ZZZ | ナノ

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「そういえば、引き留めちゃったけどナマエちゃん、何か用事でもあったんじゃないのかい?」
「…あ!」


オルコットのすぐ後ろにある棚に置かれていた小さな時計は待ち合わせの時間が目前に迫っていた。


「ありがとうオルコットおばさん!わたし急ぐんだった!」
「マグナスさんとの約束かい?」
「ふふっ…うん、そう。今日は待ち合わせしようって」
「そうだったのかい?ごめんね、引き留めちまって…」
「ううん。オルコットさんの助けになれたなら良かった!いつもよくしてもらってるから…」


言ってオルコットの背中に軽く触れたナマエは「またくるね」と残して店から出るとオルコットに手を振りながら軽く駆け出して行った。


「おやおや。あの子ったらまたよそ見して…転ばないといいんだけど…。んん?」


椅子に座って痛む腰を支えるように両手を添えて背筋を伸ばしたオルコットがふと目を見開く。


「あれまぁ。いつの間に治癒術なんか掛けてくれたんだろうね、あの子ったら…」


ゆっくりと椅子から腰を上げても悲鳴を上げない腰に嬉しそうに目を細めたオルコットは店の前に出していた花をしまうと、開け放っていた扉を閉めて[CLOSE]の看板をひっかけた。

花屋の前を抜けてさらに駆けていく。すれ違う人々の中には幸せそうな恋人達や親子の姿など、様々だ。明るく活気に満ち溢れたこの居心地の良いパラティヌスは本当にいつ見ても飽きないと思う。

可愛らしい服が並ぶ服屋を通り過ぎたあたりでふと、ひとり壁にもたれかかって空を見上げている銀の色髪の少女が横切った。どこかさみしそうな姿がどうにも気になって足を止める。マグナスとの約束の時間はとっくに過ぎていた。


「…あの」
「…?」


空を見上げていた少女の赤に近い瞳がまっすぐにこちらを見つめる。儚げな少女に思わずどきりとナマエの胸が高鳴った。


「ご、…ごめんなさい。なんか気になって…。どうか、したんですか?」
「………あ。え、と…。すみません、わたし…そんなに気になる顔してました?」
「ちょ…っとだけ…」
「ふふ、ありがとうございます」


困ったように微笑む少女の笑顔に何故か胸が締め付けられる。壁にもたれかかるようにしていた少女が体を起こすと、同じ目線になる。

不思議な話で、賑わっているはずの商店街が彼女の傍にやって来てから妙に静かに感じる気がした。


「あの…会ったばかりのあなたにこんなことお願いするのは失礼かもしれないのですが…」
「なんでしょう?」
「これを…」


ごそごそとスリットが深く入った場所にあるポケットから小さな箱を取り出した少女は申し訳なさそうに眉をハの字にして寄せるとおずおずとナマエに差し出した。

可愛らしくラッピングされた小さな箱は、目の前の少女によく似合ったピンク色の包装紙で包まれている。丁寧にラッピングされたそれを見る限り大切な人へのプレゼントだろう。

両手で覆えてしまいそうなその小さな箱を受け取って首を傾げたナマエにもう一度困ったように微笑んだ少女は後ろで手を組むと一歩下がって再び壁にもたれかかった。


「届けてくれると嬉しいんです」
「え…?でもこれ、大切なものなんじゃ…」
「……わたしではお届けできないから…。わたしに話しかけてくれたあなたにお願いしたいんです。…だめ、でしょうか…」
「…それは…大丈夫ですけど…」


語尾が小さくなっていく。本当に、自分がこんなこと請け負って大丈夫なのだろうか。こんなに可愛らしくラッピングされたプレゼントだというのに。

そんな葛藤を繰り広げているナマエの様子を見つめていた少女がくすりと小さく笑う。


「ありがとう、お姉さん。わたしのことそんなに気にしてくれて…」
「そんな、当然ですよ」
「ふふ、それでも。本当にありがとう…。それ、お願いします。届けてほしいひとはこの先の広場入ってすぐの入り口に居るから…」
「あ、え、…ちょっと!」


両手に置かれた可愛らしい箱に一瞬目をやっただけだというのに、確かにその場に居た筈の銀色の髪の少女の姿はなくなっていた。

暫くあたりを探してみたが、やはり銀の髪の少女の姿など見当たらない。しばらく行った先で一度手の中に収まっていた箱を見つめたナマエはふと顔を上げると、もう目前にマグナスとの待ち合わせ場所であり、彼女の言っていた広場が広がっていた。

あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。マグナスのことだからずっと待ってくれているだろう。そう思うと申し訳なくて。


