「…あ…、マグナス」
「どこに行ったのかと思ったよ」
聞きなれた大好きな声と、ふわりと肩にひっかけられた肌触りのいい生地と、そこから香るいつもの香りで背後に立っている人物が誰だかわかったらしい彼女は星空を見上げて微笑んだままだった。
「ふふ、捜した?」
「ああ、捜した」
隣まで歩いてきたことに待ってました、と、もたれ掛ったナマエの頭をマグナスが優しく抱きしめた。嬉しそうに笑って身を任せる彼女に釣られてマグナスも微笑む。空いっぱいに散りばめられた星がきらきらと輝いている。
「星、見てたの。このバルコニーから見える景色はすごくきれい」
「俺も、ここから見えるもの全部が好きだよ」
うっとりと空を見上げる彼女の瞳が今までにない色をしているようで、ナマエのほのかにピンクに染まった頬に触れたマグナスは桜色の小さな唇に触れるだけのキスを落とすと体ごと自分の方へ向けて強く抱き締めた。
「…あのね、マグナス」
「…なんだ?」
「………――――― ――――
「……どうして、」
何もない狭い古城内にマグナスの声が響き渡った。大きく開かれた窓から差し込む日差しが熱い。じわりと出てきた汗が背中を伝う。嫌に喉が渇いた。
床に転がった銀色の鉄の塊がカラカラと音を立てて転がっていく。勢いで吹き飛ばされたそれは、壊れた人形のように座り込んで起き上がる様子もなく俯いたまま負傷したのか右の手首を押さえながら自分の目の前に落ちている大きな剣をただただ見つめていた。
風に乗って鼻腔をくすぐる花畑によく似た香り。日の光を浴びて金色に輝く甘栗色の髪。前髪の隙間から覗く桜色の唇。
「どうして…!」
片手に握った剣を捨てる勢いで振り下ろしたマグナスはその場に膝をついた。いまだに起き上がろうとしない目の前のその人物が抑える右手首が僅かに震えている。
這うようにずるずるとすぐ傍まで移動したマグナスは金色に輝いている髪を右手ですくい耳にそっとかけた。小さな桜色の唇と長い睫毛が影を落とす血色のよくなったピンク色の頬、どれも、見知ったものだ。
絹のような肌に触れてその顔を持ち上げる。…ああ、やっぱり。
「…どうして君なんだ、…ナマエ…!」
悲痛なマグナスの声に全身を鎧で包んだナマエの肩がぴくりと跳ねるが、まるで生気を失ったような彼女の瞳はじっと地面に転がった大剣を見つめたままで口を開こうとしない。
鎧を覆う新緑の生地が風に揺られてはたはたと小さく音を立てている。耳から輪郭をなぞる様に滑らせた指先が自分で分かるほど冷たくて痛い。うなだれた顔を片手で持ち上げればそれは簡単に持ち上がった。
手のひらをかすめる甘栗色の髪がするすると滑り落ちていく。その何度も見慣れた光景に思わずマグナスは息を吐き出した。
「………探したんだ、すごく。………会いたかった」
眉間に皺を寄せながら絞り出したマグナスのかすれた声が静かな古城に響いた。右手を抑えるナマエの左手が微かに震える。剣を手から離して震えているナマエの小さな手に触れれば、彼女の手も驚くほど冷たかった。
「……グ…ナ、……」
「…え…?」
蚊の鳴くような彼女の声に弾かれたように顔を上げたマグナスは目を見開いた。相変わらず生気のない瞳でじっと地面に転がった大剣を見つめているナマエの瞳からは涙がとめどなく流れていた。
差し込む日の光で銀色に照らされたそれはマグナスの手のひらを伝ってするすると腕を滑り落ちるとぱたぱたと軽い音を響かせて地面に染みを作っていった。甘い香りが鼻をかすめる。
「マグナ…ス…」
ゆっくりと持ち上げ垂れたナマエの瞳に少しずつ光が差し込んで行く。オレンジにも見えるその瞳がゆらゆらと揺れて瞬きをするたびに涙が頬を伝って零れた。
