誕生日に


03

俺は下の名前が嫌いだ。
ガキの頃にからかわれたのが、いまだに燻っている。
だから、周りには俺を名前で呼ぶ奴なんてほとんどいないのに。

「そう、だけど。なんで……?」

なんで
知ってるの?
なんで
そんな事聞くの?

なんで?

「良いよな、美秋って、似合ってる」

ちょっ……それは反則……。
こちらに向き直って、至近距離でにっこり笑うこいつの一言一句が耳の中にこだまする。

顔が熱い。

やばい。
絶対に赤くなってるだろ、俺。

それなのに、こいつの顔から目が放せないでいる。

絶対。
絶対。
おかしいだろ?

今、俺。


「美秋さ」

やばい。
ナニコレ。

こいつの声が、俺を呼ぶ。
たったそれだけの事に全俺が喜んでいる。
嫌いだったはずの名前が、こんなにも甘い響きだったなんて、知らなかった。

顔も熱いが、カラダも熱い。
なんて声してんだよ。

「……おい、何で泣いてんの」

「ふえ?」

目尻を無骨な指がそっと触れる。
長い指の先についた雫が、日の光にきらりと光った。

「なあ、今日お前を誘ったの、計画的なんだけどさ、俺の勘違いじゃなければ意味分かる?」

「え? 今日? 計画……意味?」

自分が泣いていた事に驚いて。
いつも見つめるだけだったこいつに見つめられている事に舞い上がって。
こいつの声がいやに優しく聞こえる事にときめいて。

なんだか良くよく分からない。

「美秋、聞いてる?」

こいつが俺に向かって笑ってる、それだけでふにゃふにゃになる俺。
何だコレ。

「へたれ」

「……んだと? ゴルぁ」

やんちゃな俺に言ってはいけない一言がかろうじて俺を覚醒させた。

「ははっ! なにそれ。美秋、可愛すぎだ」

「なっ!!? え? かわい?」

可愛いとか?
俺がか?

「流石にさ、ぼーっとしてる俺でも気付くって。気付かないふりって結構大変なんだな」

こいつの言っている意味が分からない。
いや、分かりたくない。
マジで?
なに言っちゃってるの?

「美秋さ、俺に告られるのと、自分が告るの、どっちがいい?」







…………?



「ぅえええええええ?」

がしゃーん。
顔を寄せてきたこいつに驚いて反射的に仰け反った俺は、パイプ椅子から見事に転げ落ちた。

「っぃてえ!」

「おいおい、大丈夫かよ」

尻餅をついたまま動けないでいる俺の二の腕を、大きな手が掴む。
助け起こされると、目の前にこいつの顔があった。


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