ZZZ | ナノ

負けたつもりはないさ


※全く関係ないオリキャラ視点です。



ふわふわと風に揺れる甘栗色の髪。少し照れただけで赤く染まる絹のような肌。桜色の唇。それになにより彼女から香る甘い甘い花の香りは、今でも正直忘れられない。




「……あ、あの!ごめんください!」
「ゴメン、クダサイ?」


くりくりしたまん丸のブラウンの瞳を目いっぱい広げて緊張気味に少し大きなソプラノが図書館中に響き渡った。聞きなれない言葉に店番と言いながらぼんやりと窓から見える空を見上げていた俺は声のする方へと首だけを向けたが山積みの本に隠れているのか、声の主の姿は見えなかった。


「あっ、そ、そちらにいらっしゃるんですね。すみません…!」
「いや、…えっと?」


本の山を片手でかき分けてやると、そこからひょっこり顔を出した少女と目があってにっこりと微笑まれた。俺と目があったとたんカウンター越しに身を乗り出して言う少女は見た目からして十代半ばくらいだろうか。


「歴史や戦術についていろいろと書かれている本を探しているんです。街の人に尋ねたらこちらの図書館が一番いいと教わったんですが…」
「ふむ?歴史の勉強とは偉いね。でも戦術の本なんて難しい言葉だらけで今の君にはまだ早いんじゃないのか?」


この図書館が歴史や戦術に関する本を多く取り扱っている、というのは街の人間の言うとおりだ。ただ俺の趣味ではなく祖父の趣味だ。おかげでこの図書館を訪れる人間は一部の人間に限られている。

そのどれもが成人を過ぎた俺にだってまともに読めて理解出来るかどうかわからない内容ばかりだ。並んでいる戦術の本はいくらなんでも彼女には早すぎる。身を乗り出してくりくりとした大きな瞳を輝かせていた少女は俺にそう言われたのが不満だったのか姿勢を元に戻すとぷくりと頬を膨らませた。



「……、お言葉ですがわたしは成人してます」
「そうそう、成人してから………って、は?」


今度は俺がカウンターから身を乗り出す番だった。

眉間に皺を寄せて俺を見上げるその姿はどこからどう見ても十代半ばの少女だった。端には可愛らしい花柄が刺繍されている綺麗な藍色のキルトが彼女を包むように大きく被さっているせいで余計に小さく見えたのかもしれないが。

俺の反応にますます気を悪くしたのか、彼女はむっすりとしたまま大きく鼻からため息を吐き出すと、胸の前で腕を組んだ。



「…もう、結構です聞いて損しました。自分で本探します」
「わ、いや!ごめん!ごめんって!」


くるりと踵を返した彼女の揺れる甘栗色の髪から甘い香りが俺の鼻孔を擽った。これは花の香りだろうか?しっかりと香ってくるはずなのに嫌味に感じないそれに俺は思わず目を細めた。今時ファッションで香水をつけている女性も少なくなく、何故か気を引こうと香水の名前を聞こうとした頃にはもうすっかり彼女は俺の目の前からいなくなっていた。

どうしようもなくカウンターに置かれたいつもの、さっきまで自分が腰かけていた椅子にどっかりと腰を落とすと、一番近くに配置された本棚の一番上の段をじっと見つめている彼女を見つけた。どれだけ経ってもその本の傍から離れることなくその周辺で何かを探すような動きを見せる姿に俺は待ってました、と立ち上がった。


カウンターから抜け出してゆっくりと彼女の見つめている先にある本棚に寄って本を取り上げると、彼女は瞳を見開いてぱっかりと開けられた口をそのまま俺が取った本をすんなり受け取ると両手の中の分厚い歴史書に視線を落とした。ほんの少し彼女が動くだけで鼻孔を花のような香りがかすめる。それがどうにも心地良かった。


