(不二周助)
『今日は1日中雨が続き――……』
「うそぉ……。」
この季節、毎日のようにこの台詞を聞いている気がする、なんてテレビの中のお天気お姉さんを眺めながら考える。それもそうだ、今は梅雨。“この時期らしく”、毎日のように雨続きだ。
これは、私だけかもしれないけれど。
朝起きて雨の音が聞こえると二度寝しちゃいたくなるし、学校の用意はだらけてしまうし、髪の毛を一生懸命セットするのが馬鹿らしく思えて、なんだかいつもよりだらしない私になってしまう。
今日もそんなだらだらとしたひと時を送り、憂鬱に感じながらも家を出る。
買ったばかりの水玉模様の傘が今日唯一のわくわくだ。
あんまりぱしゃぱしゃ歩くと水が入ってきてしまうので、気をつけながらそーっと学校へ向かった。
次第に同じ制服の人たちが増え、傘もささずに走る男子生徒を何人か見送っていたら、『青春学園』の文字が目に入る。
ようやく校舎へ、という所で背後から優しい声で名前を呼ばれる。
「やあ、おはよう。」 「不二くん、おはよう。」
彼、不二周助くんは、私のクラスメイトだ。いつも優しげに微笑む彼はさながら王子様の様で、女子生徒からの人気はそれはもう高い。
今日もいつも通りふわりと微笑んでいるし、何より、傘をさしてはいるけれど、風向きの具合だろうか、少し濡れた髪の毛がなんだか色っぽい。……なんてぼーっと見つめていたら、いつの間にか目の前に不二くんの端正な顔があった。
「…ね、そんなに真剣に何見てるの?」 「な、な、なんでもないよ……!」
勢いよく首を横に振って否定していると、下駄箱にたどり着いたので、不二くんに当たらないように少し離れて傘を閉じる。軽く振ると、水滴がたくさん落ちてきた。
隣の不二くんも、綺麗な藍色の傘を閉じている。水滴を軽く払い終えた彼と共に自分たちのクラスの下駄箱に向かうと、傘立てに傘を置き上履きに履き替える。
すると、不二くんから、ねえ、と声をかけられ振り返る。
「嫌じゃなければ、このタオル使って。」 「えっ、だ、大丈夫だよ!このくらい!」 「……駄目。女の子なんだから、身体冷やしちゃいけないよ。」
制服や髪の毛がほんの少し濡れているだけなのに、心配してくれている。それでも申し訳ないよと断っていると、「他にも部活用に幾つか持ってきてるから」と言われた。数の心配ではないんだけど。
すると、ふわり、と石けんのようなやさしい香りに包まれる。不二くんのタオルだ。 はじめは恥ずかしくて自分でやるよ、なんて言ってみたけれど、彼は聞く耳を持たない。でもなんだか心地よくて、そのままわしゃわしゃと 不二くんにされるがままになっていると、クスクスと笑い声。
見上げると、不二くんが楽しそうに笑っていた。
「ど、どうしたの……?」 「ふふ、ごめん。すごく幸せそうな顔して、かわいいなって。」 「え、」
爆弾発言すぎる。恥ずかしくて、どうしようもなくて、「え、え、」なんて声にならない声をあげていると、「終わったよ」なんて何でもないふうにこちらへ笑いかけた。それから、ぽん、と私の頭に優しく手をやる。
見上げる不二くんはいつも通り、しかしいつもの何倍も綺麗に微笑んでいて。
梅雨の日の君
大嫌いな雨の日に起きた、 素敵な彼との出来事。
(2017.6)
next
|