猫を飼い始めて二週間。
「頼むよ蓮!」
「お前、ほんと懲りろよ…」
この間断った合コンの誘いを再び受ける羽目になっていた。
何でも行く予定だった奴が何人か行かなくなったらしい。
もう中止にしたらいいだろそれ。
結局、普段参加しないもう一人の友人も情けで参加することになったと聞いて折れてやることにした。
どうせお前も盛り上げ役にしか徹するつもりないだろうに、と目の前で頼み込む友人を見ながら昼飯は当分こいつに奢ってもらおうと考えた。
そうしてしぶしぶ向かった居酒屋で会ったのはこの間の彼女だった。
部屋に入った彼女はこの状況に面食らったような顔をしていておそらく嘘でもつかれて連れてこられたんだろう。
俺の顔を見て更に驚いた顔をしていた。
この場において俺は自己紹介すらせずにほぼ無言だった。
近くに数人の女が寄って来たりするが全て無視した。
正直鬱陶しいから変に反応してやるつもりはない。
そんな俺の態度に情けで参加した穏やかな友人が微かに苦笑してるのに気付きつつ、俺は今誰もいない一番離れた座席を盗み見る。
さっきまで彼女が座っていた場所だ。
自己紹介の時に彼女の名前が飯橋空と言うことを知った。
同じ大学の一つ下の後輩にあたるらしい。
部屋の戸が開き、彼女が戻って来たのが分かってふと顔を上げる。
思いっきり目があって、彼女の足が止まる。ついでに表情も固まっていた。
ふい、と目をそらされて彼女はぎくしゃくと自分の席へと戻る。
…そんな気まずい思いすることか?
そんなことを思いながら小さくため息を吐いた。
とんだ苦行だった合コンもそろそろお開きに、といった時間を迎えた。
それなりに盛り上がったのか二次会に行くかなどの話が聞こえる。
「蓮はどうするんですか?」
「帰るよ。義理は果たしただろ」
「そうですね。お疲れ様でした」
友人の問いかけにそう答えればくすくすと笑われ少しだけ眉を寄せる。
「すみません。じゃあ一緒に帰りますか」
「あー…そうだな…」
「あれー、空ちゃん寝ちゃってるの?」
少し離れたところからそんな声が聞こえてそちらを見る。
壁にもたれるようにして目を閉じた彼女は動く気配が全くなかった。
「酔っちゃったのかー。なんなら俺が責任持って連れて帰ろっか」
そう言った男は女癖の悪いことで有名な奴だった。
自分の目つきが鋭くなるのが分かった。
「颯、悪いけど一緒に帰れそうにない」
「え?」
目を丸くする友人を置いて俺は彼女へ近づき、肩に触ろうとする奴の手を遮る。
「悪いけど、こいつは俺が持って帰るよ」
「なっ…!?」
「文句あるか?」
睨みつけながらそう問えば奴はたじろいでこれ以上反論されることはなかった。
ざわつく周囲を無視して俺は彼女の反応を確認する。
相当酔ってるのか起きそうにない。
しょうがないから背負っていくことにした。
こいつ荷物は、と聞けば友人であろう一人が即座に差し出し来て一応お礼を言った。
「じゃ、お先」
一言だけそう言って、驚いたような友人に目礼して俺は彼女を連れて部屋を出た。
祝福するような意味深な笑みを浮かべていたもう一人の友人は今度会ったら殴ろうと思う。
「さてと…」
連れて来たものの俺はこいつの家を知らない。
結局は俺の家に帰るしかなく、本当に持ち帰ってるみたいでなんだか罪悪感を持ってしまう。
しかし、起きたらどんな反応するんだろうかと少しだけ興味もあった。
「……れ…ん……」
聞こえた言葉に目線を後ろへ向ける。
起きてはいない、寝言なのか。
そういえば、最初に会った時も俺の名前を呟いていたな。
「……いつか……あえ…た…」
そう続けられた言葉に目を伏せる。
「…お前の言うレンは、誰のことなんだろうな」
少なくとも俺のことじゃない。
そんな気がしてちくりと針を刺されたような痛みを感じた。