降り出した雨はすぐさま激しさを増していき、私の髪や服を濡らしていった。
「屋根ないな…」
辺りを見渡して静かに呟く。
私はこの場を動くことが出来ないでいた。
時計の時刻はもう一時を指していて。
でも、蓮先輩の姿はない。
何かあったのだろうか、もしかすると連絡をくれていたのだろうか。
それを確認する術が私にはない。
思った以上に混乱しているのかもしれない、もうどうしたらいいのか分からなくてしばらく立ち尽くしていた。
私は、何やっているんだろう。
どれくらい時間が経ったのか。
ずっと雨に打たれ続け、髪から雫が何度も落ちている。
「空っ!」
聞き間違えるわけがないその声に私はびくりと肩を震わす。
そちらを見ると傘を差した蓮先輩の姿が見えた。その表情はどこか焦っているようで。
近づいて傘を差し掛けてくれた先輩は微かに息が切れていて走ってきてくれたんだと思った。
「…蓮せんぱ…」
「お前、ずっとここで待ってたのか…?」
困惑したような先輩に申し訳なさが増してしまう。
「ごめんなさい、携帯充電切れちゃってて…屋根のあるとこ、近くになかったから…」
「だからって自分が濡れてまで…」
そっと先輩の手が私の頬に触れる。
その温かさに自分の身体の冷たさを思い知ったと同時に思考がめちゃくちゃになっていたんだろう。
「だって…」
それは蓮先輩に言うべきではない言葉。
「だって…会えなくなるのは、もういやだ…」
はっとしたような表情をする蓮先輩を見て、私は何を言ってしまったんだと気付いた。
蓮先輩は何も言わなかった。
何も言わず、傘を私に押し付けるように渡して着ていた上着を肩に掛けてくれた。
そして、優しくでも振り解けない強さで私の手を引いて歩き出したのだった。
ろくに話さないまま着いた先は私が来るのは二度目となるところだった。
蓮先輩は玄関の鍵を開けるとそのまま私を中へと引っ張っていく。
濡れたままで部屋に入るのは、と躊躇しても手を離してくれなかった。
仕方ないのでそのまま大人しくついていく。
リビングに着いてようやく手を離された。
「少し待ってろ」
それだけ言って蓮先輩は別の部屋へと入っていく。
ヒメルがどこか心配そうに近寄って来てくれて少しだけほっとする。
いくつか部屋を移動していた蓮先輩は数分後にリビングに戻って来た。
頭から大きなタオルを被せられ、顔を上げる。
「風呂入れたから。温まってこい」
「え?いやでも先輩だって濡れてる…」
傘を私に渡してから、先輩も私ほどではないにせよ濡れている。
「いいから」
「…はい」
有無を言わさない言葉に負けて頷く。
「これ、多分だいぶ大きいだろうけど。あとこれも」
先輩が差し出したのは男物のTシャツとジャージのズボン。
あと、未開封の女性ものの下着。
…え、なんで?
顔に出ていたのか尋ねる前に説明してくれる。
「…母親のな。帰国しては、何の準備もなくこっちに来ること多くて、買いに行くの面倒だからっていくつか勝手に置かれてる」
「そうなんですか…」
淡々と話す蓮先輩は別の意味で苦労してるんだなと感じて少しだけ笑う。
そんな私を見て先輩が微かにほっと一息ついたのが分かった。
「ほら、早く行け」
「…お借りします」
観念して脱衣所へと向かう。
扉を閉めて一人きりになってからさっきの失敗を思い返す。
あの声で名前を、空と呼ばれて気持ちが溢れてしまった。
完全に蓮先輩を見ていなかった。
「こんなの、ひどいよね…」
私は、どうしたらいいんだろう。
握り締めた手のひらはとても冷たくて
痛かった。