「リヴァイが起きないらしいんだ……」 リヴァイの班の班員が、いくら待っても現れないリヴァイを探し、自室へ行くと、寝ているのを見つけたのだそうだ。 けれども、いくら声を掛けようが……揺すろうが、起きる気配が無いのに焦り、人を呼びに行こうとして、机に手紙があるのを見つけて更に焦ったのだと、その手には1通の手紙を持って……私の所へ駆け込んで来た。 手紙の宛名はエルヴィンだったけれど、行き辛くて私の所に来たのだろう。 その兵士には、私の権限で守秘義務を課し、業務に戻る様に言った。リヴァイに関しては、特別任務で不在だという事にした。 そのあと部屋を飛び出した私は、すぐに団長室に駆け込んだ。 エルヴィンに手紙を差し出すと、緊張した面持ちで開けた。文字のびっしりと書かれた紙が何枚も入っていて……普段ならば後ろに回って一緒に読むのだろうけれど、私は何故か動けず……黙ったまま文字を追うエルヴィンの目を見ていた。 「ハンジ……」 「どうしたの?」 「これは、リヴァイの遺書だ……」 「ええっ?」 自分の死体が見つかったら、事故か自殺で処理してくれと書かれたそれには、ナマエとの数年間の事が書かれていて、ケアも頼むと書かれていた。 「でも、寝てるだけだよね……」 「事情はナマエに訊いた方が早そうだな。地下の……あそこなら聞かれる心配も無いだろう」 「わかった。ナマエは私が……」 「ああ、頼んだぞ」 早速、私はナマエを連れて……エルヴィンの待つ地下の会議室へ行った。 「こんな所でごめんね……」 「いえ、あの……?」 事情のわからないナマエは、部屋の中で待っていたエルヴィンに驚いていた。 「これを……見て欲しいんだ」 リヴァイの遺書……ナマエは読みながら何度も涙を拭っていた。 「それは……事実なのかい?」 読み終えたナマエにエルヴィンが問い掛けた。 「事実です……」 ナマエも昨日までは、本気でリヴァイを殺してやろうと思っていたと言った。あの時の殺気と、リヴァイの「訊くな」と言った意味がわかった。 「昨日、何があったか教えて欲しいんだ。リヴァイは自分が部屋に戻らない……いや、戻れないと知っていたんだと思う」 「はい、夜の12時に屋上に来て欲しいと手紙で呼び出しました」 「それで……?」 「私は……理由を知りたくて呼び出しました……」 リヴァイは終わらせるつもりで呼び出しに応じたのだろう。ただ、殺されるためにそこへ向かったのか。 「私も、どうしていいかわからなくて、体当たりしてしがみついて……嘘つきと言ってしまったんです」 間違って殺そうとした……と、ナマエが言うと、そうすれば良かったんだ……と、まるでそうして欲しかったという様に、リヴァイは答えたのだという。 戻っていくのを見ていて、見えなくなってからナマエは自室に戻ったらしい。 「リヴァイは……生きる理由を失ってしまったのかも知れないね」 「えっ?」 「ああ、そうだろうな」 それっきり、3人で置かれた遺書を見ながら……誰も口を開けなかった。 俺は……夢を見ているのか? 此処は地下街……だが、似つかわしくない笑い声が聞こえている。 あぁ、そうだ……この角を曲がると、見える…… ガキが笑っている。囲む男達も笑っている。こんな場所で何故そんな風に笑えるのかと、俺は拳を握った。 あれは……ナマエだ。 あの日、俺を憎んだ……それよりも前に俺はナマエを見ていた。 羨ましかった。あの笑顔が欲しかった……あの目で俺を見て欲しかった…… 俺は思い出した。あの時何故、弁解も口を封じる事もせずに逃げたのかを。 どんな思いでもいいから、俺を見て欲しくて、俺を討つ事で気が晴れるなら……そうしてやりたいと思ったんだ。 だが、もう……それも叶わない。 俺が生きる理由は、潰えてしまった。 それでも何故か……地下街での時間を見せられている。 このあと……俺はナマエの為だけに生きたんだ…… 夢も希望も、生きる意味すら無かった俺が、いつかと夢を見て、愛しいナマエの手で下らねぇ人生ってヤツを、終わりにして貰えるのだ。 