たまらず涙でぐちゃぐちゃになったナマエの頭を抱えて引き寄せる。強く抱き締めてやると彼女が顔を埋めている肩口から嗚咽が聞こえだした。頬にあたる彼女の髪が心地良い。そこから香る彼女の香りも。全部。
「…ごめ、な、さ……、ごめんなさ…い…」
右手を抑えたままナマエはマグナスの肩に額を押し付けた。何度も謝罪を口にする彼女に同じように何度も首を横に振って彼女の感触を確かめるマグナスは静かに瞳を閉じた。が、
「だめ、なの………」
「……ナマエ…?」
「その剣を掴んだら……でも、だめなの…その剣を持ちたくて…仕方、ないの…!」
全身が震えあがあった。右手首を強く抑えていたのは負傷したからじゃなかったのか。ナマエの両肩を掴んで少し自分から離して顔を覗き込むと何かに耐えるように強く瞳を閉じていた。
「マグナス…わたし、こわいよ…!このままじゃ、マグナスのこと…」
ナマエの右手首を掴む力が強くなる。大きく空いた窓から入り込む風が一度だけひゅう、と音を立てて彼女の鎧の装飾で遊んで消えた。もう一度強くナマエを抱きしめたマグナスの耳にか細い声でナマエがそっと囁いた。
「 」
マグナスの表情がすぐさま強張ってナマエの身体を強く抱き締めたマグナスに苦しそうに一度だけ声を上げたナマエは苦笑いを零して肩に再び額を押し付けた。
「……ごめ…ね、……だけど、おね、がい…」
マグナスの服に顔を埋めたせいでくぐもったように聞こえるナマエの声が震えている。
どうして、こうならなければならないんだ。
腕の中のナマエを強く抱きしめながら天を仰いだマグナスの右手は彼女から離れて床に落ちた剣へと伸ばされた。瞬間、ぐ、と服の袖を掴まれて引き戻されて左頬に柔らかい何かが押し当てられた。
「背の高い人は、頭をなでてもらったこと、少ないんだね」
「なんだ、突然」
じゃれるようにマグナスの首に腕を回したナマエに、くすくすと笑うマグナスは彼女の額に唇を落とした。頭を撫でてほしいのか、と小さな甘栗色の髪に触れるようにそっと頭を撫でてやると、腕の中の彼女は少しだけ抵抗した。
「ち、ちがうの。わたしじゃないの。…ほらマグナス、腰曲げて?」
「…?こう?」
名残惜しそうにナマエの体から離れたマグナスが彼女に言われるままに腰を曲げると、頭を差し出すような姿勢になる。
すぐに軽く何かが頭に乗ったのを感じて瞳だけを持ち上げると、それは幸せそうに微笑んだナマエがいて目が合った。
「…よしよし。マグナス、いつもお疲れ様。ありがとね」
「…」
微かな心地良さがマグナスを包んだ。もういいよ、と微笑んだナマエに従って背筋を伸ばすと、さっきまですぐ目の前にいたナマエが一気に遠くなった。
後ろで手を組んで満足げにこちらを見上げるナマエが可愛らしい。
「こんなに気持ちいいこと、ちょっとしか経験したことないなんてもったいないよね」
「…そう、だな」
「…ね、マグナス」
曖昧に微笑んだマグナスに、それでも満足げなナマエは彼の服の袖を掴むと出来る限り背伸びをして頬にそっと口付けた。
「ありがとう。…愛してる」
嬉しそうに微笑んだナマエはそれだけ呟くと静かに瞳を閉じた。
Have me for you.
Because it is favorite you in the world,please,please find happiness.
But,to tell the desire,please do not forget it.
Please employ me in your memory only a little.