「
童話体験」
にんぎょ姫
起
お誂え向きに月が雲に隠れている。
船内は宴の後の静けさに沈み込んでいた。
人魚姫は、辺りの様子をうかがうと、王子の部屋に体を滑り込ませた。
今から自分がしなければならない事を思うと、心臓が締め付けられたように苦しくなる。
ここに来て、また心が挫けそうだ。
胸に手を置くと、懐に隠し持った獲物の硬さが伝わってくる。
──これを王子に突き立てる……。
自分にそんなことができるのか。
(お姉さま……)
目を閉じると瞼の裏に先程の姉たちの姿が映し出された。
あんなに美しかった豊かな髪の毛は短く切られてしまっていた。
全ては自分の為。
心が揺れる。
暗闇に目が慣れると、ベッドに横たわるシルエットが浮かび上がってきた。
心持ち荒い呼吸に合わせて胸が上下している。
ラウンジでワイングラスを傾けていた幸せそうな顔を思い出した。
一口で頬をピンクにした可愛い人。
皆からの祝福に包まれて、キラキラした笑顔で応えていた。
少しお酒が過ぎたのだろう。
掛布も纏わずに体を横たえた王子は起きる気配がない。
(王子……)
音にならない声で呼びかける。
(王子……王子……)
いっそ、気づいて起きてくれたら良いのに。
声は王子に届くことはない。
(……ごめんなさい)
人魚姫はゆっくり王子の足元に近付いていく。
微かな呼吸の音が聞こえた。
愛しさが募る。
できることならずっと聞いていたい、幸せな音色。
すらりとした二本の足が無防備に投げ出されていた。
人魚姫は身を屈めてその足に触れた。
すねから膝。
形を確かめるように膝頭をそっと撫でる。
そのままももの肉付きを掌で感じる。
布を通して伝わる体温にうっとりと目を細めた。
(なんて愛しい……)
先程までとは違う理由で胸が苦しい。
一度触れてしまえば抑えなど効かないだろう。
たったこれだけの事ですら、人魚姫の欲望に火を付けた。
炎は次第に高くなっていくばかりだ。
そっと。
人魚姫は王子の下肢を包む着衣に手を伸ばす。
そっと。
それをくつろげて、ほうっとひとつ溜め息をついた。