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なんて優しい、だけど切ない、夕焼けにも似たその瞳


「…ぼく、迷ったんですか?」



人通りの多い繁華街で、ぽつんとひとり佇む少年がひとり。本屋の前でむくれた表情でただ立っていた。いつまで経っても動きそうにない少年にどうしようかと一瞬迷ったがどうにも放っておけなかったナマエは思い切って声をかけてみた。


腰ほどの身長しかないこの少年は今にも泣きだしそうにも見えて、ナマエはその場にしゃがみ込んで少年と視線を合わせるとできるだけ警戒させないように、と微笑んだ。



「…違う。気付いたら弟がいなくなってたんだ」
「おとうと?一緒に来てたんですか?」
「…」



あたりをざっと見渡したところで、この少年と同じくらいの年ごろの子供は皆親子連れで楽しそうにきゃっきゃと笑い声をあげている。


ぎゅ、と強く服の裾を握りしめて泣くのを耐えているように見える少年に、振り返ったナマエは微笑んでその小さな肩に手を差し伸べると、びくりと大きくそこが跳ね上がった。



「ごめんなさい、ビックリさせちゃったかな…。…あのね、実はわたしも迷子なんですよ」
「…おまえも?」
「はい、恥ずかしいけど前にも何度か…。それで、一緒に来てる人と待ち合わせ場所決めてるんです」



少年の為にこの場を動くべきかどうか迷ったが、なんとなく一緒に来ていたダンテと合流するべきだと判断したナマエはなんとか少年の顔色を伺いながら続けた。



「そこに行ってみませんか?君の弟君も、もしかしたら一緒かもしれませんよ」
「…いなかったらどうするんだよ」
「うーん、なんとなく、そこに行ったら会える気がするんです」
「…」



我ながら説得力がないな、と自傷しつつ未だに疑いの眼でじっとナマエを見つめる少年に微笑みかける。なんとか応じてくれたのか少年は無言でナマエの隣に寄り添った。



「…いなかったらいっしょにさがせよ」
「はい、もちろん。みんなで探しましょう。…大丈夫、きっと待ち合わせ場所に居ますよ」



心なしか少年の表情も和らいだように見えて立ち上がって遠慮がちに差し出したナマエの手を少年もまた遠慮がちにそっと握りしめた。



「そうだ、君の名前は?」





* * *






「…ああ?迷子だ?」



ナマエとはぐれてすぐ。ぐずぐずと今にも泣き出しそうな少年に鉢合わせてしまったダンテは放っておく事も出来ずに後頭部をがしがしと掻きながら目線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。



「おにーさん、おれのにーちゃん、…みなかっ…、た?」
「見なかったもなにも、お前の兄ちゃんを知らない」



ずび、と鼻を鳴らして嗚咽交じりに尋ねる少年にどうするべきか分からないダンテは思った通りに口にしたのだが、それを聞いた少年はまさにどうしよう、とでも言いたげに潤んでいた瞳をさらに潤ませてこちらを見つめてきた。



「ちょ、おい、泣くなよ坊や」
「おれがひとりでうごいたから、にーちゃんいなくなっちゃったんだ。…にーちゃん、にーちゃん」
「おいこら、泣くな!おい!」



大粒の涙をぼろぼろと零しながら兄の名前を口にする少年にわたわたと両手をばたつかせながら必死に泣き止ませる方法を考えるが若干パニックの起きている頭は回転することもなくダンテは大きくため息を吐き出すと「ああ!」とさらに大きく声を漏らした。



「俺のツレも迷子なんだ」
「………、おにーさんのつれ、も?」



一瞬泣くのをやめて流れっぱなしだった涙を拭いつつ首をかしげる少年に、ほっと胸を撫でおろしたダンテは苦笑いを零して小さな少年の頭をわしわしと雑に撫でた。



「待ち合わせ場所を決めてあるんだ。そこまで行こうぜ。もしかしたらお前の兄ちゃんもいるかもしれないぜ」
「…ほんとに?」
「…たぶん」



以前待ち合わせ場所を決めていざ案の定迷子になった名無しさんを待って何時間も待ち合わせ場所で待った覚えがあるダンテには強く頷く事も出来ずに曖昧に言葉を濁した。不安に揺れる少年の瞳から視線をそらして小さな手のひらを引くと、いつもより歩調を緩めながら歩くダンテの手を少年はきゅ、と握り返した。



「レビ!」
「にーちゃん!」



待ち合わせ場所に着いた途端弾んだ声と共にダンテの手を握っていた小さな手を離して駆け出した少年はまっすぐベンチに座る名無しさんの方へと駆け出していた。


やれやれ、と大きくため息を吐き出したダンテもゆっくりと少年の後を追って足を進めると、徐々に申し訳なさそうな顔で微笑んでいるナマエと目が合った。



「…ごめんなさいダンテ。まさかまた迷子になるなんて…」



しゅんとしたナマエの頭をそっと撫でたダンテはどっかりと彼女の隣に腰を下ろして目の前で再会を喜んでいるふたりを見やった。



「いや、俺も少し夢中になり過ぎた。…それにしてもまさかほんとに兄貴連れてるとは思わなかったぜ」
「あ、エリオットのことですか?ほんとですね、すごい偶然です」



ダンテに続いてふたりを見やるナマエは「よかった」と安堵のため息を零しながらとても暖かな瞳を見せた。強気そうなダンテの連れていた少年の兄、エリオットは大きな声で弟のレビを叱っているようだったがどこか嬉しそうだ。


