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I didn't know the way to keep you from me.


ふりふりと揺れるリボンと、甘栗色に輝く髪に思わず視線を奪われた。


あれは、あの姿は。いやそれよりも何故一人なのだ。





I didn't know the way to keep you from me






「こら、ナマエ。こんなところで何をしているんだ」
「きゃっ…」
「マグナスはどうした?一緒に来ていないのか」


賑わしい城下の商店街を抜けて大きな広場に出た先で見覚えのある後ろ姿を見つけた。広場の中心にある噴水の淵にちょんと腰掛けるその姿はまさにナマエそのものだった。


城下へ遊びに出る時は必ずマグナスや他の仲間たちと出ている彼女が何故。


慌てて呼び止めるためにその華奢な腕を掴んだデスティンの耳に、彼女にしては少々珍しい悲鳴が届いた。



(きゃ?)



つかんだ腕をそのままに、デスティンが首を傾げると、間も無くその腕は強く払われた。



「…ひ、人違いです…!」



柔らかい声はナマエに似てはいるが、何処か違和感がある。デスティンの腕を振り払った際にわずかに聞こえたしゃらしゃらと言う何かがこすれ合う音が響いて、目の前を甘栗色の髪が横切った。


桜色の唇が髪の隙間を覗いて見える。ふわりと風が吹いて、二人の間をすり抜ける風はデスティンが望んだ花の香りは運ばれなかった。


真っ白い肌に浮かぶ少し釣りあがった二つの瞳はオレンジ色ではなく澄んだ空のように真っ青だ。



「す、すまない…後ろ姿がよく似ていたから…腕は痛むか?」



申し訳なさそうに表情を浮かべるデスティンに女性はやんわりと首を横に振った。



「いえ、大丈夫です」
「君は…こんなところで何をしているんだ?」
「私踊り子なんです。ほら」



しゃらり、軽く心地の良い音を響かせてその場で身を翻して見せた彼女の衣服はよく見ればあちこち薄く透けて見えた。


慌ててデスティンが視線を逸らすのを見て、彼女はほんの少し目を見開いた後すぐににこりと微笑んだ。


甘栗色の髪から覗く耳には絡まってしまうのではないかというほどの数のピアスがぶら下がっている。しゃらしゃらと音を響かせていたのはこれか。



「…貴方は軍人さんですね?」
「ああ、ゼノビアから少し用事でこちらまで来ている」
「軍人さんなのに私の事をご存知ではないなんて珍しい方」
「君はそんなに有名なのか?」



首を傾げたデスティンに同じように彼女も首を傾げた。



「有名…まぁ、そうですね。男性の方なら特にご存知の方が多いかと」



そこまで言われて全て理解したデスティンは赤くなる顔を抑えてそうか、とだけ答えると彼女から再び視線をそらした。


確かに、後ろから見る彼女の服装よりも、前から見る彼女の服装は何処かその白い肌が透けて見えるような気がする。踊り子ならば当然かとは思っていたのだが。



「…ふふ、その反応本当に珍しいですね。普通の男性ならば私のような人間を捕まえれば目の色を変えるというのに」
「皆が皆そうではないだろう」
「こんなご時世です。”そうではない人間”の方が珍しいと思いますよ?」
「…まぁ、それもそうか」



くすくすと静かに口元に手を当てながら笑う彼女は本当に綺麗だと思う。これでは確かにそこらの男性ならば惑わされかねないだろう。


二人の間に暫くの沈黙が訪れた。彼女の真後ろにある噴水の音と、それに群がって遊ぶ子供達の無邪気な声がデスティンと女性の耳を擽った。



「…ところで、軍人さんは私に何か御用ですか?」
「いや…」
「軍人さんもどなたかと待ち合わせですか?」
「いや…私は城へ向かうつもりだっただけだ」



そこまで言ってデスティンが眉を顰める。



「その呼び名は余り好ましくないな」
「…では、何とお呼び致しましょう?」



上目遣いで首を傾げる彼女は本当に可愛らしい。艶やかに光る桜色の唇には思わず吸い込まれそうになる。



「デスティンだ」
「素敵なお名前ですね」
「君の名は?」
「私の名前なんて聞いたところで、貴方はすぐ忘れてしまうでしょう?」



首を傾げたままそう言って身を翻した彼女は噴水の向こう側で遊ぶ子供達を見渡したままゆっくりと瞼を閉じた。長くふさふさの睫毛が彼女の頬に影を落とした。


デスティンの視界に映る甘栗色の髪は風に遊ばれてさらさらと揺れる。そのたび覗くピアスにデスティンは気付かれないようにため息を吐き出した。



「嫌味な奴だな」
「ふふ。ではデスティンさん。私はこれから約束がありますので」



一度デスティンを振り返った彼女はふわりと微笑んで大きく一歩を踏み出した。その先でこちらの様子を伺っている一人の男性の姿が見える。


デスティンの目の前を甘栗色の髪が日の光を反射しながら横切って行く。しゃらしゃらと音を奏でて通り過ぎて行く細く華奢な腕に気付けば思わず腕を伸ばしていた。



「…私をよく見てくださいデスティン様」



腕を掴まれたまま振り返りもせずにゆっくりと吐き出された彼女の言葉は、何処か震えているように聞こえる。


はっとしたデスティンだったが、掴んだ手をそのままに振り返らない彼女の後ろ頭をじっと見つめた。



「私は…あなたの間違えたその娘に似ていますか?」



しゃらりと音を響かせてゆっくり振り返ったその空色の瞳はまっすぐに常盤色の瞳を見つめている。


彼女の全てがデスティンを吸い込んでしまうような錯覚に陥る。掴んだ細い腕に少しだけ力を込めたデスティンはこくんと喉を鳴らすと、固まっていた表情を少しだけ歪ませて無理やり笑顔を作った。



「いいや…。全然似てないな。見た目も、立ち振る舞いも、思考も全て」
「…そう」



ゆるゆると、彼女が瞳を伏せる。美しい。本当に。長い睫毛も、その睫毛が落とす影すらも。



「なら、良かった…」



一呼吸置いて苦笑いと一緒にそう言った彼女は掴まれていないもう片方の手でデスティンの分厚い手袋に包まれた手に触れてそっと離す。


もう一度全身でデスティンに振り返った彼女は甘栗色の髪を軽く耳にかけるともう一度可愛らしく首を傾げた。



「…私も、君が彼女に似ていなくて本当に良かったと思っているよ」
「嫌味な人」
「…初めて言われたよ」



優しく払われた手をそのままに、彼女に釣られて苦笑いを向けたデスティンの横を、先程まで噴水に群がっていた子供達が駆け抜けて行く。



それを見送った彼女は、デスティンに一度だけ視線を向けると肩をすくめて何度目かの身を翻した。



「私も、貴方みたいな人初めてです」
「覚えてもらえたかな」
「さぁ?どうでしょうね。…でも、」



しゃらしゃらと彼女のピアスの音がする。次第に遠ざかるその音がどこかデスティンの胸を締め付けるようだった。



「またお会いできたら、次は私の名前を教えて差し上げます」
「…覚えておくよ」



振り返らずそう言い残した彼女は、デスティンの言葉を聞いてすぐ小走りに男性の元へと駆け出して行った。


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