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I was happy I met you.(時)


聞き取れない程度に、と気を付けてため息を吐き出した。




耳に届く小鳥たちのさえずりが心地良い。すがすがしい朝の空気に珍しくすんなりと起きることが出来たナマエはベッドから上半身を起こすとぐぐっと体を伸ばした。

朝食は何にしようかな。伸び切った体を戻してベッドからゆっくりと両足を下ろす。少しだけ冷たい床が気持ちいい。


「……ん、……ナマエ?」
「あ、……そっか、リンク今日おやすみだったね」
「どこ、いくの…?」
「朝ごはん作りに行くんだよ。リンク、何かリクエストある?」
「…ナマエ…」
「ばか」


しょぼしょぼしているらしい目をこすりながら、もう片方の腕を伸ばして腰を掴んできたリンクの頭を軽く小突いてやる。


「いつも頑張ってるねぼすけさんは朝ごはんが出来るまで寝てなさい」
「……やだ。ナマエの傍に居る」
「ねぼすけさんだけじゃなくてあまえんぼさんもでしたか」
「ナマエー…」
「はいはい」


もう片方の腕も伸びてきて腰を掴まれる。これでは朝食が作りに行けないと言った物の、リンクは離してくれそうにない。

短くため息を吐き出して抱き付かれたまま、大きくて逞しいリンクの腕に触れたナマエはまるで子供をあやすように、太陽のようにきらきらと輝く金の髪をそっと撫でながら瞳を閉じた。


「りーんくさん。今日はすごくいい天気ですよー」
「んー…」
「お魚釣り放題かもしれないね」
「うんー…」


甘えるようにナマエの腰に額を押し付けるリンクに思わず笑みがこぼれる。そういえば、時の勇者として戦いに明け暮れていたあの時も、寝坊助なんて可愛らしい相棒にどやされてやっと起きていた。

母親のような、お姉さんのようなそんな彼女の存在がナマエも大好きだった。今でも、ふとした時傍を悠々と飛び回っているのではないか、と思ってしまうほど。


「リンクがお魚釣ってくれたら、今夜は塩焼きだね」
「…今夜なの?」
「朝食に間に合うように釣れる?」
「…むり、だ…」


やっと少しずつ会話できるようになってきたリンクにナマエは笑みを崩さずに優しい力でその頭をきゅっと抱き締める。

自分の体と、リンクの金の髪の隙間から長いまつげが見える。頬に影を作ってふるふると揺れるそれを見るたび、どうしてこんなに綺麗なのかと文句を言ってやりたくなる。

リンクの大きくて逞しい体から腕を離してその綺麗な顔を覗き込んでやれば、へにゃりと微笑んでナマエの体を解放した。


「もう少し寝てたらどう?それからお魚釣りに行ったら?」
「うーん……やっぱりナマエの傍にいる」
「そうですか」


ベッドから立ち上がってベッドに一番近い窓を開ける。そこから入り込むすがすがしい朝の風に目を細めるとナマエは薄いカーディガンを引っ掛けてキッチンへと足を進めた。

目の前を通り過ぎる白いナマエの足を見送った後、ベッドに潰れるようにして寝転んでいたリンクもむくりと上半身を起こすと寝癖だらけの頭を軽く手櫛でといて立ち上がった。


「今日はお庭の畑で育ててた野菜がいい感じに育ってくれたから、サラダするね」
「へえ、あの畑の野菜うまく育ったんだ」
「そうなんだよー。やっぱり自分で作ってみると感動が違うね、食べるのが楽しみ」


そう言ってくるりと一回その場で踊るように回って見せたナマエにリンクが苦笑いを浮かべる。自分と大して変わらない時間帯に起きたというのにどうして彼女はこんなに元気なのだろうか。

こちらでも先に来ていたナマエが開けたのか窓の隙間から心地良い風がカーテンで遊んでいる。

その先に広がる青い空に思わず瞳が惹きつけられた。


「…久しぶりに見た気がするな…」
「なにか言ったー?」
「なにもー」


飽きるほど草原を駆け回って、嫌と言うほどこの青空を見上げていた。世界は大変な事になっているというのに、空だけは平和にコキリの森で過ごしていた頃と何も変わらなくて。

ひとつカーテンが大きく揺れて、窓の先に広がる景色が鮮明に見えた。ゆるゆるとその窓の傍に置かれたソファの端に横向きに腰掛けてあの時と同じように空を見上げる。

真っ白で柔らかそうな雲が目の前を通り過ぎていく。


(あれ、この前ナマエが見てた本に載ってたカボチャに似てる。)