やいやいと言い合いにもならないようなやりとりをしているふたりを、どこか寂しそうに見つめるダンテに気付いたナマエは僅かにダンテに近付いてベンチに座り直すと大きな彼の手の上に自分の手のひらを重ねた。目の前でエリオットとラビが騒いでいるにもかかわらず自分たちの周りの空気だけとても静かなような気がしてダンテは瞳を閉じた。


そんなダンテの様子に心配そうに、でも微笑んだナマエも同じように瞳を閉じた。さわさわと揺れる心地の良い風がふたりの頬を掠めて、髪を撫でて消えていく。








「ナマエ!おいナマエ!」
「…えっ!?えっ、あ、は、はい!」



どれくらいそうしていたのだろうか。眠ってしまったわけでもなくただそのままずっと瞳を閉じていた名無しさんとダンテにエリオットがどうしたのか、と声を上げるとナマエはビクッと一瞬体を弾ませてわたわたとダンテから手を離して元々座っていた位置に座り直した。



「おれら、母さんとの約束の時間があるから帰るよ」
「え、え!え!二人だけで帰れますか?送りましょうか?」
「ここからの帰り道ならわかる。たすかった」
「ふたりともありがとー」



照れているのかそっけない態度で短く頭を下げたエリオットと、その隣で無邪気に笑っているレビの手はしっかりと繋がっていてナマエは自分を落ち着かせるように大きく息を吸い込むとにっこりと微笑んだ。



「それなら安心ですね。もう、離れ離れにならないようにね」
「ああ。…………あのさ、ナマエ」
「はい?」



照れた様子で目を合わさないままエリオットはナマエの服の裾を握りしめて何やら言い出しにくそうにもごもごと口を動かしているのを見て隣でふたりの様子を見ていたダンテが「ははーん」と零しながらにやにやとエリオットの顔を覗き込んだ。



「なんだよ!」
「別に?」



悔しそうに奥歯を噛みしめるエリオットの後ろでレビが、その前では微笑んだままのナマエがほぼ同時くらいに首を傾げた。


エリオットに近付けた顔を離したダンテはふんぞり返る様にベンチの背もたれにもたれかかるとわざとらしくナマエの肩に自分の腕を回した。



「だっ、ダンテ!」
「おい、こら!手離せよ!」
「やだねー」



腕の中でじたばたと暴れるナマエの肩をしっかりと掴んで舌を出しながらわざとらしくそういうダンテに、たまらずエリオットはレビと繋いでいた手とは反対の手で彼女の手を掴んだ。



「あっ、エリオット?」
「また会ってくれよ。おれたちよくここ来るんだ!」



少々驚いた表情で固まっていたナマエだったが、すぐににっこりと微笑んで「はい」と柔らかな声色で深く頷いた。満足したのか少しだけ頬の筋肉を緩めたエリオットはレビの手を握り直すとくるり、と踵を返した。


そんなエリオットの後ろで何か言いたそうなレビは兄にずるずると引っ張られながらちらちらとこちらを見ている。ダンテの逞しい腕が巻きついたままナマエはどんどん離れていくふたりに手を振ると、嬉しそうに笑ったレビは開いた手を大きく振りかえしてくれた。










「…ダンテ。もう日が落ちちゃいますよ」
「…」
「お店閉まっちゃいますよ」
「…」
「エリオットとレビ、また会えるといいですね」



もうどれくらいそうしているだろうか。あたりを真っ赤に染めていた夕日もすっかり沈みかけて薄暗くなっているというのにナマエの肩に頭を預けたまま何も言わなくなってしまったダンテに、ナマエは嫌がるわけでもなくぽつぽつとダンテにそっと話しかけた。


寝ているわけではないことは分かっている名無しさんは肩に乗せられているダンテの頭に頬を摺り寄せると、背中を回って反対側の肩を抱いてくれているダンテの手がぴく、と反応した。



「…ナマエ、」
「はい」



ナマエの頬に触れるダンテの銀の髪がさらりと揺れてナマエの肩を掴んでいる反対の手で彼女の頬に触れたダンテはぐぐ、と頭を持ち上げて桜色の小さな名ナマエの唇に噛み付くようなキスを落とした。



「……、ダンテ、帰れますか?」



唇を離してこつん、と額をくっつけてナマエは真っ赤な顔で呟いた。目の前に広がるダンテの綺麗なブルーの瞳に思わず心臓が早鐘を打つのを感じてこくんと唾を飲み込んだ名無しさんに、ダンテはくすりと笑みを零して一度強く彼女を抱きしめると素早くベンチから立ち上がった。





(ああ、帰ろうぜナマエ)
(はい。今日は取れたてのトマトがあるんですよ)


お題提供:構成物質

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