2 「ところで、そのポケットに入っている石を見せてもらっていいかな」 黒尾さんが僕のポケットを指差す。 僕がポケットに手を入れると、風信子鉱がざらりと僕の指先を撫でた。 そういえば、家を出るときにポケットに入れたのだっけ。 「どうぞ」 僕が黒尾さんに風信子鉱を預けると、彼はそれをじっくりと見る。 「ふむ。小さなものだけれど、これは良質なものだね。少しだけ砕いていいかな」 黒尾さんの突拍子のない発言に、僕は思わずスプーンを落としかけた。 兄から届いたばかりの鉱石を砕くわけにはいかない。僕が言葉も出さずに大仰に首をふってみせれば、黒尾さんは「ごめんごめん」と笑った。 なんだ、冗談だったのかと胸を撫で下ろすけれど、黒尾さんはどうやら本気だったみたいだ。 「ほんの一欠けさ。お兄さんから送られてきたものだろう?悪いようにはしないよ」 パチリと一つウィンクをする黒尾さんを見ていると、大丈夫だと思える。 僕の沈黙を肯定と受け取ったらしい黒尾さんは、爪先で風信子鉱をひっかく。すると、小さな鉱石の欠片が落ちて、ジェラートの上へと柔らかく落ちた。 どういう原理だかわからないが、ザラメのような琥珀色が桜色へと溶けていく。 「食べてごらん」 黒尾さんに勧められるまま、僕はもう一度ジェラートを口に運ぶ。 桜の味が変化した。根底に桜そのものをかんじさせるものの、味はまったく違う。 荒涼とした大地を思わせた。でも、寂れた感じはしない。乾いた風が体内を駆け巡り、そうっと月夜に宿る光のように僕の中で優しく灯る。 兄に似ている。この石を送ってくれた、彼に。 何故だか無性に会いたくなった。 「おいしかった?」 「はい、とても」 風信子鉱が僕の手のひらに戻される。 鹿毛色の石は、熱も帯びず息もせず、僕の手のひらの上で眠っていた。 あんな効果がある石だとは、とても思えない。 「お兄さん、早く帰ってくるといいね」 「そうですね」 海猫亭の窓から海が見えた。この海のむこう側に兄がいるのだろう。 庭のヒヤシンスが咲く頃に戻ってくると言っていたから、きっともうすぐ兄に会える。 僕はそっと手の中の風信子鉱を握りこんだ。 20110410 Submitted to COMPLICEさま written by Robin. |