ZZZ | ナノ

Take my hand and come with me.


穏やかに流れ始める周りの仲間たちの時間。まだまだ終わりの見えない戦いのさなかでほんの僅かでも感じるこうした時間はとても貴重だ、と思う。


何時もよりも幾分か暖かく感じるこの季節はどうにも眠気にやられる。何時もの通り倉庫内の在庫を確認したナマエが、この後何をしようかと軽い足取りで中庭を歩いていると、さわさわと爽やかな風を感じて思わず立ち止まった。


「……あれ、」


中庭の端の丁度日当たりの良さそうな場所に立つ大きな木の下でゆらゆらと風に靡くエメラルドグリーン。


全身をそちらに向けて目を凝らしてみれば、見慣れた大剣は木に立てかけられて絶妙なバランスを保っているし、その横では僅かだが金色の髪が揺れている。


まさか。駆け足でそれに近付いたナマエは思わず声を漏らしそうになった口を両手で押されると出来るだけ音を立てずに隣にしゃがんだ。


暖かい風に包まれて揺れる前髪が太陽のようにきらきらと輝いていて、その隙間からは長いまつ毛が影を落としている。ゼテギネア帝国を救って、更にこのパラティヌスまでも平和へ導くために大きな手助けをしてくれていたこの人物は、信じられないほど穏やかな、少年の様な顔で眠りについていた。


このままここで寝かせていいものなのだろうか。寝顔に見惚れつつ何とか我に返ったナマエはすうすうと静かに寝息を立てているデスティンにどうしたものかと首を傾げた。


「…デ…、デスティンさーん…。こんなところで寝てると風邪引いちゃいますよー、起きてくださーい」


恐る恐るその耳に口を近付けて呼んで見たがこんな小さな声じゃ起きるわけがないよな、と自分で自分を突っ込んでみる。


案の定先ほどと変わらず寝息を立てているデスティンを見てナマエはため息を吐き出した。


「…ちょっとだけわたしも休憩しようかな」


これ以上彼を起こしにかかるのは多分自分にはまだできないだろうから。ならばせめて、彼が寒そうな仕草を見せた時にすぐ反応できるように、とナマエは頷きデスティンと同じように木に背中を預けるとぺたりと座り込んで両足ー投げ出した。


昔の自分では想像できなかった行為だ。そう考えると、本当に穏やかになったものだ。


「……ゼノビアに帰ってしまうんですよね」


寝ていることを良い事に、体重を背中の木に預けたまま空を見上げたナマエが何と無く呟いた。さわさわと耳元で風が爽やかな音を奏でる。


「わたし、聞いてないです。…もしかして黙って行くつもりでした?」


これからのパラティヌスをマグナスに託したデスティンの話しは風の噂でどこからか耳にした。

こんなに穏やかな時間が流れているというのに、貴方はまだずっとずっと先のことを考えている。


「そんなの、ずるいです。何も言わないとか、ずるい」


ぎゅ、と服を掴んで握り締める。ふるふると震え始めた両手と、ツンと鼻先が痛みを覚える。


「……あまりそんな顔をするな…」
「っ!」


寝ていたと思っていたデスティンが突然上半身を起こしてナマエを見上げていた。しまった聞かれた。そう思うが早いかその場から逃げ出そうと立ち上がった彼女の手を、デスティンはとっさに掴んだ。


「…は、離してください。わたし用事思い出しました」
「嘘を言うな」
「う、嘘なんかついてません!」


ぶんぶんと無我夢中でデスティンの腕を振り払おうとしているナマエを落ち着けようと反対側の腕も掴んでその顔を覗き込もうとしたが、彼女は口を尖らせてそっぽを向いてしまった。



「…ゼノビアからここまでの距離は言うほど遠くないだろう」
「遠いです!わたしにとっては!何日かかると思ってるんですか?!いえ、何ヶ月…!わたし、まだデスティンさんに背中を預けてもらったことなんてな…ん!ぅう…!」



ぎゃあぎゃあと騒ぐナマエの腕から手を離して後頭部を抑えるようにしたデスティンがその唇にそっと唇を落とした。


ゆっくりと唇を離したデスティンに、名残惜しくてナマエから唇を寄せると、後頭部にあったデスティンの手はするするとナマエの髪を撫でるように伸ばされた。



「ん、…ず、るい…」
「…ナマエ。私が君に何も告げなかったのはどうしてだと思う?」
「わかりません、そんなの…!」



抵抗を忘れたナマエの頭をそのままぐい、と自分の胸に押し付けたデスティンは膝の上で強く拳を握っているナマエの小さな手を見つめた。


次第にデスティンの耳にナマエの嗚咽が届き始める。必死に声を押し殺している彼女に、どうしたものかと気付かれないように苦笑いをこぼした。



「……ナマエ。私と一緒にゼノビアに来る気はあるか?」
「はい……え?」



そこまで言ってはたりとナマエの動きが止まった。今なんて。首を持ち上げてデスティンを見上げると、それはそれは甘い笑顔でデスティンが微笑んだ。



「パラティヌスを離れることになる。蒼天騎士団の皆とは当然会えなくなるぞ」
「…え?……え、え?」
「私は君を連れて行きたいと思っているよ。ナマエ…君はどうだ?」



常盤色の瞳がまっすぐ自分を見つめている。日の光に照らされてきらきらと光るデスティンの金の髪がまるで宝石のようだ。


逞しい胸板に顔を押し付けたナマエは一呼吸置くと自分の後頭部に置かれたデスティンの手に触れた。



「連れて行って下さい。…貴方が居ないのは、耐えられません」
「ふふ、やっぱり実際に言われると嬉しい物だな」





Take my hand and come with me.
(手を取って、一緒に行こうよ)


構成物質

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