いつの頃からか同じ夢をよく見る。
どうやら俺はいろんな街を旅しているらしかった。
そしてそれは一人ではなく、いつも隣に誰かがいた。
それが誰かはよく分からない、目が覚めたら顔をはっきりと思い出せなかった。
唯一覚えているのはそいつの髪と瞳は紅色だということ。
その紅はとても綺麗で俺は好きだった。
「蓮、今度合コン参加しねぇ?」
「しねぇよ」
大学の用も終わり、そう声を掛けてくる友人に即答する。
多分最初から返事を予想してただろう友人はため息を吐く。
「相変わらずか。まぁ、お前は何もしなくてもむこうから寄ってくるしな」
「むしろそれが迷惑なんだよ」
贅沢な奴め、と軽口を叩く奴をじろりと睨む。
「俺はこの先お前が独身貴族にでもなっていくんじゃないかと心配だよ」
「勝手に言ってろ。じゃあな」
「おー」
友人の言葉を軽くあしらってその場を去る。
大学を出て向かうのは図書館だ。
本を読むのは昔から好きだった。
同じ夢を見るようになってからはもっと。
何処かで夢と同じような話が見つかるのではないかと思っているのかもしれない。
図書館に向かう近道に森林公園を通る。
すると途中、一本の木の下に鞄が置かれているのが目に入る。
「…?」
なんでこんなところに、と疑問に思っていると、にゃあと声が上から聞こえる。
それにつられるように顔を上げると枝先に震える白い子猫、そしてそれにゆっくりと近付く女の姿。
思わず目を瞠る。
登ったのか、この木。
登れないことはないだろうけどそれなりの高さがあるだろこれ。
やがて子猫を無事に抱き上げたその女は安心したように笑う。
次の瞬間、ぱきっと枝が折れるのが目に映ったと同時に俺はもう駆け出していた。
「…っ…!!」
ギリギリのところでなんとか受けとめることが出来た。
大きな音はしたが、思ったより痛みはなかった。
腕の中にいる彼女はきつく目を瞑っている。その腕にはしっかり子猫を抱えて。
背中から落ちてきたから自分より猫の無事を優先したのかと察した。
想像した痛みが来なかったからか彼女はゆっくり目を開ける。
色素の薄い、琥珀色の瞳だ。
珍しい色だなと思いながら俺は声を掛けた。
「…大丈夫か?」
俺の顔を見た彼女はひどく驚いた顔をしていた。
そして口を開く。
「……レン……」
「…え?」
その言葉に俺は目を丸くする。
彼女は今はっきりと俺の名前を呟いた。
俺のことを知ってるのか?
何も答えられずいると彼女の表情がはっとしたものへと変わった。
「あ、いや、その…あ、ごめんなさい!痛かったですよね!?」
「いや、別に…」
途端に慌てだす彼女を下ろしながら小さく苦笑し、その腕に抱えてる存在を思い出させてやった。
「それより…ソレは無事なのか?」
「ソレ…あ、子猫!」
猫を不安げに見たかと思うとすぐに安堵の表情になる。
くるくると表情が変わっていくなと思った。
「怪我はなさそうだね…」
「こいつを助けるために?」
「そうです。だって震えてて可哀想で…」
それで木登りを選択するのはあまりにも無鉄砲な気がするけど。
「この子野良?近くに母猫いるのかな」
すぐに辺りを見渡し始める彼女にならうように辺りを見渡す。
それらしき猫はいない。もう親離れした猫なんだろうか。
「…いないみたいだな」
彼女がどこか悲しそうに子猫を見る。
「そっか…」
「その猫どうするんだ?」
「飼いたいところなんですけど、私のアパートペット禁止で…でも、このままにはしておけないし…里親探します」
彼女の言葉に俺はしばし思案を巡らした。
まぁいいかと結論を出して言葉にする。
「なら、俺が引き取る」
「え!」
「俺のとこはペット禁止じゃないし、そいつ一匹くらいどうとでもなるよ」
「いいんですか?」
「これも何かの縁だろ」
我ながら不思議な縁だとは思う。
俺の提案に少し戸惑っていた彼女はやがて大切そうに子猫を俺に差し出した。
「…ありがとうございます。あなたなら任せられます」
「ん、任せられた」
そう答えると彼女はどこか切なそうな表情をした。
俺はそれにふとした違和感を覚える。
何故かと考える暇もなく、彼女の頭が下がり表情が見えなくなる。
「本当にありがとうございます。子猫のことも私のことも」
「…猫を助けたのはあんただろ?」
それは紛れもない事実だ。
本心で言ったことだが、彼女の顔が微かに赤くなる。
「そんなことないです!あ、私もう行かなきゃ…すみません、子猫のことよろしくお願いします!本当にありがとうございました!!」
…早い。
俺が口を挟む暇もなく彼女は置いていた鞄を取ると風のように去っていった。
少し呆然としながら消えた先を見ているとにゃあ、と腕の中の子猫が鳴いた。
今気づいたが、空のような青い目を持つ雌猫だった。
「…とりあえず今日は図書館行けねぇな」
子猫の頭を軽く撫でながらまぁいいかと小さく息を吐いた。
「……名前、聞いとけばよかったかな」
表情のよく変わる彼女を思い出しながらぽつりと呟く。
また会ってみたい。
そう思ったのは初めてだった。