「あ」
図書館で本を物色していると聞き覚えのある声がした。
そちらを見ると最近何かと縁のある女子が何故か困惑顔で俺を見ていた。
「えーと、こんにちは、蓮先輩」
「飯橋か」
「あの…あれから大丈夫でした?」
「…何が?」
唐突な確認をされる理由が分からず首を傾げる。
「その、色々変なこと言われたりしてないかなって」
「あー…」
そのことか。
あれからまぁ、周りが騒がしかった気がする。噂も流れてたな。
しかし、俺に対して冷やかしなどして来る奴は一人くらいしかいないし、そいつは一発殴れば済む話だ。
それに噂のおかげで寄って来る女が少し減ったのが正直有り難くて肯定はしていないが、特に否定もしていなかった。
というか、この状況は飯橋の方が厄介なんじゃないか。
「別に平気。むしろお前の方こそ大丈夫か?」
「…平気ですよ?」
言葉とは反対になんとも言えない表情をする飯橋はあまりにも分かり易すぎて嘘つけない奴なんだと確信する。
俺よりよっぽど迷惑被ってるだろうに、俺の方を気にかけてくれるのか。
そもそもの原因は俺なのに。
「…悪いな」
「あ、謝らないでください!」
俺が謝ると飯橋は慌てて否定する。
直後ここが図書館だと思い出したのかはっとしたように口元を押さえて周りを見ている。
でも、分かった。
こいつは、いつも自分より他の誰かを優先して気にかけている。
多分、こいつのいいところでもある。
しかしそれがどうも危なっかしく感じた。
「言えよ?」
「はい?」
飯橋はきょとんとした顔で俺を見る。
どうもお前は自分の傷に疎い奴みたいだから。
「何か嫌な思いをするようなことがあったら言ってくれ」
なるべく傷ついて欲しくない。
俺の言葉に動揺した飯橋の瞳が揺れる。
どこか戸惑った表情のまま俺から目を逸らした。
「…ありがとうございます…でも私これでも強いんですよ?」
笑みすら作り損ねてるくせに何を言ってんだ。
少し険しい表情になっていたのか飯橋が困ったように微笑んだ。
「そういえば、蓮先輩本好きなんですか?」
明らかに話題を逸らしてきたのが分かったけど、しょうがないと諦めて返答する。
「…まぁな。お前も好きなのか?」
「はい」
「……あんまりイメージないな」
そう口にして初めて、何故かごく自然と彼女に本を読まない印象を持っていたことに気付く。
最初に会った時があんなに活発そうだったからか?
なんて考えていると彼女が気まずそうに黙る。失礼なことを言ってしまった。
…なかなか上手くいかないもんだな…
「悪い、気にしないでくれ」
「いえ、いいんです。よく言われますし。先輩は何か目当ての本でも探してたんですか?」
俺がいた本棚付近を見ながら飯橋はそう尋ねる。
その棚は冒険物や異世界物の小説が多く揃えられているところだ。
「…いや、ざっと見てただけ」
夢をよく見るようになってから読む機会を増やしたジャンルだが、それを彼女に言っても意味ないので適当に誤魔化した。
「そうなんですか?あ、この本面白かったですよ。主人公がなんでも修理出来るなおし屋って職業でいろんな街を旅してるんです」
飯橋の指差す本は俺の読んだことないものだった。
多分、普段なら興味を持たないかもしれない。
「へぇ…面白そうだな」
「おすすめですよ」
「ならおすすめされてみるか」
楽しそうに話す姿にその本を読んでみたいと思った。
それから話の流れでお互いの好きな本を勧めながら館内を回っていた。
本が好きとは言ってたが、まさか図鑑系統も読むとは意外だった。
でも、自分が知らない世界を知りたいという気持ちは分かるかもしれない。
「教えてくれてありがとうございます!」
「こちらこそ」
嬉しそうに笑みを浮かべた彼女に以前感じた心地よさを再び感じる。
話をするのが楽しかった。
飯橋はうきうきとした様子で歩いていたが、出入口付近でふと横を向いて足を止める。
何かあったかと同じ方を向くとそこには美術展の開催を知らせる一枚のポスター。
展示の目玉なのであろうポスターに載っていたジュエリーをじっと見つめていた。
「気になるのか?」
「え!?いや、その、少しだけ…」
焦ったように返事をする飯橋を横目に俺はポスターの展示品になんとも言えない違和感を覚える。
これを、どこかで見たことあるような気がして。
でも、ちょうどいいと思った。
「なら…一緒に行くか?」
「……え……?」
ぽかんと口を開ける彼女が何を思ったのか察して小さく笑った。