(丸井)

「こ、これ……!よかったら食べてください!」


今日はもう何度この光景を目撃しただろう。登校してからというもの、校舎のあちこちで告白の現場を見かけている。


「はあ〜〜うちのテニス部のバレンタインフィーバーは毎年毎年すごいねえ。」


昼食をとるため、一緒に中庭へと向かう友人が溜め息を吐く。

そう、今日は2月14日。世界的にも愛の誓いの日とされていて、ここ立海大附属高校でも例外なくお祭り騒ぎ。特に友人の言うテニス部員はファンも多く、みんなこぞって彼らへチョコを贈っているようだ。

……なんて、あたしもそんな空気に後押しされたひとりで。


「で、丸井くんにチョコは渡せたの〜?」
「そ、それが……」
「……まだなのね?」


そう、あたしは丸井という同級生にチョコを渡す……つもりなのだ。

2年の頃同じクラスだった彼とは、席が隣同士になった事がきっかけで仲良くなった。と言ってもふざけあえるような関係であり、グループで出掛けることはあっても二人きりで出掛けることは一度もなかった。

あたし自身、丸井に恋愛感情なんて抱いていなかったのだけど、成り行きで友人達とテニス部の試合を応援しに行く事になり、丸井の……なんというか、普段とのギャップにまんまと落ちてしまったのだ。楽しそうで、それでいて偶にどきりとするような、男らしい表情を見せるのだ。

それからというもの、あたしひとりドギマギしつつも丸井は相変わらずで、なんの進展もないまま進級に伴いクラスが離れてしまった。今もすれ違ったらお互い声を掛けるし、たまに冗談も言い合うような仲だ。

けれど卒業を控えて……ラストチャンスだからと、思い切ってチョコレートを渡す事に決めた。お菓子作りなんて普段全くと言っていいほどしないのだけれど、丸井は自分でもよくお菓子作りをすると言うし、柄にもなくお菓子作りの本をたくさん買い込んで、今年に入ってから幾度と練習を重ねた。(その度味見をしてもらっていた友人は何だか少しふっくらしてしまったような気がする……)

そんなこんなで昨晩張り切って作ったのはガトーショコラ。定番だけど、沢山作ってきたお菓子の中で一番うまくできた自信があるんだ。慣れないラッピングもなんとか施したそれは、未だロッカーの中の鞄で眠っている。

呆れたような表情の友人に今年が最後のチャンスなんだからね、と後押しをされて、昼食の時間は終わった。




「……いつ見ても女の子がいるしさあ。」


休み時間の度、ちらりと丸井のいる教室を覗いたのだけれど、いつもタイミング良く女の子達からチョコレートだろう包みを受け取っていて。
非情にも放課後を告げるチャイムが鳴って、ちらほらと部活動へ向かい始めるクラスメイト達を横目に呟く。

……そんなの言い訳だってことはわかっている。でも、丸井と話す女の子達が渡すプレゼントたちはみんな丁寧でかわいらしいラッピングが施されていたし、恥ずかしそうなその表情はみんな恋をしているからなのか、特別かわいく見えた。それに比べてあたしのチョコときたら。


「ぶさいくだし…………」


悩んだ挙句シンプルなものの方があたしらしい!と思っていたブラウンの包装紙も、なんだかすごく粗末なものに見えてしまって。

ああ、なんかすごく、惨めだ。

そう思うと、自然と涙が滲むのがわかった。


「確かに今すげえ不細工だな……お前」
「なっ……ま、丸井?!」


いつの間に現れたのか、クラスが違うはずの丸井があたしの前の席に座って、こちらを覗き込んでいた。

「こんな素晴らしい日にシケたツラしてんのお前だけだぜ」なんて言う彼の手にはたくさんの女の子の気持ちが入っているだろう紙袋が提げられていた。


「……あんたはね、そりゃ、大好きなお菓子がたっくさん貰えただろうからね」
「何怒ってんだよぃ」
「怒ってない」
「怒ってるだろ」
「怒ってない!」


つい大声を出してしまって、あたしははっとした。なにやってんの、これじゃ余計に渡せないじゃん。

また悲しくなってしまったあたしの前に、コト、と何かが置かれる。見ると、バーガンディの包装紙にブラウンのリボンが巻かれた、落ち着いたギフトボックスだった。


「なに、これ……」
「ん、とにかく開けてみろって」


促されるままリボンを解くと、美味しそうなトリュフが4つ。これって。


「この俺が作ったんだから、味は保証するぜ」


そう言った丸井はいたずらな笑顔を浮かべ、トリュフのひとつをあたしの口へ押し込む。


「……ん、おいしい」
「当たり前!」


シンプルだけど、程よい甘みのそれは、心地よく口の中で溶けて。これが手作りというのだから驚きだ。


「で?」
「ん?」
「チョコ。俺にくれるんだろぃ?」
「な、な、なんでそれを……」
「今日何回もうちのクラス見に来てたって、ジャッカルが。」


出てきたのは彼の親友の名前で、嬉しいような恨めしいような、複雑な気持ちを悪気はなかったであろうジャッカルくんに抱く。

それで?とこちらへ掌を差し出し催促をする彼に、あたしは観念して、今日一日ずっと渡し損ねたそれを、その上へのせた。

さんきゅ、と口に出すも、尚も何かを待つような様子の丸井に再度どうしたのか尋ねると。


「何か俺に、言うことはねえの?」


にっこり。

丸井はまた意地悪な……だけど綺麗な顔で笑うものだから。

あたしはどきどきで、どうにかなってしまいそうになりながら、それでもなんとかひとこと言葉を紡ぎ出し、逃げるように教室を去ったのだ。



義理チョコだからね!


(精一杯の強がりをしたあたしと)
(それに気づいた彼の距離が縮まるのは)
(また別のお話)





(2020.2)






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