「…ごめん、迷惑だった?」
「あ…いえ…、だってわたしさっきひどい態度だったのに。…あ、ありがとう」


彼女の見た目からは似つかわしくないその本を抱きしめると、彼女はまるで花が咲いたように微笑んだ。


「俺も失礼だったからな。俺、アルフって言うんだけど」
「アルフくん、よろしくね。わたしはナマエです」
「アルフでいいよ。ナマエか、よろしく」


何の気なしに差し出されたナマエの白くて細い手には本当にその歴史書は似合わない。恋愛小説や風景画集みたいな普通の女の子が読むような本の方が似合うと思うのだけれど。まぁでもこうして出会えたのは彼女の妙な趣味のおかげということで感謝するべきなのかもしれない。

それからナマエはほぼ毎日時間が許すまでうちの図書館に来ては歴史書や戦術書を読み漁っていた。年中通して肌寒いこの地方の気候のせいか、彼女は決まってカウンターから遠く離れた場所の窓際を選んで座っている。日差しが差し込む場所が丁度そこだかららしい。日の光の加減でたまに壁にもたれるようにして窓際に備え付けられた小さな椅子に座って本を読んでいる事もあった。

ところで自慢じゃないが俺には将来を約束した女性がいる。ナマエとは正反対のような女性で背もすらりと高くて俺にはもったいないくらいの美人だ。なのに、妙に彼女に魅かれる心に俺は焦りを感じていた。




* * *




「こんにちは、アルフ」
「おお、今日は遅かったんだな」
「へへ」


何かいい事でもあったのだろうか、照れくさそうに微笑んだ彼女がいつものように俺に一言挨拶を告げて定位置に行こうと身を翻した時だった。いつも香る甘い花の香りをさほど感じなかった。

やっぱりあの香りは香水なんだろうか。無性にそれが引っかかった俺は後々に後悔するような質問をもう既に席についているナマエの傍まで駆け寄って投げかけた。



「ナマエってさ、それ香水なの?」
「…え?」


開きかけた歴史書を、昨日まで読んだ場所で止めているのか指を差し込んで机に置いたナマエは首を傾げた。いつもならふわりと香る花の香りはやっぱり今日は僅かに感じる程度だった。



「いつもナマエが付けてるその花の香りって香水?
「え?わたし香水なんかつけてないよ?なんかにおいする?」


すんすんと体中のにおいを嗅ぐ仕草をして見せるナマエを少しだけ可愛いと思ってしまった。いやいや、と未だに自分のにおいに夢中になっているナマエに気付かれないように首を左右によく分からない感情を振り払うとにおいを嗅ぎ終えたのか彼女はきょとんとした表情で俺を見つめていた。


「ごめんね、ほんとにそんなにおいするの?」
「うん。毎日してたけど。」
「してたけど?」


さらにナマエが首を傾げた。本に挟んでいた指は抜き取ったらしく開かれた本は裏返しにして置かれていた。窓から丁度差し込む日の光が暖かい。お昼時のこの場所は本当に気持ちがいいんだな。



「なんか、今日はそれが薄いというか。今日なんかあった?」
「…え、へ!?」


突然声を上げたナマエの少し間抜けな声が図書館中に響き渡った。幸い、今日の客は彼女ひとりだったから俺もこうしてカウンターから出てきてるわけなんだが。…その時のナマエ顔を、俺は未だに忘れられない。そして、その表情の意味を俺は知ってる。

真っ赤に染まった頬と、驚きに大きな瞳を見開いている姿。明らかに"今日何か"に反応した彼女の仕草といつも香る彼女の花の香りが薄れたこと、全部ひっくるめたらわかることだった。


「な、なにもない!」
「………ナマエさーん。そんな反応じゃすぐにばれますよー」
「なっ、何もないってば!!」
「……はいはい」



ああ、聞くんじゃなかった。信じられないくらい真っ赤に染まった顔を覚ますように両手で頬を強く抑えているナマエを横目に俺はがっくりと頭を机の上に押し付けた。目の前のナマエはと言えば、まったく俺の事なんか見えてないようで何やらいまだに「アルフ何か誤解してるよ!」なんて一人で騒いでる。

もともとこんな感情なんか抱いちゃいけなかったんだ。一気に全身の力が抜けた俺は盛大にため息を吐き出すとまだ慌てふためいているナマエを置いてひとりふらりふらりとカウンターに戻った。



