ZZZ | ナノ

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「久しぶりのデートなんだ。待ち合わせをしよう」そう持ちかけられたのはつい昨日の事だったか。
有無を言わさず集合時間と待ち合わせ場所を決められてしまい呆然と受け入れるしかなかったその提案に、今更ながら緊張している自分がどこかくすぐったく感じる。


「服、何着ていこうかな…?」


あまり多い方ではないが、好みのワンピースを目の前に並べて「うーん」と唸り声をあげたナマエはじわじわと迫りつつある待ち合わせ時間に焦りを覚えながら何度も何度も並んだワンピースを見比べた。

花柄の可愛らしいワンピースと無地だが淡いピンクで彩られたAラインのワンピース、そして足首まであるマキシ丈の真っ白なワンピース。

マグナスの居ない執務室のソファーの上に並べて置いてみたはいいが、案の定どれも可愛くて選べない。


「うーーーーー!」
「…失礼する…わ…、って。ナマエ!?まだ居たの?」
「あ、レ、レイアさぁん…!」


遠慮がちに執務室のドアが開かれたと思えば、そこから覗いたきらきらと光る金の髪に思わずナマエが飛びついた。


「服が決まらない?」


事情を説明して並べられたワンピースの隣に腰かけながらぐずぐずと鼻をすするナマエにレイアは苦笑いを零した。彼女の隣に並ぶワンピースはどれも彼女らしく可愛らしい。

ナマエから説明を受けなくてもレイアはある程度今日のふたりのことは知っていた。そりゃあそうだ。彼女たちが約束を交わして今日まで、とても幸せそうな顔で仕事をこなしているマグナスの姿を見ればこそ。

ちょこんとソファに腰かけているナマエの小さくて少し硬い髪に触れてぽんぽん、と数回優しく頭を叩いてやる。


「マグナスはどれを着た貴女でも嬉しいんじゃないかしら。…そうね、だから着ていくならナマエが今日着ていきたい!って思う服で良いのよ」
「今日、着ていきたい…」


復唱するナマエに微笑んだレイアが強く頷いた。どうせ彼女の事だから、こんな滅多にないデートで少しでも彼が喜ぶことをしたい、と思っているのだろう。

どんな彼女でも、きっとマグナスは喜ぶはずなのに。

レイアから視線を隣のワンピースたちに向けたナマエはもう一度レイアの言葉を復唱すると、徐に淡いピンクで彩られたAラインのワンピースへ手を伸ばした。


「ふふ、それに決まったのね」
「…うん!レイアさんありがとう!」
「じゃあ早く行ってあげなきゃ。本当は髪も結ってあげたいけど、もう待ち合わせ時間でしょ?」
「へへ、うん。じゃあ今度結ってね。…行ってきます!」


ぱたぱたとそれまで着ていたいつもの服からAラインのワンピースに着替えると駆け足で執務室のドアを開く。後ろにいたレイアからは「あまり走らないのよ」と「行ってらっしゃい」を受け取って。



* * *



執務室からまっすぐ走ってすぐにエントランスに到着するとそこからまっすぐ1階に伸びる階段を駆け下りる。行き交う人達の中に紛れていたらしいディオが遠くから「無理すんなよー!」と声を上げたから、一度立ち止まって声の方へ向き直って手を振る。

彼もこれからのナマエとマグナスの事は知っているのだろう。「気を付けて行って来い!」と城内に響き渡る程の音量で豪快に笑いながら手を振り返してくれた。

階段を駆け下りたナマエが少し大きめの扉を開け放つと、「行ってらっしゃい」とここでも騎士団のパラディン達が優しい声で手を振りながら身を繰ってくれる。

本当に、なんて暖かい場所なのだろう。パラティヌス城の門をくぐってそこから広がる商店街に精一杯肺に息を送り込んだナマエはまたその場から駆け出した。



緩やかな坂を過ぎてすぐ。金の髪を揺らして、真っ赤なマントを靡かせながら全身を見たことのない甲冑で覆っているこの男性はどこか困っている様子であたりをちらちらと手に持った紙とこの場所を何度も確認している。

地図があるのなら大丈夫だろう、と彼の背後を横切ったが、どうにも気になったナマエは元来た道を駆け足で戻ることにした。


「…あの、」
「あ、はい…?」
「何かお困りですか…?」


おずおずと声をかけたナマエに振り返った男性の真っ赤なマントが靡く。ふわりと揺れる金の髪は陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。

ナマエの言葉にあからさまにほっとしたこの男性はこの国ではなくどこかほかの国から来たのだろうか。彼の様子に笑みを零したナマエは彼が持っていた紙切れを覗き込んだ。


「この近くなのはわかったんだけど、どうしても見付けられなくて…君が声をかけてくれて助かったよ」
「ふふ、それなら良かったです。…この場所…武器屋、ですか?」
「そう、この土地は珍しい武器があるって聞いて飛んできたんだ」
「なるほど。じゃあご案内しますね!」


武器屋ならこの商店街の通りで、マグナスとの待ち合わせ場所へ向かう途中にある。これならば遅刻する心配もなさそうだ。言って歩き出したナマエの小さな背中を金の髪の男性が追いかける。

風に乗って花のような甘い香りに柔らかく微笑んだ金の髪の男性はそこからすぐに見えてきた武器屋の看板に「あ!」と嬉しそうな声を上げた。


「あっ、わかりました?武器屋はあちらです。お花屋さんの隣!」
「ああ、わかりやすいな。何で俺気付かなかったんだろう」
「目の前にあると気付かない事ってありますからね」
「…そうだな。ありがとう、助かったよ」


どこか儚さを感じる金髪の男性の笑みに、ナマエの胸が小さく音を立てる。


「…あのっ、」
「?」
「良かったらまたいらしてください。この場所とっても温かいんです。だから、何か疲れた時はいつでも!」
「うん。ありがとう。必ずまた来るよ!」


そう言って片手を上げた金髪の男性に同じように片手を上げる。さて、これなら遅刻せずに済みそうだ。ナマエが軽く鼻から息を吐き出したのと同時で、丁度後ろに位置する花屋から聞き覚えのある声が上がった。


「あら!ナマエちゃん!」
「オルコットおばさん!こんにちは。いつもお世話になってます」
「そんなこと。お世話になっているのはこっちの方よ」


珍しく椅子に座って入口を飾る花達の隙間からこちらを見ている中年の女性にナマエは微笑んだ。

沢山のパラティヌスの人にたくさんの花を見てほしいと言う彼女の申し出にマグナスが頷いてからというもの、定期的にパラティヌス城の花畑から少しずつ珍しい花が咲くたびに、この街でたった一つのこの花屋へ花を届けているせいかすっかり顔見知りになっていた。

ふわふわと香る花独特の爽やかな甘い香りに目を細めたナマエはオルコットが座っている椅子の隣の机に置かれた特別な造りの花束とブーケを見つけてぱっと微笑んだ。


「わ!オルコットおばさん、誰か結婚するの?」
「え?ああ、そうなんだよ。このあたりじゃ珍しい花が置いてあるってんで遠方からはるばるウチまで足を運んでくれたカップルが居てね」
「そうなんだ…」


机の上に乗った花束は仄かな桃色が浮かんでいる白バラで彩られたブーケと並んでとても綺麗だ。うっとりと花束とブーケを眺めているとその近くで座っていたオルコットが申し訳なさそうに口を開いた。


「あのね、ナマエちゃん…」
「?はい?」
「すまないんだけど、ちょいと頼まれごとをしてくれないかい?」
「頼まれごと?それって…」


ちょこんとナマエが首を傾げたのと同じタイミングで店内がふっと一瞬暗くなった。


「うわー!すごい!ここのお花屋さんとってもいい香りがする!」
「あんまりはしゃぐなよー」
「わかってる!けど、すごい!すごい!」


店の前でぴょんぴょんと跳ねる黒髪の女性の弾んだ声が聞こえて振り返る。彼女は楽しそうにあちらこちらにキラキラとした目を向けながら店内にやってくるとそれに続いた金髪で長身の男性が少々呆れたように、けれど幸せそうに微笑んだ。

ふたりの姿を確認したオルコットが、出来る限り腕を伸ばしてつんつんとナマエの腰を小突くと「あのふたりなんだ」と耳打ちしてきた。


「花束と、ブーケの依頼者さん?」
「そう。…すまないけど、そこの花束とブーケを渡してくれないかい?ちょっと前に腰を痛めちまって、ここに座ってるのがやっとなんだよ…」
「あ、うん!そういうことだったら!」


申し訳なさそうに眉間に皺を寄せるオルコットに笑顔で応えると「でも今日はこれでお休みしてね」と付け足してオルコットの隣に並んで店内を見渡せるようにくるりと身を翻した。

程なくしてナマエとオルコットのもとに、ほんのり頬を染めた男性とまだあちこちきょろきょろと見渡している女性がやってきた。


「あの…先日お願いしたお花を受け取りに来たのですが…」
「はい。ちゃんとできてるよ」
「急にすみません。ここの噂を聞いてからどうしても式の花はここのにしようと思っていたんです」
「いいえ、そう思ってくれて嬉しいよ。…椅子に座りながらでごめんね」


そんなのいいのに。と両手を胸の前で振った男性とその後ろにいた女性にナマエとオルコットが顔を見合わせてくすりと微笑んだ。

ふたりの微笑ましい姿に和みながら、机の上に置かれた花束をまず手に取ったナマエの頬を真っ白でさらさらと心地良い手触りの花が甘い香りと一緒にすり抜ける。


「はい。…このお花、わたしが育てている子達もいるんです」
「そうなんですか!とてもきれい…」
「ふふっ、ありがとう!」


伸ばされた男性の両腕に抱えるような形で花束を持たせると、後ろからひょっこり顔を出した女性が瞳を閉じて花の香りを感じている。彼女の長い睫毛が頬に影を落としたのを見て、思わず「あなたもきれいですよ」なんてキザな台詞を口にしようとしていた。


「遠方からいらっしゃったんですよね?おふたりの大切なお時間を飾る花をここで選んでくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。俺達の式にこんな素敵な花を飾れることが出来てうれしいです」
「ええ。どうか、お幸せに!」


花束で両手がふさがってしまった男性の横からひょこりと現れた女性にブーケを渡すと、嬉しそうに微笑んだ女性にうっすらとドレスが見えたような気がした。



* * *



「あのふたり、あのまま結婚式なのかな」
「そうだねぇ。本人たちが花を受け取りに来るのも珍しい話だけど。あのふたり、良く似合っていたね」
「うん!」


店の出入り口までふたりを見送ったあと店内に戻ってきたナマエはオルコットの隣に並ぶと、ほう、とため息をひとつ吐き出して天井からぶら下がる観葉植物のあたりを見上げた。
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