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Pure In Chocolate


よし、出来たぁ…!

2月13日の夜。
自宅のキッチンでリボンを掛けて可愛くラッピングした箱を前に、あたしは小さくガッツポーズを決めた。
箱の中には雲雀さんに懐いている黄色い小鳥と、音符を模った手作りチョコが入っている。
勿論明日のバレンタインデーに雲雀さんにあげる為のモノ。
告白なんて大それたコトは考えてないよ?
チョコに込めた気持ちは『本命』だけど、日頃歌を聴いてもらってるお礼なんだと思えば…きっと渡せる。

―――――ちょっとでも喜んでくれたらいいな。

その前に学校にチョコ持ってたら問答無用で没収されちゃうかな?
風紀が乱れるってムスッとした彼の表情が簡単に想像出来て、あたしは思わず苦笑いしてしまった。


***


ドッキドキのバレンタインデー当日。
朝から校門で風紀検査してたらどうしようなんて思ってたんだけど、そんな心配は無用だった。
何故か今日は風紀検査はやってなくて。
風紀委員の姿はなく、当然風紀委員長である雲雀さんの姿もなかった。
女子も男子も生徒はみんな、どこかしらホッとした表情で校門を潜っていく。
その内の一体何人が鞄にチョコを隠し持っているんだろうって思ったらちょっと不思議な気持ちになった。

はぁ…どうせだったらここで雲雀さんに没収されちゃった方が気が楽だったかも。

やっぱりいざ渡すとなると覚悟が鈍る。
実はあたし、今まで父さん以外にチョコをあげたコトがない。
まして手作りだなんて。
元々イベント事は好きだけど、無理矢理あげるのも変だと思ってたんだよね。
以前、本命を隠す為に義理チョコ配ってた子がいたけど、今ならちょっとその気持ちが分かる。
想いに気付いて欲しいけど、知られて今までの関係が変わるのが怖いっていうか。
だからチョコ渡せただけで満足しちゃうし、しておこうと思っちゃう。
まさか自分がこんな気持ちを抱えるコトになるとは…1年前のあたしは思ってもみなかっただろうな。

直接渡すのは恥ずかしいから、下駄箱に入れとこうかな。

登校時間のピークは過ぎているから、ササッと入れてきちゃえば誰かに見られるコトもない。
よし、そうしよう!
名案を思いついたあたしは上履きに履き替えて、3年生の下駄箱へ向かった。
雲雀さんの下駄箱どこだろう…。
そういえばあたし、雲雀さんが風紀委員長だってコトくらいしか知らない。
いつも逢うのは応接室とか屋上だからクラスも知らないし、多分3年生…だよね?
好きなヒトのコトをあまり知らない事実にショックを受けつつ、途方に暮れて下駄箱を見渡す。
すると一際目立つ、色鮮やかな下駄箱が目に付いた。
もしかしてアレ全部チョコ…?!
目の前に行って見るとその迫力に圧倒される。
もうね、ラッピングされた箱やら袋やらがギッチギチに詰まってて、それでも入りきらなくて外に飛び出したのが辛うじて引っ掛かってるの。
す、凄いな…一体誰の下駄箱なんだろう。
下駄箱に書かれた名前を確認して、あたしは顎が外れそうなほどあんぐりと口を開けて驚いてしまった。


『雲雀 恭弥』


目をパチパチして何度見ても、確かにその下駄箱には『雲雀恭弥』の文字。

ちょ、雲雀さん…貴方の下駄箱チョコいっぱいですよ…!

