俺は今ソファーに寝転んだまま……非常に困っている。同じ部屋のベッドでは、惚れた女が無防備に肌を曝して横になっている。 眠っている様だし、付き合っている訳でもねぇから、手を出すなんて事は出来ねぇ…… 俺は一体誰を、何を恨めばいいのか考える事で気を逸らしている。 こんな事になった原因は…… 昨日…… 「リヴァイ、リヴァイっっ!」 「1度でわかる、何度も呼ぶな」 通路を歩く俺に飛び掛かりそうな勢いで声を掛けてきたハンジをかわし、無様に転んだのを見下ろした。 「何の騒ぎだ……」 「いやさ、ちょっと頼まれて欲しいんだけ……」 「断る」 起き上がりながら口を開いたハンジに、嫌な予感しかしねぇ……と、話をぶった切って歩き出した。 これが普段ならば、「ちぇっ、しょうがないなぁ」などと言って諦めるのだが、今回は諦めずに追って来た。 「リヴァイにしか頼めないんだよぉ!」 「……他を当たれ」 「もう当たったよ、んで、皆バッサリさ……話だけでも聞いてよ。って、もう他に頼める人が居ないんだけどさ」 執務室に着いてさっさと中に入るとソファーに座らせられ、前にハンジも座ると、テーブルに両手をつき、身を乗り出してきた。 「今日の午後から王都に行かなきゃならないんだ……」 「だから何だ」 「明日日帰りの視察があったのを忘れていたんだよ。私が行く予定だったんだけど、日程勘違いしててさ……」 「ずらせねぇのか?」 「無理だから頼んでるんじゃないか」 「……だろうな」 他に居ねぇって、俺が行くしかねぇって事じゃねぇか…… 「一緒に行くのはうちのナマエなんだけど、仕事はかなり出来るから、リヴァイは一緒に行くだけでいいからさ、ねっ? 頼むよ……」 今、ナマエと言ったか? 危うく聞き返しそうになった。話す事も出来ねぇが、俺はナマエに惚れている。何でも一生懸命頑張る姿が好きで、ずっと見ていた。 これはチャンスだよな? 「チッ、てめぇの尻拭いなんざしたかねぇが……」 「行ってくれるの?」 「日帰りなら何とかなるだろう」 「さすがリヴァイ! 頼れる男だねぇ」 「こんな時に誉められても……嬉しかねぇ、資料を寄越せ」 にこにこと笑って渡すと、風の如く去って行った。 翌朝、呼んであった馬車の前で待つナマエは、俺を見て怯んだ。 「お、おはようございます、兵長……どちらへ……?」 「まさか、聞いてねぇのか?」 「あ、あの……」 「視察は俺とお前で行く」 「……?!」 コイツも俺が怖いのか…… あからさまに怯えた顔をされると、俺だって堪える。だが、それなら少しでも印象を変えられる様に努力しようと思った。 「遅くなる、早く済ませて帰りてぇだろう?」 乗れ、と、手を出したが見てもいない様子で慌てて乗り込んだ。 片道5時間の移動だが、既に一時間が経過している。しかし、会話は全く無い。 ナマエはずっと下を向いたままで、顔色が良くない。 「具合でも悪いか?」 「いえ、あの……」 「まだまだ先は長い、酔ったなら少し寝ていろ」 「……はい、すみません」 どうせ会話も出来ずに過ごすならば、寝ていた方がましだろうと思った。 スヤスヤと眠ったナマエにホッとして、俺も少し目を閉じていたのだが、眠れる訳もなく窓の外を見ていた。 寝不足だったのか……? 壁に凭れた状態で、揺れたり段差があると頭を打ったりしているが、全く目を開けない事に驚いた。 気付けば、窓の外は建物も無くなり、一面の緑と遠くに壁が見えた。 もうじき着くだろうと思い、ナマエに声を掛けようとした時、ガタンと大きく馬車が跳ねた様に揺れ、ナマエが前に倒れ込んで来た。 危ねぇ! 慌てて抱き抱えると、今度は派手な音を立てて馬車が傾いて止まった。 俺もナマエを抱えたまま床に転がった。 「お怪我はありませんかっ!」 御者が叫びながらドアを開けた。 「あぁ、怪我はねぇが、何が起きたんだ?」 「先程の大きな段差で車軸が折れてしまいました。申し訳ございません」 「お前も怪我はねぇか?」 「私は大丈夫でございます。ありがとうございます」 何が起きたかわからねぇ顔のナマエは、俺の上に乗っている事に漸く気付いた様でパニックを起こしている様だった。 「へ、へいっ……」 「落ち着け、馬車が壊れただけだ。先ずはゆっくりと外へ出ろ」 「は、はい」 外へ出て見ると、車輪を繋いでいる棒が折れて車輪が外れていて、馬車は前に傾く様に止まっていた。 