「…でも、とりあえずこれを届けなくちゃ…」


両手に収まる小さくて可愛らしい箱を見つめてぽつりと呟くと、広場の入り口を飾る大きな花壇のすぐ傍で銀色の何かが揺れた気がした。

すぐにそちらへ視線を向けると、腕を組んで壁にもたれかかったままただ静かにその場に立っている背の高い男性の姿が見える。

彼に間違いない。そう直感で感じたナマエがおずおずと近付いていくと、すぐにこちらの気配に気付いたのか姿勢を正した男性が静かに口を開いた。


「…俺になにか用?」
「あの……肩より少しだけ長い銀の髪の女の子…ご存知ですか?」
「………ああ、たぶん知ってる」


"銀の髪の女の子"そう聞いて男性の真っ赤な瞳がふるりと揺れたような気がする。風に揺れた銀の髪が、先ほどまで話していた少女を思い出させる。


「あんたと同じくらいの身長で、赤に近いピンクの瞳の色してた?」
「あ…はい。よかった、じゃああなたで間違いないんですね」
「…ああ、何を頼まれたか知らないけど、それがあんたに「人を探してほしい」と頼んだんなら俺で間違いないと思う」


ふわりと微笑んだ男性の表情がどこかさみしそうで、けれどこれ以上聞いてはいけないような気がしてナマエは少女から受け取っていた箱をそっと胸元で包み込んだ。

不思議とそこからぬくもりが伝わってくるようだ。優しい暖かさにナマエが目を細めていると。男性は不思議そうに首を傾げてこちらを見つめていた。


「その子に…頼まれたんです。これ、渡して欲しいって…」


胸元からゆっくりと男性に向かって差し出す。一瞬目を見開いた男性は無言のまま差し出された箱に手を伸ばすと、若干震えている指先で箱に触れた。


「………自分で渡しに来いよな…」


ゆっくりとした動きのままナマエの手の中から箱を受け取った男性は眉間に皺を寄せて絞り出すようにそう呟くと、強く、けれど箱が壊れてしまわないように優しくその胸に押し付けた。


「…………。ありがとう、これ、確かに受取ったよ」
「あ…いいえ。…あの、彼女にはここからそんなに遠くない商店街の方で会ったんです。もしかしたら会えるかも…」
「いや、たぶんもう会えない」
「え?」


見かねて男性に今まで自分が歩いてきた商店街の道を指さしたが頭上から降ってきたのは優しく、けれどどこかさみしそうな男性の声色だった。


「いいんだ。…ありがとう」
「そんな…」


くるりと身を翻した男性に首を横に振りながら返すと、ひらひらと片手を振られた。

これでよかったのだろうか。きっと彼らは互いに想い合っているのだろう。それなのに、離れ離れになったままで…。どんどん小さくなっていく男性の背中に何か呼び止めなくてはと口を開いた瞬間、ふわりと暖かく心地の良い風がナマエを包んだ。


「…わたしのお願い聞いてくれてありがとう。…お姉さんの事、青い髪の片方で三つ編みしたお兄さんが捜してたよ」
「…あ!マグナス!ありがとう、わたし彼と約束があったの!」
「ふふ、じゃあ急がなきゃ。幸せにね」
「うん!」


声の主であろう銀色の髪の少女の姿を探してもやはりどこにも見当たらなかったが、とりあえずそう返して約束場所である広場の噴水前に向かって駆け出した。



* * *



ナマエと待ち合わせをしてどれくらいになるだろうか。噴水前のベンチに腰掛けて目の前を駆け回る子供たちを眺めているうちにいつの間にか遊びに疲れた子供たちが自分を囲んでいた。


「お兄さんずっとここに居るけどだれかと待ち合わせなの?」
「だれー?」
「どこー?」


ひとり元気な少年が少々強引にマグナスの顔を覗き込みながら訪ねてきた。にこにこと屈託なく浮かべる笑顔に、なんとなく自分も昔はこうだったなと思い出す。


「ああ、待ち合わせだよ」
「ねえ、だれー?」
「どんなひと?女の人?」
「なんさいー?」


ぐるりと自分を囲む子供たちが次々と目を輝かせて詰め寄ってくる勢いに思わず体を仰け反らせる。もともと子供と全く関わらない環境に居たせいでどう対応したらいいのかわからず口の端がひきつるのを感じながら苦笑いを浮かべた。


「女の人だよ。ナマエって言うんだ甘栗色の髪をしてて、薄い桃色のワンピースを着てるんだ」
「ナマエ?しらないー」
「おれもしらない」
「ぼくもー」


だろうな。早くも子供たちの勢いにがくりと両肩が下りたマグナスはひとつ大きくため息を零すが、子供たちはまったく気にせずに話しかけてくる。よほどこのベンチに誰かが座っているのが珍しいのだろうか。

ぐるりと周りを見渡しても子供たちの目の輝きは先程と変わらない。まだまだ自分を解放してくれる気はなさそうだ。


「でも、お花のおねーさんなら知ってるよ?」
「お花のお姉さん?」
「うん!たまにここにきて遊んでくれるの。いつもお花をくれるんだよ」


"花"と言われてマグナスの脳裏をナマエの姿が横切った。確かに、彼女は月に何度か城下町の花屋に出かけていた。
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