や、やっぱりモテるんだ。
厳しいし、怖いけど、カッコいいもんね。
そりゃ少しは覚悟はしてたけど、まさかこんなに詰まってるなんて思わなかった…。
あたしのチョコが入れられるスペースなんて勿論ない。

げ、下駄箱は諦めよう…。

あたしは肩を落して自分の教室へと向かった。


***


放課後。
あたしは未だ雲雀さんにチョコを渡せずトボトボと人気のない廊下を歩いていた。
ちゃんと作ったからにはやっぱり手渡ししようと思って、昼休みに応接室に行ったけど雲雀さんは不在だった。
屋上かなと思って行ってみたけどやっぱりいなくて。
今も雲雀さんがいそうな所を探してみたけど、どこにも彼の姿は見当たらなかった。

雲雀さん…どこにいるんだろ。

下駄箱はチョコで埋もれてたから靴は確認出来なかったけど、応接室の机の上にはやりかけの書類があったから学校には来てるみたいだった。
いつもだったらすぐ逢えるのに、こんな日に限って学ランの裾すら見かけられないなんて…。


―――――縁、ないのかな。


チョコがいっぱい詰まった彼の下駄箱を思い出して、胸がチクリと痛んだ。
雲雀さんを想う女の子があのチョコの数だけいるんだよね。
『歌』がなければ、結局あたしもその大多数の内のひとりに過ぎないんだ。
そう思ったら妙に空しくなってきた。

……帰ろ。

告白するんじゃないし、絶対に渡さなきゃいけないってモノじゃないし。
ただちょっと、雲雀さんに歌以外のお礼をしたかっただけだもん。
色々自分に言い訳しながらしょんぼり下を向いて廊下を歩いていると「雅?」と名前を呼ばれた。
その低めの声に弾かれるように顔を上げる。
一日中探しても逢えなかった風紀委員長が目の前に立ってあたしを見下ろしていた。


「ひ、ばり、さん…!」

「やぁ。…何かあったの?」


雲雀さんはあたしの顔を見ると、形のいい眉を顰めてそう訊いてきた。
すっごく情けない顔してたんだと思う。
っていうか、実際泣きそう。
だって今日はもう絶対逢えないって思ってだんだもん…。
でも泣いてる場合じゃない!
あたしはババッと前後を見渡した。
今廊下にはあたしと雲雀さん以外いない…これはチョコを渡すチャンス到来?!


「あ、あの!あたし雲雀さんに渡し「委員長おおおぉぉぉぉぉーーー!!!」」


…へ?

あたしの声は廊下に響き渡る大声で掻き消された。
前方、つまり雲雀さんの背後だけど、身体をちょっとずらしてそちらを見る。
そこにはゼイゼイと息を切らせて必死形相で段ボールを抱える風紀副委員長、草壁哲也さんが立っていた。


「委員長…!逃げんで下さい…!」

「はぁ…君もしつこいな。雅、おいで」

「え?え?!」


雲雀さんはあたしの手首を掴むと有無を言わさず走り出した。
背後で「ま、待って下さい!委員長!」と慌てる草壁さんの声がする。
それに構うコト無く、雲雀さんは近くの教室に飛び込んだ。
そしてあたしを背後から羽交い絞めにすると、そのまま一緒に座り込んで教卓の下に身を隠す。
雲雀さんはあたしの口を大きな手で塞ぎ、耳元で「静かに」と呟いた。

し、静かにって…!
近い…!近いです雲雀さん!
こんな密着状況じゃ、あたしの心臓が静かに出来ません…っ

胸のドキドキが背中越しに雲雀さんに伝わってしまいそう。
何でこんなコトに…!
その時ガラッと派手な音がして教室後方のドアが開いた。


「委員長!」


く、草壁さん…!
あたしは訳が分からないままグッと身を硬くして、雲雀さんの長い脚の間で息を止める。
草壁さんは教室の中までは入って来ず、「また逃げられた…!」と悔しそうに独り言を零した。
そしてガラガラとドアが閉まる音がして、廊下を走る彼の足音が遠ざかっていく。
草壁さんが去ってからたっぷり20くらい数えて、雲雀さんはあたしを解放した。

く、苦しかった…!