転がったんだか飛んだんだかわからねぇが、御者が車輪を持って戻って来た。 「直るのか?」 「車輪だけなら何とでもなりますが、車軸はどうにも……」 道の先を見れば、町のようなものが見えている。目的地はあそこかと問えば、御者は頷いた。 「よし、歩くぞ……」 「は、はい」 「お前は少し休んでいろ、着いたら助けを寄越す」 「はい、お願い致します」 御者を残し、俺とナマエは歩いて町へと向かった。 暑い時期じゃなくて良かったと思いながら、兵長の後について歩いていた。 上官であるという事もあるけれど、馬車での出来事もあって私は兵長の顔がまともに見れなかった。 小柄で華奢にも見える兵長の体はとても硬かった。でも、とても優しく感じた。怖くて怖くてほとんど寝た振りだったのに、最後の最後で寝てしまったらしくて、迷惑を掛けてしまった…… 「もう少しゆっくり歩くか?」 考え事をしていた私は、思ったよりも兵長から遅れてしまったらしく、振り向いた兵長に心配まで掛けてしまった。 「すみません、大丈夫です」 「いや、俺が早すぎたかも知れん」 歩調を落とした兵長と私は並ぶ形になってしまった。少し下がると歩調を落とそうとしてしまう事に気付いて、仕方なくそうしてはいるものの、会話も出来ない。 「仕事の予定はどうなっているんだ?」 「あ、はい、備蓄倉庫の点検と町の治安調査と食糧事情調査と銘打った昼食のあと、帰路に着く予定です」 「そうか、今回は俺が付き添いと聞いている。宜しく頼む」 「え? あの……」 「仕事が出来るから、任せておけとハンジに言われたんだが」 ぶ、分隊長がそんな風に見ていて下さったなんて……と、思わず嬉しくて顔に出ていたのか、兵長が「嬉しそうだな」と、私を見ていた。 「う、嬉しいです……尊敬する上官ですから」 「そうか……羨ましい気もするな、俺にそう言う奴は居ねぇだろうからな……」 「へ、兵長は、その……」 「お前も俺が……怖いんだろう?」 フッと目を逸らした兵長に、私は何も言えなかった。 そのまままた沈黙が続き、やがて町に着いた。 期待していた訳でもねぇが、ナマエはあれから口を開かなかった。 仕方ねぇよな…… 町へ着いたらすぐに、馬車の修理が出来る者を探した。すると、荷馬車を修理しているのを見つけた。 「歩いて1時間足らずの場所で待機している。車軸が折れているそうだが、見てやってくれないか?」 「車軸? 型が合えばいいんだが……」 「直して貰わねぇと帰れねぇんだ、なんとか頼む」 「わかった、先ずは見ねぇとな、お前らも来い!」 職人といった風情の親父が重そうに腰を上げ、若い男2人と荷馬車に何本か車軸を乗せて走って行った。 「良かったですね、帰れそうで」 「あぁ、まだわからねぇがな」 「えっ?」 「車軸が合えばと言って、何本も持って行っただろう? 種類が多いって事じゃねぇか?」 「合わなかったら……」 「さぁな、今は出来る事をやっちまおう」 「はい」 備蓄倉庫はすぐにわかる場所にあり、点検もナマエが手際が良く処理していく。ハンジが誉めるのもわかる。 丁寧だが、時間を掛けずに処理できる……優秀だな。 「終わりました!」 「あぁ、早くて正確だな」 思わず見惚れていた俺は、急に振り向いた事に驚いたが、平静を装った。 治安調査は、町長や住民数名に話を聞き、ナマエが後で纏めて書類にするそうだ。小さな町でも、それなりに問題はある様だ。 「次は……」 「食糧事情調査と銘打った……」 「昼飯か」 「はい」 飲食店は何軒もあったが、ナマエが選んだのは中規模の店だった。 「何故此処にしたんだ?」 「大きい店はそれなりに繁盛しているし、小さい店は生活ギリギリの運営だと思うので、中規模のお店が調査には良いかと思って……」 「そうか、アイツならきっと匂いで決めただろうな」 「そ、そうなんですか?」 「あぁ、多分ただの食事だ」 ガックリと肩を落としたナマエには可哀想な事をしたかと思ったが、食事まで仕事じゃやってらんねぇ。 「普通に味わって食え」 眉根を寄せて困った様に笑っている……本当に真面目なんだなと思った。 そんな奴には俺は合わねぇか…… 俺は小さく溜め息を吐いた。 [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |