バケーション

夕立のち誘惑

浩紀の存在は異質だ。


俺は、この田舎から出たことがない。
出ようと思ったこともない。

ここで育って、ああ、高校は少し離れた農学科のある高校に通ったけれど。
この地に這い蹲って生きて、ここに骨を埋める。
そう思い描いてきた人生。

その事に少しも疑問はない。
満足していた。
少なくとも、満足していると思っていた。


アースカラー一色の俺の人生に、なぜだか紛れ込んだカラフルなマーブルチョコ。
甘くて、綺麗で、俺の体温で蕩ける。
悪魔みたいに蠱惑的だ。


そんな浩紀に夢中にならない方がおかしい。



断片的に思い出す2年前の夏。



フロントガラス越しの驚いた顔。

ブレーキの音。

衝撃、破壊音。

エアバックに溺れる細い腕。

埃が湿った匂い。

油汗を冷やす涼しくなった風。

錆の浮いたバンパーに減り込む輝く車体。

「キスしてるみたい」なんて、場違いな笑い声。

突然、地面をマダラに濡らす雨だれ。

逃げ込んだ作業小屋の砂埃とガソリンの匂い。

トタンを叩く夕立の音。

雷鳴。

普段会話をするのには必要のない至近距離。

耳元で聞こえる浩紀の声。

時折触れてしまう体温。

濡れた体に、ふわりと香るフレグランス。


「誘ってるんだけど」


暗い室内でもわかるピンクに染まった頬。
潤んで異様に光る上目遣い。
浩紀の綺麗な指が、俺の土で汚れた爪の形をなぞった。



未だ、何をどうしてこうなったのか、いまいち理解しきれていなかったりする。
だけれど、浩紀を愛しいと思う気持ちに偽りはない。

「……What?」

二年前、浩紀が俺の指をそうしたように、桜貝のような爪を弄んでいると、瞼に隠れていた鳶色の瞳が姿を現した。
まだ完全に覚醒し切れていない顔は、童顔をいっそう幼く見せる。

「今年は墓参りは?」

「うん、憲治の都合で」

「じゃあ、明日にでも行こう。報告しないとな」

「報告?」

「結婚、するんだろ?」

「!!!!」

「って!」

ぱああっと顔を輝かせた弘樹が、憲治憲治憲治と俺の名前を連呼しながら布団に押し倒してきた。
ちゅっちゅっと顔中にキスが振ってくる。

全身で喜びを表現するような浩紀に、思わず笑いが漏れた。
俺からもきっと、喜びが駄々漏れなんだろうな。


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