雲雀さんの脚の間で座ったまま体ごと振り返ると、どこかホッとした体の彼と目が合った。
まだ草壁さんが近くにいるといけないから、あたしは声を潜めて雲雀さんに訊ねた。


「な、何事ですか…?!」

「別に。大した事じゃないよ。
 それより君の方こそどうかしたのかい?随分思い詰めた顔をしてたけど」


雲雀さんは手を伸ばしてあたしの頬を指先で軽く撫でた。
心配そうな彼の表情に胸がきゅぅっと狭くなる。
そんな顔されたら告白したくなっちゃうじゃないですか。
ドクンドクンと騒ぎ出した心臓に焦りつつ、あたしは鞄のから昨夜綺麗にラッピングした箱を取り出した。
そして正座をしてそれを雲雀さんの前に両手で突き出す。


「ひ、雲雀さん!コレ…!」


「好きです」の言葉は飲み込む。
何故かその言葉を言うにはまだ早い気がしたから。
雲雀さんはちょっと驚いたように切れ長の目を瞬かせた。


「…僕に?」


緊張と恥ずかしさから言葉に詰まってあたしはコクコク頷く。
クスッと笑って雲雀さんはそれを受け取ってくれた。
「開けていい?」と訊かれ、あたしはまたコクコク頷く。
雲雀さんは箱に掛けられたリボンを解いて、包装紙も丁寧に外した。
箱を開けて中身を見た彼の口角が上がる。


「…ワォ、手作りだね」


雲雀さんは音符のチョコをひとつ摘んで口に放り込んだ。
次の瞬間彼の動きがピタッと止まり口元に手が宛がわれる。
え?え?何?あたし失敗した?!
オロオロしていると、雲雀さんがぽつりと呟いた。


「雅、味見した?」

「してませんけど…?」

「この中、何入れたの?」

「ななな、何も変なモノは入れてませんよ!
 カカオ98%のチョコレートしか使ってません!」

「…ねぇ、雅。カカオ98%のチョコレートがどういうモノか知ってる?」

「品質の良い高級なチョコレート…?」


深い溜め息を吐いた雲雀さんはまた音符のチョコを摘むと、「百聞は一見に如かずだよ」と今度はあたしの口に押し込んだ。
あぁ、雲雀さんの為に作ったチョコなのにあたしが食べたら意味がない…なんて甘〜い考えは瞬殺された。

に、にっが!!!!!

何コレ!ハンパない苦さなんですけどぉぉぉ!
あ、あたし苦いのダメ…!
雲雀さんの手前吐き出すコトも出来ず、両手で口を押えて悶える。


「どういうモノか理解出来たかい?」


あたしは彼の問い掛けに高速で首を縦に振る。
まさかこんなに苦いなんて!
あたし今までパーセントが高いから、高級で美味しいチョコなんだと思ってたよ。
雲雀さんにこんなバレンタインチョコを食べさせちゃうだなんて、あぁぁっ何たる失態…!!


「ごめんなさい、雲雀さん!本当にごめんなさい!作り直します!」

「いいよ。甘い飲み物と一緒なら食べられないこともないし」

「でも…!」


苦さと自分の失敗に半泣き状態のあたしの頭を、雲雀さんはポンポンッと叩いた。


「来年はちゃんと作ってよね」

「…!!は、はぃっ」


あまりにも勢い良く返事をしたから、少し不機嫌そうだった雲雀さんも苦笑を漏らした。
来年もって…あたしがチョコあげても迷惑じゃないの?
多分さっき草壁さんが抱えてた段ボールの中身は、大量のチョコなんじゃないかと思う。
どうして追いかけっこにまで発展したのかは分からないけど、雲雀さんが草壁さんから逃げていたのは確かで。
…それでもあたしのチョコは、ちゃんと受け取ってくれた。


―――――想いを寄せる他の女の子達よりも、あたしは一歩貴方に近い場所にいるって思ってもいいですか…?


「今回の分は歌で埋め合わせしてもらうよ」と、いつもの意地悪な笑みを浮かべた雲雀さん。

胸が…きゅんて、した。

…どうしよう。
益々あたし、雲雀さんを好きになってしまったみたい。



2010.2.14


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