物心ついた時から私には前世の記憶があった。
どこか別の世界で旅をする私の記憶。
その時の私は紅い髪と瞳をしていて、だから今この髪がどこか赤みを帯びた黒色なんだと納得した。

記憶の中の私は一人じゃなかった。
いつも隣にいてくれる人がいた。
鮮やかな翠の瞳を持つ人だった。

それからずっと、ずっと探している。
今この世界にいるのかも分からないのに。
それでも一目見たかったんだ、大好きで大切な人を。




「空、帰りお茶して帰らない?」

大学の講義後、友人がそう声をかけて来る。

「ごめん、今日図書館に本返しに行かなくちゃ」
「また図書館?空も本の虫ねー」
「そんなことないって」

感心したような友人に私は苦笑を返す。
でも、確かに本を読むのは好き。
そのきっかけは不純な動機な気がするけど、気づけばその魅力にはまっていた。

「お茶はまた今度付き合うね」
「約束だよ」

そんなやりとりをして友人と別れた後、私は図書館に向かって歩き出す。
いつも大学から図書館へ行く近道として大きな森林公園を通っていた。
新緑の季節であるこの時期にこの道を通ると気持ちいい。

「…ん?」

上の方から鳴き声、子猫の鳴き声が聞こえる。
周りには様々な木々。
まさか、と聞こえてきた方の木へと視線を向ける。

「あんなところに…」

私の身長の倍は軽くあるだろう木の上のその枝先、小さな白い子猫が怯えていた。

私はどうしようと軽く思案してから、一度辺りを見渡す。
誰もいないと分かると木のそばへ鞄を置き、意を決して幹へと足を掛けた。

前世のおかげなのか、身体能力はそれなりに自信がある。
木登りくらいなら楽に出来た。

「大丈夫だよー、今助けてあげるからねー」

不安げに何度も鳴きながら震える子猫にそう声を掛けつつゆっくりと近づいて行く。
あと少し…

「これでよしっと…よかった」

子猫を無事に抱き上げることが出来てほっと一息吐く。
その時、ぱきっ、と嫌な音がした。
途端にぐらりと身体が傾く。

落ちる、そう理解するや否や私は子猫だけは怪我がないようにしようと決め、来るであろう背中への衝撃を覚悟し目を瞑った。

「…?」

大きな音はしたがいつまで経っても痛みはない。
私は恐る恐る目を開けてみる。

そして、気づいた。

「…大丈夫か?」

そう声を掛けた男性は落ちた私を受けとめてくれていた。
その顔を、瞳を見て私は大きく目を見開く。

「……レン……」
「…え?」

思わず出てしまった声に相手は驚いたような顔をする。
しまった。

「あ、いや、その…あ、ごめんなさい!痛かったですよね!?」
「いや、別に…」

状況にパニックになりつつもまずは謝罪しなきゃと気付く。
あっさり受け止めてくれてるけど結構勢いよく落ちたし私のせいで怪我させてしまったかもしれない。
そんな私の焦りを見て彼は私を降ろしつつ小さく苦笑した。

「それより、ソレは無事なのか?」
「ソレ…あ、子猫!」

抱きかかえた子猫を指差され私は慌てて無事を確認する。

腕の中の子猫はにゃあと一声鳴いた。
青い目の可愛らしいメスの猫だ。

「怪我はなさそうだね…」
「こいつを助けるために?」
「そうです。だって震えてて可哀想で…この子野良?近くに母猫いるのかな」

辺りをきょろきょろと見渡すがそれらしき猫はいない。

「…いないみたいだな」

同じように辺りを見渡していた彼は肩を竦める。

「そっか…」
「その猫どうするんだ?」
「飼いたいところなんですけど、私のアパートペット禁止で…でも、このままにはしておけないし…里親探します」

数日くらいならペット禁止だけどバレないかもしれない。
まぁ、バレたらバレたでその時だ。

私の話を聞いていた彼は何か考えるように一度目を伏せたかと思うと顔をあげ私を見た。

「なら、俺が引き取る」
「え!」
「俺のとこはペット禁止じゃないし、そいつ一匹くらいどうとでもなるよ」
「いいんですか?」
「これも何かの縁だろ」

本当にいいのだろうかと戸惑いつつも
子猫のことを思うと答えは一つしかなかった。
私は彼にそっと子猫を差し出す。

「…ありがとうございます。あなたなら任せられます」
「ん、任せられた」

そして微かに笑った彼の顔を見て胸が締め付けられるような気持ちになった。
いけない、と気持ちを切り替え頭を下げる。

「本当にありがとうございます。子猫のことも私のことも」
「…猫を助けたのはあんただろ?」

どこか楽しげに言うその言葉にからかいが含まれている気がして少しだけ恥ずかしくなる。

「そんなことないです!あ、私もう行かなきゃ…すみません、子猫のことよろしくお願いします!本当にありがとうございました!!」

彼が口を挟む隙を与えないようにそう言い切ると荷物を持って私は走り去った。
そう、逃げたのだ。

公園の出入り口付近まで走ってぴたりと足を止める。

「これも何かの縁、か…」

本当にそうだと思った。

見間違えるはずない顔。
全く変わらない鮮やかな翠の瞳はどこか懐かしく思えて。
ずっと、会いたかった人。

「…レン…」

噛みしめるようにその名前を呟くと、堪えていた涙がぽろりと零れ落ちた。





back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -