楽しんでおいで
僕には彼女がいる。
それも、ただいま絶賛売り出し中の人気女優だから、色々と苦労は絶えない。
さらさらの髪に、真っ白な肌、優しげな笑顔がトレードマークの彼女は、誰が見たってきゅんとするほど可愛い。こんな四十過ぎたおじさんだってきゅんとさせちゃうんだから、間違いなく可愛い。
いつか誰かにとられやしないか、なんて悩んじゃうのは日常茶飯事で。
「さーかいさんっ。ぼーっとしてたでしょ」
ふいに抱きしめてきた彼女――なまえにびっくりしながら、なんでこんなに可愛いんだ、と心で悶絶する。
ああ、これじゃなまえ中毒末期だ。
なんて。
「もー、私あと少ししかいられないんですよ? もうお仕事いっちゃいますよ? 戻ってくるのいつかわかりませんよー?」
「はいはい。分かってるよ」
ぐりぐりと頭をおしつけながら、なまえが甘えてくる。これからドラマの撮影があるらしく、さっきから何度も時計を気にしていた。
もちろん、そんなことは僕が一番分かってる。またしばらく、なまえと会えなくなる。頑張っている彼女を、遠くのほうで見守ることしかできなくて。
虚勢はってるけど、なまえよりこっちのほうが、本当は寂しいんだって。
「じゅーでんー」
可愛いこと言いながらもたれかかってくるなまえを、キュッと抱きしめる。ふわっと香った女の子の香りに、思わず胸がドキドキしちゃうからどうしようもない。
行ってほしくないな。
でも、僕がそれを言ったら、なまえが気持ちよく仕事にいけない。
大丈夫だよ、心配しなくても僕は一人でも平気だし、何も気にせず行っておいで。
そう言って、なまえが安心して演技に集中できるようにしてあげたい。
「あーもう時間だ」
残念そうな声で、僕もはっと時計を見上げる。これで二人の時間は終わり。チクタクと進む時計から無言のプレッシャーを受ける。
「ほーら。もう時間だからさっさと玄関行く」
なけなしの強がりを集めて、なまえを玄関に押していく。文句をブーブーいってくるけど、こっちだって行ってほしくないんだって。
「もー堺さん! 行ってほしくないよ、くらい言ってよ」
「はいはい。お仕事頑張ってね」
「堺さんっ」
マネージャーさん待ってるからね?っていえば、しぶしぶ靴を履いてくれるなまえ。ぷっくりと頬を膨らませた顔も、やっぱりきゅんってしちゃうくらい可愛くて。
あーあ、もう行っちゃうのか。寂しいな。なんて、絶対に言えない言葉を心にしまい込んで、笑顔でなまえの頭をなでる。
「いってらっしゃい。お仕事楽しんでおいで」
「……うん。ありがとう。いってきます」
ぽんぽん、となでてやると、なまえははにかんだように笑って言った。
うわあ、めちゃくちゃ可愛い。
手を振って出ていったなまえを目で追いかけ、姿が見えなくなってから顔を手で覆う。あの笑顔は反則だって。
「あー、ほんと末期……」
きゅんきゅんしながら、今日も一日なまえが楽しくお仕事できたらいいな、と願った。


/楽しんでおいで
(これが僕のできる最大の強がり)

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