ろくに話さないまま、俺は空を連れて自宅に帰った。
中に入ると、彼女は玄関で躊躇する。
濡れたまま入ることに抵抗があるのだろう。
だから俺も手を離さずにその場に立ち止まる。
動こうとしない俺に彼女は抵抗を諦めて大人しくついてきた。
リビングまで連れて来て俺は手を離す。
「少し待ってろ」
そう言い残して俺はまず風呂場へ向かい、浴槽にお湯を入れる。
そして脱衣所でバスタオルと寝室のクローゼットからシャツとズボンを取る…おそらく空には大きいだろうけど。
あ、と思い出し、クローゼットの奥を探して未開封のまま置いてある女性ものの下着を見つける。
何の用意もせず泊まりにくる母さんが勝手に置いていってるものだ。
いいや、使おう。
そうしてリビングに戻ると、立ち竦む彼女をヒメルが心配そうに彼女を見上げていた。
まぁ、そうだよなと思いながら俺はバスタオルを彼女の頭に被せる。
「風呂入れたから。温まってこい」
「え?いやでも先輩だって濡れてる…」
この後に及んでまだ人の心配か。
「いいから」
「…はい」
少し強めの口調で言えば気圧されたように彼女は頷いた。
「これ、多分だいぶ大きいだろうけど。あとこれも」
さっき用意した着替えを渡す。
一瞬きょとんとした表情をされて察する。
「…母親のな。帰国しては、何の準備もなくこっちに来ること多くて、買いに行くの面倒だからっていくつか勝手に置かれてる」
「そうなんですか…」
本当のことしか言っていないのに言い訳じみてるのは何でだろう。
そう考えてると空がふ、と小さく笑う。
その顔に少しだけ安心した。
「ほら、早く行け」
「…お借りします」
申し訳なさそうにしながらも脱衣所へ向かっていった。
しばらくして聞こえてきた水音に小さく息を吐いた。
ついでに持ってきていたタオルで髪を拭きながら、再び寝室に入り今度は自分用にシャツを一枚出して着替える。
「あとは…」
物置からモップを出して濡れた廊下を拭いていく。
終わって廊下を見るとヒメルが興味深そうに後ろからついて来ていたのでそっと抱き上げリビングに戻る。
空が上がるにはまだ時間があるだろう。
リビングのソファに座り、膝にヒメルを降ろす。
手に戯れてくるヒメルにふ、と笑いながら俺は先ほどの空の言葉を思い出していた。
「会えなくなるのはもういや、か…」
本人は気付いているのだろうか。
たまにふとした一瞬、空は俺を前にすると懐かしむような、下手すると泣きそうな表情をしていて。
何故かは分からない。
それでもその感情は、俺ではない、誰かへ向けられていてきっとそいつのことが空は好きなんだろうとなんとなく思っている。
「…誰なんだろうな、あいつにあんな顔をさせるやつ」
そんな酷い奴をあいつは好きなのか。
俺は空に笑っていて欲しいのに。
「……あ」
その感情に気付いて思わず声をあげた。
天井を見上げてため息を吐く。
ヒメルがそんな俺を見て不思議そうに鳴いたのが聞こえて視線を移す。
「…ヒメル、どうやら俺はあいつが好きみたいだ」
空のことを大切に思っているんだと、やっと気付いた。