ナマエが俺の事を考えているという事が、嬉しくて堪らなかったのだ。 まだか、まだかと……砂時計の天地を変えながら待ち望み、まるで恋をする様に……目の前に立ち、俺だけを考え、その瞳に映し、触れてくれる事を思い、焦がれた。 愛しい……恋しい……と。 その存在に俺は想いを寄せていたのか。 ゆっくりと流れていく、思い出という名の記憶を、俺は眺めていた。 現実にはもう……戻りたくないと思った。 俺にとっては、この時が幸せだったんだと知ってしまった。 地下の会議室で、私は……更に深い事実を知った。 あの男……リヴァイ兵士長の遺書だと言われたそれには、私の事ばかり書かれていた。 犯罪者にはならない様に…… その事で苦しまない様に…… そのために兵士になったのだろうから、穏便に退団させて欲しい…… 俺の貯めたものは全て譲る…… 幸せに……笑って欲しい…… そして、私は思い出した。生きていたと知った時の喜びを。 「おかしい……でしょうか?」 黙ったままだった部屋に、私の声が響いた。 「何がだい?」 「私は……訓練兵団で再会した時も、初めて間近で見た時も……嬉しいと思ったんです。生きていてくれて良かった、近くで見れて嬉しいと思った。兄の敵だと思っていたのに……」 「何も、おかしい事じゃないと私は思うよ?」 ハンジ分隊長が頭を撫でながらそう言ってくれた。 「これはさ、リヴァイが遺書として書いたものかも知れない。でも、まるで恋文みたいじゃないか……」 リヴァイは憎もう、恨もうとする様に仕向けて、大切にして来たんだろうから、それはもう、愛情と言ってもいいのかも知れない。 お互いに想って生きて来た……その想いが強ければ強い程、長い時間の中で、違う感情も生まれるんじゃないかな? ハンジ分隊長はそう続けて、笑った。 「今、兵士長は……」 部屋に入って遺書を見せられた時から、私は怖くて訊けなかった。遺書があるという事は、もしかするともう…… 絶望、そんな顔と共に去って行った背中を思い出すと、胸が苦しくなる。 「リヴァイは……眠っている」 「……?」 「死ぬ事も叶わず、生きる希望も失った彼は……二度と目覚める事は無いかも知れない。彼が望まない限りは」 言っている意味がわからなかった。 「起こそうとしても、起きなかったらしいんだ」 「そんな……」 「私達もまだ見ていないから、一緒に行ってくれるかな?」 私は大きく頷いた。そんな、そんなことがあってはいけないと思った。 立ち上がった団長と分隊長に付いて、私も兵士長……彼の部屋へと向かった。 「普段なら、近付いただけで目を開けるのに……」 分隊長がベッドに腰掛けても、身動ぎすらしない。揺すりながら何度も名前を呼んで、頬を叩いても目を開けなかった。 私は……何を見てきたのだろう? 憎んで、憎んで……それでも追い求めた背中。 でも、本当に……憎んでいたの……? お兄ちゃんを失っただけだったら、私は絶望の中で生きる事を放棄したかも知れない。憎む事で、その背中に想いをぶつける事で、私は生きて来られた。 「このままだと、衰弱して死んでしまうのだろうな……」 「栄養剤の投与で、永らえる事は出来るかも知れないけど……」 「本人にその意思が無ければ、それは果たして……リヴァイの為と言えるのだろうか?」 「リヴァイなら、望まないだろうね」 また、揃って眠る姿を見た。 「お前の望みが俺の望みだ。ナマエ……早く俺を……」 フッと笑った様に見えて、寝言……なのだろうか、まるで二人の会話に答える様に言った。でも、目を覚ます気配は無い。 「本当にそれだけを望んで……リヴァイは生きて来たんだね」 「っそ、そんなの……悲し過ぎる」 「でも、見てごらんよ……見た事も無いくらい、幸せそうな顔をしてる」 「ああ、このままにしてやるのが、いいのだろうか」 「い……やっ、そんなの嫌っ!」 