ワンドロ


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第41回お題
『炎』
『後悔先に立たず』
『カウンター席』
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 昼を知らせる放送に席を立つ。ぼんやり歩いていると、目の前に扉が飛び出してきた。

「おや、失礼?」

 技研、こと、開発部技術研究課の真ん前にある打ち合わせ室。そこから、この部課ではちょっとお目にかかれない、高級なスーツを着込んだ男が現れた。

「いえ」
「ん? 松浦? 昼か?」

 室内からヒョイっと首をのぞかせた直属の上司の須王課長が目をしょぼつかせる。一緒に行こうとか、今日の定食は魚の日だとか、くだらない話をしながら立ち去ろうとするが、二の腕を掴む手に引き止められた。

「……何か?」
「松浦君?」
「はい」
「営業部の秋月です」

 存じております。
 モグリだって知ってるだろうってくらいの有名人だ。スマートで切れ者。うちの会社の稼ぎ頭。

「うちのから、松浦君の噂はかねがね聞かされてますよ」
「はあ」
「本当に綺麗な顔、してるんだねえ」

 こちらは知っていても、初対面。当然話したこともない。話したいと思ったこともない。
 取り敢えず、初対面の印象はかつてないほど最悪、と言ったところか。掴まれた腕は痛いし、意味有りげな言葉の選択が神経を逆なでする。

「カウンター席でやり合ったらしいね」

 目が笑ってないとはこういうことを言うのかと、間近にある年の割に若々しい目元を見つめ返す。

「あのバーは私も行きつけなんだ」
「そうですか」
「アレの味はどうだった?」

 声を落とす秋月の目がちかりと光る。

「なかなかだろう? 自慢の部下だよ」
「はあ」

 どうもこうもない。致していないのだから。味見も味見。ぺろっとひと舐めした程度だ。
 どいつもこいつも苛だたしい。
 あんな目立つ事、しなければ良かったと思うが、あれがなければ何も変わらなかっただろう。変わった結果がこれじゃ、散々なんだが。
 掴まれた腕が痛い。あざになったら訴えられるだろかと、気を散らしていると、秋月との距離が開いた。

「また近いうちに話したいね」

 俺はごめんだ。

「君の人となりに興味があるよ。うちはむさ苦しいのが多いから、たまには君みたいに鑑賞に耐えるような子とメシでも行きたいね」

 全力でお断りだ。

 スキのない後ろ姿を睨みつけていると、すっかり存在を忘れていた須王がふひっと変な声を上げた。

「……何ですか?」
「いやー、いいもん見たな、と。こりゃ今日は美味い昼飯が食えるわ」
「はあ」
「あの顔。笑えるよなー。余裕のない中年。嫉妬めらめらーって」

 ぐふぐふと堪え切れない様子で笑う須藤に背中を叩かれる。どいつもこいつも暴力的だ。

「お知り合いですか」
「ん? 秋月?」

 うなづけば同期だと教えられた。

「あっちは部長で、俺は主任に毛が生えたよな課長だけどなあ」

 遅くなってしまった食堂は人で溢れかえっていた。

「まあ。あれだ」

 何とか見つけた空席に二人で座ると、須藤が煮魚を突きながらニヤリと笑う。

「俺の部下で良かったな」
「はあ」
「俺は既にあいつに嫌われきってるから、お前を虐める気はない」
「はあ」

 秋月に睨まれて無事でいたやつはいないからなあ、と嘯く須藤が憎たらしい。

「後は、うちの部長さんが日和らないよう神にでも祈っとけ」

 へにゃりと笑う隣人の顔が脳裏に浮かぶ。次にあったら一発殴らせてもらおうか。
 煮魚を解す箸を口に運ぶ気には、どうにもなれそうになかった。

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