おかしい。
朝日が眩しいほどに目を刺してくる中、僕はひとりベッドの中でぽつりと呟いた。
何が、というのは例の白いアレだ。
いつもなら、夜になれば仕事を終えて鬱陶しいくらいにまとわりついて離れないくせに、昨日から帰ってきていないのだ。
たった一晩、されど一晩。
昨日は結局、温もりの失せたベッドで眠れなかった。
「…くそ、」
依存している。
どんなに表面で冷たくして嫌って避けて拒んでも、確実にほだされているのだ。
プライドの高い骸にとってそれは忌まわしい事実であり、最も認めたくないことだった。嫌うべき敵を愛してしまったなんて。
押してダメなら引いてみろ、とはよく言ったものだ。骸はひとり自嘲し、痛む頭を抱えベッドに再び沈んだ。
ひとりで眠れなくなったなど奴に知られたらそれこそ終わりである。いつ帰ってくるかはわからないが、それまでに確実に睡眠を取っておかないと。
しかし、奇しくも奴が帰ってきたのはその時だった。
「…」
聞きなれたドアの開閉音。
給仕係の訪れる時間にはまだ早い。
悲しきかな結論、奴の帰還しかありえない。
しかし、覚悟した骸の耳が捉えたのは小さな足音だった。
「………はっ?」
小さな足音?
小走りで段々と近づいてくる足音の持ち主。
堪らず布団を跳ね除け飛び起きた骸の視界に映ったのは、6、7歳ほどの子供だった。
例の白に酷似している。
隠し子、という単語が浮かび肩が強張った後、白い子供はこちらをじっと見つめてにっこり笑った。
「おはようっ!」
…馴れ馴れしい。
そんなところもアレに似ていて、さらに心の中のざわめきが強くなる。
子供相手にそんな事情を悟らせるわけにもいかず、警戒しながらも骸は口を開いた。
「…、おはようございます…貴方は誰です?」
「ぼく?僕はねー、白蘭のかわりにきたんだ」
「代わり…?」
「うん」
白蘭、ということばが出た瞬間咽そうになったが、極めて平静を努める。
代わりとはどういう意味か聞こうとした瞬間、子供がやっと僕のベッドにたどり着いてよじ登ってきた。
そして僕の前にちょこんと座るとまたニコニコと幼い笑顔をばら撒いていく。眩しいほどのあどけなさすぎる笑顔。
問い詰める気力が失せ、ただ呆然と輝かんばかりのその表情を見つめていた。
「むく、…お兄さん」
「骸で構いません」
「そう?白蘭からなまえ聞いたんだ、ぼく」
拙い舌遣い。幼稚な発音。
…子供とはこんなに可愛らしいものだったか。
「ねーねー、おなかすいてない?いっしょに朝ご飯たべようよ」
「あの…きみは誰なんですか?代わりって…」
「あ、そうだよね、ぼくは鈴蘭!」
名前まで似ている。その先を聞くのがどうにも怖くて、深くは追求できなさそうだ。
「白蘭はぼくのおにいちゃんだよ!!」
と思ったら早速やられた。
しかし予想していた回答とは異なり、ふっと緊張から解放される。
よかった。…どうしてそう思ってしまうのか。
また痛みを訴えてきた頭を抑えた。
「骸クン、どうしたのだいじょうぶ…?」
「いえ…寝てないので、少し辛いだけですよ」
「ねてないの?」
子供特有の温かい指先が目元をなぞる。
あまりの心地よさに思わず目を閉じ、力を抜いた。
「ふぁ…僕もなんだか眠くなっちゃった」
「…クフ、一緒に寝ましょうか?」
細い腕をつかみ、隣に引き寄せる。
ぱちくりとこちらを見上げてくる視線に微笑みかけ、一緒にベッドに倒れた。
「え、いいの?」
「きみが嫌とか、忙しいなら別ですが」
「っううん」
「じゃあちょっとでいいから付き合ってください…」
独りじゃ眠れないからと言って子供を利用するのは若干気がひけたが、鈴蘭は割と嬉しそうだったので甘えさせてもらう。子供に甘えるのもあれだが。
それに、この子はただの子供じゃない。求めたものの代わり。白蘭の、代わり。
「もっと寄ってもいい?」
「…おいで」
布団を広げ歓迎するともぞもぞと近くまで来た。
ほぼゼロの距離にまたアレを思い出して更に瞼が重くなる。
心の中で鈴蘭に詫び、意識を手放した。