童話体験
にんぎょ姫
現D

立ち上がった斗真が、ゆっくりと雷に歩み寄る。
途中でメガネを外すと、雑多なもので溢れかえっているテーブルの上に無造作に置く。
かつっと小さく硬質な音がして、雷が顔を上げた。

思いの外、近くまで寄ってきていた斗真に、目を見開く。

その頼りない表情に満足感を味わいながらも、斗真は無表情を崩さず、更に距離を縮める。
反射的に身を引こうとした雷の背中がソファに阻まれた。
その事に動揺して雷の瞳が揺れた。

泣きそうな顔をしている。
──きっと本人は認めはしないだろうけど。

一歩近づく度に崩れていく雷の表情に、背筋がぞくぞくと反応する。
この感情は何なのかな。
楽しくて仕方がない。
雷を閉じ込めて、色々とサンプルを取ってみたら解明されるだろうか。



ああ、それは、なんて素敵な計画なんだろう。



斗真はにっこりと笑顔を浮かべて、雷の直ぐ側に腰を落としながら手を伸ばす。

さっと表情が凍りついた雷の喉から、ひゅっと息を吸う音が漏れた。

「ほら、ぴかちゃん、腕、外すよー」

手に持ったペンチを、ちょきちょきとして見せる。
へらっと笑ってみせると、明らかにほっとした雷の緊張が解けていった。

分かり易すぎるよ、ぴかちゃん。
可愛いなぁ。

「おら、早くしろよ」

「いた、いたた。分かったからー」

漸く調子を取り戻した雷が、悪態をつきながら長い足で斗真を蹴った。

攻撃を受けながらも手早く拘束を解く。
これ以上、雷に大人しくしていられると益々調子に乗ってしまいそうだ。

「いいよー」

外した結束バンドを見せると、雷は手首をふって顔をしかめた。

「何か痺れてるし。ほんと、あり得ねえ」

「痕残っちゃった?」

雷の手首を捕まえる。
十分注意したつもりだけど、傷つけてしまったろうか。

「うん、大丈夫だね。良かった」

「…………。」

「…………。」

「…………。」

思いがけず、顔の距離が近い。



「……ちゅ」



思わず触れた雷の唇はとても気持ちが良かった。




「ぁにしやがるっ!!!」

どがっ。

「がほっ!!」

鈍い音と共に斗真の体が横に吹っ飛んだ。



やっぱりメガネをはずしておいて良かった。
斗真は床にキスをしながらしみじみとそう思った。


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