近付いて、触れた。 「死な……ないで……」 胸に耳を当てて、生きてる音を聞いた。……音の無い胸にしがみついた、あの時の恐怖が甦る。冷たくなっていく体は、もう、私を抱き締めてくれなかった。 「怖い……怖いよぉ……私はこれから何のために生きればいいのかわからないよ……」 起きて、起きてよ……私を見てよ 泣きながら、叫んでいた。二人が居る事など……もう、わからなくなっていた。 馬乗りになり、頬を刷り寄せて願った。 「リヴァイ! 私を……ひとりにしないでよぉ!」 私は……涙でびしょびしょになってしまった彼の顔を拭って……唇を合わせた。 ……誰かが呼んでいる? いや、俺にはもう、必要としてくれる者など居ない。 このまま……朽ち果てるのが最善ってヤツなんだろう。ほら、また……ナマエの視線が俺を貫く。俺は此処で……お前に囚われていたいんだ。 『死な……ないで……』 違う……だろう? お前の望みは俺の死だ。何故……泣いている、俺が居なくなれば笑える筈だろう? 『リヴァイ』 俺の……名前? 『私を……ひとりにしないでよぉ!』 見えていた筈の……幸せな時間が砕け散って、ぼんやりとした視界には、誰かの顔がある。柔らかく暖かい唇の感触と、体に掛かる心地好い重さに、俺はそれを逃すまい……と、腕の中に捕らえた。 「リヴァイ!」 聞き慣れた声がして、そちらを向けば、ハンジとエルヴィンが居た。腕の中の誰かが、頬を擦り寄せた。 「良かった……」 俺は、状況を把握出来ずに……そろりと、目の前の顔を引き離して見た。 「ナマエ……?」 パタン……と、ドアの閉まる音がして、そちらを見たが、誰も居ない。 「俺は……目覚めちまったのか?」 どう見ても、自室のベッドの上だろうが……目の前のナマエに納得がいかない。 「それともまた、違う夢を見ているのか……?」 「これは……夢じゃない……」 そう言ったナマエが顔を寄せると……また、唇に暖かいものが触れた。 甘い痺れが広がっていく…… 「や……めてくれ……」 思い出すな、思い出させないでくれ、俺の本当の望み……だめだ、頼むから…… 起き上がり、退かした。それは望んではいけないと振り払う。 「嫌っ!」 「離してくれ……」 背中に抱き付かれ、俺は逃れようともがいた。だが……本当に嫌ならば、こんな事にはならねぇだろう。 「何故だ……お前は俺を……」 「憎んでると思ってた。でも、いつも……探してた。見つからなくて寂しかった。でも、また見つけたら嬉しかった! 会いたかった! 気付いて……欲しかった……」 「ナマエ……」 「私の望みは……」 「あぁ、何でも叶えてやる。お前になら、俺の命だって惜しくはない」 スッと離れた腕に、俺は……寂しいと感じた。何と言われるのか、胸が痛い。 「ずっと……傍に居て欲しい」 「……?!」 俺は振り返り、手を伸ばした。服を……腕を掴んで夢中で引き寄せ、抱き締めた。 言葉も何も出ない。力一杯抱き締めて……泣いた。 「俺に……生きろと言うのか?」 「一緒に居て欲しい。生きるのが嫌なら、一緒に……死のうよ」 「お前っ……」 「私も、生きる意味が無くなっちゃった」 ナマエも、同じだったのか? 俺の望みはお前の望みだった。 お前の望みは俺の望みだった。 望みを断たれて、何も無くなった筈が……俺にもひとつだけ残っていた。 「……って、くれるか……?」 「えっ……? 聞こえ……ない……」 「俺にも……笑ってくれるか?」 「……て、くれるなら」 「っ、聞こえねぇよ……」 「私を……抱き締めてくれるなら……」 更に力を込めた腕の中で、ナマエは涙を流しながら……笑った。 俺の望みは……お前の……望みだ。 共に生きろと言ってくれるなら、そう望んでくれるなら、俺は生きる。 俺は、お前と……生きたい。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |