呆然としてる間に、断る隙を与えず約束を取り付ける。
今度の土曜、一時に公園の時計台の前で。
理由をつけて連絡先も交換した。

なかなか狡い手だと思う。
それでもこうしないとこいつは離れていってしまいそうでやるしかなかった。

どうしてここまで気にしてしまうのか自分でも分からない。
分からないから知りたいと思った。

瞬く間に土曜になった。

「なぁ教授。俺、昼から用あるって言ったよな?」
「言ってたね。いやぁ、ごめんごめん。うっかり時間忘れてて」

時刻は正午を指しそうな頃、大学のとある研究室で俺は苛立ちまじりに教授兼伯父へ不満をぶつける。
世話になってるし恩もある人だが、身内に対して人使いが荒いくせに、時間に無頓着すぎるのはどうも厄介だった。

「あとどれくらい」
「うん、一時間はかかる」

あ、これ間に合わないな。
そう判断して俺はスマートフォンで飯橋に謝罪と遅れる旨を伝えるメッセージを送った。

「最近女の子とよくいるんだって?」

その直後、不意に言われた言葉に一瞬どきりとした。

「…だから何」
「あれ、本当なんだ。びっくりだな。妹…お前の母さんに連絡しとこうかな」
「やめろ」

真顔で止めればからかうような笑顔が返ってくる。
俺は伯父のこういうところが嫌いだ。

「でも、よかったね。大切だと思える子が見つかって」
「……」

その言葉には俺自身まだどう思ってるのか答えが見つかってなくて、返事をすることが出来なかった。

それから一時間と少し。

「終わった。じゃあ俺行くから」

大学を出ることが出来たのは結局一時過ぎていた。
ここから公園まで走っても十五分はかかる。
連絡はしたが、誘っておいてこれはひどい奴だと思われても仕方ない。

「傘あったほうがいいよ」

伯父の言葉に窓の外を見れば向かう先の空は黒い雲に覆われている。
今日は雨降るなんて予報だったろうか。

「…途中で買ってく」
「うん。今日はありがとね」

軽く手を挙げることで返事をして、俺はドアに手を掛ける。

「蓮、Alles Gute」
「…Danke」

背中にかけられた言葉にくすぐったさを感じながら小さくそれだけ返したのだった。

外に出てすぐに大粒の雫が地面を濡らす。徐々にそれは勢いを増し、気づけば土砂降りとなっていた。
途中で買った傘を差しながら、飯橋に何度目かの電話をする。

「……繋がんねぇ」

いくら掛けても呼び出し音は鳴らず機械的な音声が返って来ていた。
怒って電源でも切ったか。
それならまだいいんだけど、さっきからどうも嫌な予感がして俺は待ち合わせへと走った。

一時半になる前にはなんとか公園に着いた。
待ち合わせの時計台へと向かう。

時計台が見えて来たと同時に俺は思わず立ち止まり、目を見開いた。
傘も差さずに立ち尽くす人影が見えていた。
それはまさに、待ち合わせていた人物で。

「空っ!」

無意識にそう叫んだ。
すっかりびしょ濡れになった空は名前を呼ばれびくりと肩を震わした。
駆け寄って傘を差し掛ける。

「…蓮せんぱ…」
「お前、ずっとここで待ってたのか…?」
「ごめんなさい、携帯充電切れちゃってて…屋根のあるとこ、近くになかったから…」
「だからって自分が濡れてまで…」

弱々しく笑みを浮かべようとする空の頬に手を当てる。
冷え切った頬は時間の長さを表していた。
悪いのは俺だ。

「だって…」

絞り出すように空は言葉を綴る。

「だって…会えなくなるのは、もういやだ…」

泣き出しそうな声だった。
それが、どういう想いで出た言葉なのか俺にはよく分からない。

静かに下唇を噛み、俺は傘を空に押し付けると着ていた上着を彼女の肩に掛ける。
驚く彼女の手を引いて早足で歩きだした。

とりあえず、もうこれ以上濡らすわけにはいかなかった。





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