「ところで、そのポケットに入っている石を見せてもらっていいかな」

黒尾さんが僕のポケットを指差す。
僕がポケットに手を入れると、風信子鉱がざらりと僕の指先を撫でた。
そういえば、家を出るときにポケットに入れたのだっけ。

「どうぞ」

僕が黒尾さんに風信子鉱を預けると、彼はそれをじっくりと見る。

「ふむ。小さなものだけれど、これは良質なものだね。少しだけ砕いていいかな」

黒尾さんの突拍子のない発言に、僕は思わずスプーンを落としかけた。
兄から届いたばかりの鉱石を砕くわけにはいかない。僕が言葉も出さずに大仰に首をふってみせれば、黒尾さんは「ごめんごめん」と笑った。
なんだ、冗談だったのかと胸を撫で下ろすけれど、黒尾さんはどうやら本気だったみたいだ。

「ほんの一欠けさ。お兄さんから送られてきたものだろう?悪いようにはしないよ」

パチリと一つウィンクをする黒尾さんを見ていると、大丈夫だと思える。
僕の沈黙を肯定と受け取ったらしい黒尾さんは、爪先で風信子鉱をひっかく。すると、小さな鉱石の欠片が落ちて、ジェラートの上へと柔らかく落ちた。
どういう原理だかわからないが、ザラメのような琥珀色が桜色へと溶けていく。

「食べてごらん」

黒尾さんに勧められるまま、僕はもう一度ジェラートを口に運ぶ。
桜の味が変化した。根底に桜そのものをかんじさせるものの、味はまったく違う。
荒涼とした大地を思わせた。でも、寂れた感じはしない。乾いた風が体内を駆け巡り、そうっと月夜に宿る光のように僕の中で優しく灯る。
兄に似ている。この石を送ってくれた、彼に。
何故だか無性に会いたくなった。

「おいしかった?」

「はい、とても」

風信子鉱が僕の手のひらに戻される。
鹿毛色の石は、熱も帯びず息もせず、僕の手のひらの上で眠っていた。
あんな効果がある石だとは、とても思えない。

「お兄さん、早く帰ってくるといいね」

「そうですね」

海猫亭の窓から海が見えた。この海のむこう側に兄がいるのだろう。
庭のヒヤシンスが咲く頃に戻ってくると言っていたから、きっともうすぐ兄に会える。
僕はそっと手の中の風信子鉱を握りこんだ。



20110410
Submitted to COMPLICEさま
written by Robin.






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