善高報道部部長は高嶺の花
初恋
03

 港の視界の中で、楽しそうに笑い合う二つの拳がごつりと音を立てて離れた。
 
「陽輝、悪い、待たせた」
「ああ」

 すっと何の心を残すこともなく振り向いた中原は、まっすぐこちらに向かって来る。港から逸らされることのない視線。いつも通りの光景だ。先ほどまでの数分は悪い白昼夢だったのだろうか。

「部室で編集に入る前にチェックかけよう」
「うん。……いいのか?」
「ん? あ、ああ。ハルか。大丈夫」

 差し出された大きく厳つい手のひらに、港はいつものように手をのせる。

「中学の後輩?」
「ああ、幼馴染。ガキの頃から弟みたいなもんだよ」

 相手の耳元に交互に顔を寄せて囁き交わす。いつも注目を浴びる二人の個人情報を外に漏らさないためにはそうするしかない。二人にとっては癖のようなものだ。

「?」

 ふと感じた気配に振り向けば、一瞬の眼光が港の視界の端が捉えた。

「? 陽輝?」
「……何でもない」

 先ほどの少年だ。中原にハルと呼ばれ、その平凡な顔に太陽のような満面の笑顔を浮かべていた、あの、少年。
 今はもう、何も興味がないかのように黙々とピンポン球を拾い集めてはいるが、間違いない。先程のあの眼光に込められた感情には覚えがある。

 嫉妬だ。

 強く、渦巻くような。

「……ふーん」

 隣を歩く背の高い友人をちらりと見て、港の口角が僅かに上がる。弟と言っていた中原の様子に含みは感じられなかった。ひとりっ子だけれども長男気質で世話焼きなこの男の性格からして、その言葉の通りの存在なのだろう。

 つまり、少年の片思い、か。

 港はそう判じた。どんなに慕っても、弟以上には見てもらえない。せっかく高校も追いかけて来たというのに、だ。そして港は、中原に彼女がいることを知っている。

 可哀想に。

 モヤモヤとわだかまっていた胸の内が弾けて愉快で堪らない。あの生意気な後輩の甘酸っぱい恋心は中原に届くことはなく、きっと叶わない。

 罪な男だね。

 人の不幸は蜜の味だ。それが気に入らない人間であればなおのこと。

 中原に「ハル」と呼ばれて満面の笑みを浮かべていたあの少年が、港の中でおもちゃとして認識された瞬間である。


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