「…これは、流石に…」
お風呂でしっかりと温まって気持ちも切り替えたあと、借りた服を着る。
予想通りというか、当然というか、私には蓮先輩の服はかなり大きかった。
長袖のシャツは袖で完全に手が隠れてて、ズボンも引きずりそうなほど長い。
借り物を引きずるわけにはとズボンは何回か裾を折り畳んだ。
うん、なんとか歩ける。
濡れた服どうしようと考えながらリビングに戻ると蓮先輩はソファに座っていてその手をヒメルが戯れていた。
和む光景だ。
音に気付いたのか先輩がこちらを向く。
「あの、お風呂ありがとうございました」
「ん、……」
蓮先輩の言葉が不自然に止まる。
何かあったかと首を傾げると、ふい、と目を逸らされた。
どうしたんだろう。
「あー…やっぱり大きかったな」
「まぁ、流石に…でも、大丈夫です!動けます!」
「……そう」
あ、なんか呆れられた気がする。
「濡れた服はどうした?」
「えっと、今脱衣所のところに置かせてもらってます。その、乾かせてもらってもいいですか?」
図々しいけども、このままでは家にすら帰れないのも事実だ。
「汚れてるだろうし、洗濯してから乾かせば?」
「え!?これ以上迷惑は…」
「別に迷惑じゃないけど」
しばらくの葛藤の末私は答えを出した。
「…自分でするので洗濯機貸してください」
「分かった」
「ありがとうございます」
好意に甘えっぱなしで頭を下げるしかない。
自分ばっかり、の状態で思い出して蓮先輩のそばまで近寄る。
「さっき蓮先輩も濡れてましたよね?そのままだと風邪引きますよ!」
私の勢いに蓮先輩は少し驚いたように目を丸くする。
「一応拭いたし着替えたから大丈夫だって」
「でも…」
「お前はホント人の心配ばっかだな」
「う…それの何がいけないんですか?」
負けじと反論すれば先輩は微かに眉を寄せる。
「…そんなお前が俺は心配なんだよ」
「…え…」
思ってもみなかった返しに言葉を失う。
何事もなかったような顔で先輩はソファから立ち上がる。
「…何か、温かいものでも飲もう。だったらいいだろ?」
「えっと……はい」
思考が追いつかなくて私は頷くしかなかった。
しばらくして蓮先輩は温かいミルクティーを持って来てくれた。
砂糖が入っているのかほどよく甘い。
「…美味しいです」
「そうか」
テーブルに向かい合うように座って飲むも、沈黙が続く。
さっきから蓮先輩の雰囲気が少しだけ違う気がしていた。
もしかして、今日の私の行動を怒っているのだろうか。
テーブルに置いたカップの音がやけに大きく感じてなんだか気まずい。
私は意を決して尋ねることにした。
「あの…怒ってます、か?」
先輩のカップを持つ手が止まる。
やっぱり怒っているんだ。
でも、当然だ。すでにこんなに迷惑かけてしまっている。
「怒ってるよ、俺自身に」
「…え?」
顔を上げて見えた表情はなんだか辛そうで。
あまり見なかった表情に私は目を見開かされる。
「ごめん…元はと言えば俺が遅れたせいだ」
「そ、そんな事ないです!私が雨宿りするなりすればよかっただけですし!ほんとごめんなさい」
先輩に辛い思いをさせたいわけじゃないのにどうもうまくいかない。
「もう謝んな。お前は信じて待っていてくれただけだろ」
「信じますよ。先輩ですもん」
あっさりとそう言えば先輩は一瞬驚いたような顔をした後、優しく目を細める。
「ありがとう」
その顔を見れるのが嬉しくて自然と笑みが浮かんだ。
「でも、今日は美術展行けなくなっちゃいましたね」
「じゃあまた今度な」
…また今度。
またさっきみたいなことしてしまうかもと思いつつもやっぱり嬉しさが勝ってしまう。
なんて意思が弱いんだろう。
「空」
「な、なんですか?」
名前を呼ばれ、どきりとしてしまい肩が跳ねた。
というか、蓮先輩は私のこと空と呼んでいたっけ?
「…今日は泊まっていけ」
「えぇ!?」
突然過ぎる発言に思わず声が大きくなる。
そして慌てて手を振る。
「だ、大丈夫です、流石に帰ります!」
「服、どう考えても今日中には乾かない」
あ、洗濯するの忘れてた。
「少しくらい湿ってても別に…」
「お前、散々人に風邪引くからって心配しといてまさか自分が風邪引くつもりか?」
それを言われてしまっては返す言葉もない。
「…ああ、それとも風邪引いて看病して欲しいって話なら別にいいけど」
「うぅ…今晩お世話になりますっ!」
意地悪だ、多分ほんとにやり兼ねない。
観念したように答えれば、可笑しそうに笑われた。