジ分隊長はそう続けて、笑った。

「今、兵士長は……」

部屋に入って遺書を見せられた時から、私は怖くて訊けなかった。遺書があるという事は、もしかするともう……
絶望、そんな顔と共に去って行った背中を思い出すと、胸が苦しくなる。

「リヴァイは……眠っている」
「……?」
「死ぬ事も叶わず、生きる希望も失った彼は……二度と目覚める事は無いかも知れない。彼が望まない限りは」

言っている意味がわからなかった。

「起こそうとしても、起きなかったらしいんだ」
「そんな……」
「私達もまだ見ていないから、一緒に行ってくれるかな?」

私は大きく頷いた。そんな、そんなことがあってはいけないと思った。

立ち上がった団長と分隊長に付いて、私も兵士長……彼の部屋へと向かった。

「普段なら、近付いただけで目を開けるのに……」

分隊長がベッドに腰掛けても、身動ぎすらしない。揺すりながら何度も名前を呼んで、頬を叩いても目を開けなかった。

私は……何を見てきたのだろう?
憎んで、憎んで……それでも追い求めた背中。

でも、本当に……憎んでいたの……?

お兄ちゃんを失っただけだったら、私は絶望の中で生きる事を放棄したかも知れない。憎む事で、その背中に想いをぶつける事で、私は生きて来られた。

「このままだと、衰弱して死んでしまうのだろうな……」
「栄養剤の投与で、永らえる事は出来るかも知れないけど……」
「本人にその意思が無ければ、それは果たして……リヴァイの為と言えるのだろうか?」
「リヴァイなら、望まないだろうね」

また、揃って眠る姿を見た。

「お前の望みが俺の望みだ。ナマエ……早く俺を……」

フッと笑った様に見えて、寝言……なのだろうか、まるで二人の会話に答える様に言った。でも、目を覚ます気配は無い。

「本当にそれだけを望んで……リヴァイは生きて来たんだね」
「っそ、そんなの……悲し過ぎる」
「でも、見てごらんよ……見た事も無いくらい、幸せそうな顔をしてる」
「ああ、このままにしてやるのが、いいのだろうか」
「い……やっ、そんなの嫌っ!」

近付いて、触れた。

「死な……ないで……」

胸に耳を当てて、生きてる音を聞いた。……音の無い胸にしがみついた、あの時の恐怖が甦る。冷たくなっていく体は、もう、私を抱き締めてくれなかった。

「怖い……怖いよぉ……私はこれから何のために生きればいいのかわからないよ……」

起きて、起きてよ……私を見てよ

泣きながら、叫んでいた。二人が居る事など……もう、わからなくなっていた。
馬乗りになり、頬を刷り寄せて願った。

「リヴァイ! 私を……ひとりにしないでよぉ!」

私は……涙でびしょびしょになってしまった彼の顔を拭って……唇を合わせた。




……誰かが呼んでいる?

いや、俺にはもう、必要としてくれる者など居ない。
このまま……朽ち果てるのが最善ってヤツなんだろう。ほら、また……ナマエの視線が俺を貫く。俺は此処で……お前に囚われていたいんだ。

『死な……ないで……』

違う……だろう? お前の望みは俺の死だ。何故……泣いている、俺が居なくなれば笑える筈だろう?

『リヴァイ』

俺の……名前?

『私を……ひとりにしないでよぉ!』

見えていた筈の……幸せな時間が砕け散って、ぼんやりとした視界には、誰かの顔がある。柔らかく暖かい唇の感触と、体に掛かる心地好い重さに、俺はそれを逃すまい……と、腕の中に捕らえた。

「リヴァイ!」

聞き慣れた声がして、そちらを向けば、ハンジとエルヴィンが居た。腕の中の誰かが、頬を擦り寄せた。

「良かった……」

俺は、状況を把握出来ずに……そろりと、目の前の顔を引き離して見た。

「ナマエ……?」

パタン……と、ドアの閉まる音がして、そちらを見たが、誰も居ない。

「俺は……目覚めちまったのか?」

どう見ても、自室のベッドの上だろうが……目の前のナマエに納得がいかない。

「それともまた、違う夢を見ているのか……?」
「これは……夢じゃない……」

そう言ったナマエが顔を寄せると……また、唇に暖かいものが触れた。

甘い痺れが広がっていく……

「や……めてくれ……」

思い出すな、思い出させないでくれ、俺の本当の望み……だめだ、頼むから……

起き上がり、退かした。それは望んではいけないと振り払う。

「嫌っ!」
「離してくれ……」

背中に抱き付かれ、俺は逃れようともがいた。だが……本当に嫌ならば、こんな事にはならねぇだろう。

「何故だ……お前は俺を……」
「憎んでると思ってた。でも、いつも……探してた。見つからなくて寂しかった。でも、また見つけたら嬉しかった! 会いたかった! 気付いて……欲しかった……」
「ナマエ……」
「私の望みは……」
「あぁ、何でも叶えてやる。お前になら、俺の命だって惜しくはない」

スッと離れた腕に、俺は……寂しいと感じた。何と言われるのか、胸が痛い。

「ずっと……傍に居て欲しい」
「……?!」

俺は振り返り、手を伸ばした。服を……腕を掴んで夢中で引き寄せ、抱き締めた。
言葉も何も出ない。力一杯抱き締めて……泣いた。

「俺に……生きろと言うのか?」
「一緒に居て欲しい。生きるのが嫌なら、一緒に……死のうよ」
「お前っ……」
「私も、生きる意味が無くなっちゃった」

ナマエも、同じだったのか?

俺の望みはお前の望みだった。
お前の望みは俺の望みだった。
望みを断たれて、何も無くなった筈が……俺にもひとつだけ残っていた。

「……って、くれるか……?」
「えっ……? 聞こえ……ない……」
「俺にも……笑ってくれるか?」
「……て、くれるなら」
「っ、聞こえねぇよ……」
「私を……抱き締めてくれるなら……」

更に力を込めた腕の中で、ナマエは涙を流しながら……笑った。

俺の望みは……お前の……望みだ。

共に生きろと言ってくれるなら、そう望んでくれるなら、俺は生きる。

俺は、お前と……生きたい。

End



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