「…店主がカウンターを離れるのは感心しないな」



カウンターに戻った瞬間、そこにはごっぽりとフードをかぶって顔のほとんどが確認できない人物が立っていた。声の低さから言って男なのだろうが、不敵に笑っている口元にあまり良い印象は抱けなかった。それと、同時に嫌な予感すらした。


「なんだよ。冷やかしにでも来たのか?…悪いけど、今日はまともに相手できる気がしないから明日にでも来て」
「この頃うちの可愛い猫がよくひとりでこそこそと外へ出かけていくんだが、君はうちの猫を知らないか?甘栗色の小さな猫だ」
「…はぁ?知らないな、見たことも――――……」


そこまで言って俺を取り巻く空気が一瞬停止したように感じた。まさか。

口元に笑みを浮かべたまま首を傾げるようなしぐさをしたその男からは僅かに嗅ぎ慣れた花の香りがした。…ああなんだ、嫌な予感はそういうことか。俺は二度目のがくりと肩を落とした後そのままカウンターの机に頭をぶつけた。

今日は本当についていない。カウンターにそっと乗せられた男の手はところどころ古傷が見える。戦い慣れた人間の手だと、前に生前の祖父から聞いた事のある俺は一瞬でわかった。

とりあえず、その不敵な笑みが気に入らない。苦痛で歪んでいるであろう俺のひどい顔だけをなんとか整えてカウンターの机に顎を乗せて男を見上げると俺はにやりと口の端を持ち上げた。きっとこの時の俺、この上なく悪い顔してただろうな。


「…そういや、珍しい客が来るようになったよ。思い出した。どこでくっつけてくるのかよく甘い花みたいな香りする奴」



そう言うと男の表情が少しだけぴくりと動いた気がする。思わず俺の口の端も更に持ちあがったが男はすぐにゆるりと表情を元に戻した。納得いかずにそのフードの中を覗き込んでやろうとしたけど、逆光のせいもあるのかなかなかその顔を見ることはできない。唯一藍の髪と金色に揺れる金属のような何かが見えたくらいだ。



「…不安じゃないのか?しょっちゅう俺のところに来てるみたいだけど」
「まあ、不安じゃないと言えば嘘にはなるかな」



くつくつと笑っている男は後ろで椅子に座ってまだ何やら悶えているナマエにちらりと一瞬だけ視線を送ると「でも」と続けた。

どの口が"不安だ"などと言っているのか。余裕そうに笑っている男の口元に苛立った俺は頬杖をついて男の更に奥に座っているナマエを見つめることにした。どうやら興奮は収まったようで今は大人しく読書している。



「俺はそれ以上に彼女がこの土地について知ろうとしてくれてることが嬉しいよ。…戦いへの参加はもちろん嬉しくないけどね。彼女がしようとしてくれていることに出来るだけ手出しはしないつもりさ」
「……」


始終穏やかな口調と声色で話す男がどんな人物なのかほんの少しだけ興味がわいた気がする。口元すら笑ってはいるもののごっぽりと被ったフードの下で、こいつはどんな表情を浮かべているのだろう、とか。

とりあえずこの男が思っていることは大体伝わったということと、…たぶん俺は一生、悔しいけどどんなことをしたってこの男には勝てないんだろうということだけは分かった。負けた、とは思ってないけど。敵わないだけで。そんな男にくれてやる言葉を考えれず黙っていると、満足したのかカウンターに乗せていた手を引いた男は身なりを整えながら踵を返した。

やっと帰るのか、とほっと胸を撫でおろそうとしたところで背中を向けたままその男は首だけを軽く捻って横目でこちらを見るような体制になった。



「…でもそうだな、君に伝えてくれる気があるなら今日は早めに帰る様に伝えてくれるとありがたいな」
「…気が向いたら伝えてやるよ」
「はは、ありがとう。長居してすまなかった。」



そう言って店を後にした男に、今俺ができる精一杯の皮肉は「ありがとーございましたー」と他人行儀な店の人間らしい挨拶だけだった。







(ん?アルフ、お客さん来てたの?)
(ああ、気に入らない奴だったな。それよりナマエ、今晩飯食べにいかないか?)
(うーん、ごめんね、さすがに夕飯過ぎるとバレちゃうから…)
((もうバレてんだけどな…))


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