本の前で強く意気込んでぐっと拳を強く握りしめていたナマエの姿を思い出してリンクの頬の筋肉が緩んだ。

思えば誰かが掘った小さな穴に旅の途中で出会った豆売りから買った豆を植えて目が出るのを楽しみにしていた頃を想えば少しは成長したものだと思いたい。

自分より少し上を見る癖も今ではすっかり治ってしまった。しまった、なんて名残惜しいような言い方で笑ってしまうが。


「ごめんねリンク、ちょっと味…見…」


キッチンに立ってリンクに背中を向けていたナマエが小皿を持ってくるりと振り返るとソファに座りながら静かに窓の外を眺めるリンクの姿が見えて思わず息を飲んだ。

何て綺麗な横顔なんだろう。カーテンと同じく風に遊ばれている金の髪がゆらゆらと揺れているその姿を見て思わず手から小皿が抜け落ちそうになった。

慌てて受け止めたが、小皿に残っていたスープが僅かにスカートに跳ねて染みを作ってしまった。


小皿を机の傍に置いて窓の景色を眺めるリンクにゆっくりと近付いていく。ナマエが踏んだ床がきしんで軽い音を立てるが、リンクは全く気付かない。

数メートルの距離でナマエが手を伸ばすと、風に靡いたリンクの髪が先に触れる。さらさらと柔らかい髪が僅かにくすぐったい。


「ナマエ?ごめん、話聞いてなかっ…」


囲うようにして包んだリンクの頭をそのまま抱き締めて胸元に押し付ける。くぐもったリンクの抗議の声が聞こえるが、聞こえないふりを決め込んだらしいナマエはそのままリンクの頭に頬を乗せると静かに瞳を閉じた。


「……ナマエ?」
「…うん、少し、休憩」


柔らかい風がふたりを包む。うっすら目を開ければリンクが見ていた窓の向こうが見える。いつもと変わらない景色がなぜかいつか見た景色に重なるような気がして少しだけ強く腕の中のリンクを抱き締めた。


「………たまにもらえる休暇ってどうしたらいいか分からないな」


ナマエの腕にそっと触れる。力の弱まらないそこに、今度はリンクがあやすようにとんとんと一定のリズムで。

リンクの頭に置いていた頬を、摺り寄せるように押し付けると擽ったそうな笑い声がこぼれた。


「俺、今のところしたい事ないんだ。だから、今日は一日ナマエの傍でいろんな手伝いをさせて。あと、魚釣りは一緒にしよう」
「…わたしのほうがお魚いっぱい取ってやるんだからね」
「俺も負けない」


ナマエの腕に置かれていたリンクの腕が背中に回る。優しい力で抱き締められてナマエの体の力が少しだけ抜けたように感じる。


「リンク……さみしい?」
「なんで?」
「……なんとなく」
「あはは、なんだよそれ。ナマエが居てくれるのに寂しいと思うわけないだろ?」
「…うそ、いわないでね」


押し付けた頬を移動させて額同士をくっつける。目の前に広がったふたつのリンクの青空のような瞳がまっすぐナマエをとらえた。


「うん、嘘は言ってない。けど、ナマエが言いたい事は大体わかってるし、ありがとう」
「…それなら、いいの。」
「…もう、ほらナマエ。笑って」
「無理だよ。そんな急に…」


体に回されていたリンクの手が離れて無理矢理お互いの体の隙間を縫ってナマエの両頬を摘まむと口の端を無理矢理上へと持ち上げられてしまった。

いやいや、と首を横に振ったところでリンクの手は離れてはくれない。


「…ごめん。不安にさせたよな」


短い沈黙の後、ナマエの頬から手を離したリンクがそっと柔らかく抱きしめた。


「リンクがつらくないなら、わたしは平気」
「ナマエも寂しがりな癖にな。心配ばっかりさせてごめんな。…俺、もっと強くなるよ」
「何言ってんの。リンクはもう十分強いよ。…ね、スープの味見してくれる?作りかけだったの、忘れてた」
「ん、じゃあちゃちゃっと済ませて魚、釣りに行こう」


ふわりと窓から入り込む柔らかい風ふたりを包むようにして消えてゆく。耳をすませば、しゃらしゃらと光が通り抜けるような音が聞こえる気がして思わず微笑み合った二人はソファから立ち上がるとキッチンへの短い距離を手を繋いで歩いた。



I was happy I met you.
(君以上はどこを探してもきっといない。)

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