ガチャ、とドアの開く音がしてそちらを向く。
「あの、お風呂ありがとうございました」
「ん、……」
姿が目に入って思わず固まってしまった。
俺の不自然さに空は首を傾げるが、つい目を逸らしてしまう。
これは…なんというか破壊力がある。
「あー…やっぱり大きかったな」
「まぁ、流石に…でも、大丈夫です!動けます!」
「……そう」
そういう問題か、と思ったが空が自信に満ちていたからもう深く聞かないでおいた。
「濡れた服はどうした?」
「えっと、今脱衣所のところに置かせてもらってます。その、乾かせてもらってもいいですか?」
「汚れてるだろうし、洗濯してから乾かせば?」
ごく普通に提案すれば空はひどく驚いた顔をする。
「え!?これ以上迷惑は…」
「別に迷惑じゃないけど」
大した手間でもないだろうし。
眉を寄せてしばらく悩んでいたが、やがて申し訳なさそうに俺を見る。
「…自分でするので洗濯機貸してください」
「分かった」
「ありがとうございます」
そう言って空は頭を下げたが、俺を見るとはっとした顔をして俺の近くまで素早くやってくる。
「さっき蓮先輩も濡れてたましたよね?そのままだと風邪引きますよ!」
…掴み掛かられるかと思った。
そんな勢いに俺は少し呆気にとられる。
「一応拭いたし着替えたから大丈夫だって」
「でも…」
人の心配してる場合か。
「お前はホント人の心配ばっかだな」
「う…それの何がいけないんですか?」
空の小さな反論に眉を寄せてしまう。
こいつは自分自身が嫌いなのかとさえ思ってしまうほど、自分に優しくない。
「…そんなお前が俺は心配なんだよ」
「…え…」
俺の言葉に空の表情がすっと消えた。
考えたことなかったんだろうか。
自分のことも誰かが心配していると、どうやったら伝わるんだろうな。
内心ため息を吐きながら、俺はソファから立ち上がる。
「…何か、温かいものでも飲もう。だったらいいだろ?」
「えっと……はい」
どこか戸惑ったように空は返事をした。
甘い方がいいかと空の方には少し砂糖を入れてミルクティーを作った。
テーブルに向かい合って座って飲む。
「…美味しいです」
「そうか」
それ以降、会話は続かなかった。
空気は穏やかなものではない。
それを察してか、コトリとカップを置いた空は決意したような顔で口を開く。
「あの…怒ってます、か?」
その言葉に手が止まり、目を伏せる。
…ああ、気付かれてしまっていたか。
「怒ってるよ、俺自身に」
「…え?」
空が目を見開く。
「ごめん…元はと言えば俺が遅れたせいだ」
空が自分を責めてる度に俺は罪悪感に苛まれていた。
待たせた挙句に十数分も雨に降らせて。
来なきゃよかった、と責めてくれていればまだマシだったかもしれない。
それでも、こいつはそんなことしないだろうと分かって、俺は最低な奴だとますます思った。
「そ、そんな事ないです!私が雨宿りするなりすればよかっただけですし!ほんとごめんなさい」
謝らせたくないのに、なんでこうもうまくいかない。
「もう謝んな。お前は信じて待っていてくれただけだろ」
「信じますよ。先輩ですもん」
前もこうやって当たり前のように信じてくれていた。
空が俺の何をそんなに信用してくれているのかは分からない。
ただ、嬉しいと感じる自分がいる。
「ありがとう」
そう言えば空は嬉しそうに微笑んだ。
やっぱり空は笑ってる方がいい。
「でも、今日は美術展行けなくなっちゃいましたね」
「じゃあまた今度な」
行ってくれるのだろうか、と空の顔を窺えば、少しの不安と嬉しさが混ざったような表情だ。
…チャンスはあるのかもしれない。
「空」
「な、なんですか?」
空の肩が跳ねる。
その反応に、そういえばいつの間にか空と呼んでいるなと今更ながら気付く。
でもまぁ、何故かしっくりくるし、本人からも何も言われてないからいいかと気にせず話を続ける。
「…今日は泊まっていけ」
「えぇ!?」
連れてきてからある程度考えてはいたが、空はそう思ってなかったようで慌てたように手を振る。
「だ、大丈夫です、流石に帰ります!」
「服、どう考えても今日中には乾かない」
そんな状態で外に出すわけにはいかない。
「少しくらい湿ってても別に…」
「お前、散々人に風邪引くからって心配しといてまさか自分が風邪引くつもりか?」
揚げ足をとるようにそう言えば空は何も返せなくなる。
ついでだから少し意地悪をする。
「…ああ、それとも風邪引いて看病して欲しいって話なら別にいいけど」
「うぅ…今晩お世話になりますっ!」
微かに唸りつつも諦めた空が面白くて、笑いながら返事をした。