日暮八雲へラブレター




曲がり角、廊下の先で見覚えのある後ろ姿を見つけてギクリとする。長身で黒髪、制服ではなく上から下までピシッとしたスーツを纏うその後ろ姿は俺の知る限りただ一人しか思いつかない。どうしようか、見つかっていない今なら顔を合わせなくて済むしバレないうちに引き返そうかと足を止めて一歩後ずさる。立ち止まったままだが振り返る様子のない奴の後ろ姿に、そういえばこんな廊下のど真ん中で一体何をやっているんだとふと浮かんだ疑問は、すぐ解決する事になる。

「嬉しいよ。ありがとう、後でゆっくり読ませてもらうね」

「〜〜っ!そ、それじゃあ失礼しますっ!!」

奴の向こう側、面白いくらい顔を真っ赤に染めた男子生徒が叫ぶようにそう言ってこちらへ駆けてきた。数メートルも離れない位置にいたため、突然の動きに俺は隠れることもできずに立ち尽くすのみ、そんな俺の存在に気がついた男子生徒は少し驚いたように目を丸めると更に顔を赤くさせて、俯いて俺の横を通り抜けて行ってしまった。
顔だけ振り返り、駆けて行くその後ろ姿を眺めながらぼんやり思う。青春、という奴だろうか。男子校でしかも相手が相手だ、こんな青春見たくもなかったが青春とは人それぞれだし俺は何も言うまい。

「盗み見?いい趣味してるな」

不意に声を掛けられて肩が跳ねる。慌てて振り向くと予想以上に近いところにある顔にギョッとしたが、当の本人ー日暮八雲はそんな俺の様子なんて気にも留めないで、取ってつけたような笑みを浮かべて首を傾げた。

「っ、たまたま通りかかっただけで、そう言うつもりは…」
「まっいいけど。これ、クリスマスにラブレターって最高だよな」

そう言って顔の横で封筒をヒラヒラとさせる八雲。白い封筒に整った綺麗な文字で八雲の名前と、端には差出人であろう人物の名前が書かれている。先ほどの生徒から受け取ったものだろう、このご時世に直接ラブレターを渡すとはなかなか勇気のいる行動だと思う。今日がクリスマスだからこそ、きっと彼にも勇気が湧いたのだろう。そう考えると八雲の言うことにも頷けるが、どうも目の前の男の胡散臭い笑顔はクリスマスの小さな勇気を讃えているようには思えなかった。そしてそれは案の定。

「ははっさいこーにウケるよな、クリスマスとかいうただの平日に酔いすぎ、ていうかそんな自分に酔ってんのわかってないのかぁ?まったく…本当学生って馬鹿ばっか、日本の将来が不安になるよ」

そう嘲るように笑って、手紙に呆れたような視線を落とす八雲の表情はまるで冷たい。ゴミでも見るようなその視線に、なんでか居心地が悪く返す言葉も見つからないまま口を噤んだ。

「おっともうこんな時間か。これ処理しといて。俺これから会議あるからさあ」
「は…処理って、これ告白みたいなもんなんじゃないのかよ、俺に渡されても困る、」
「生徒会室のごみ箱捨てといて。変なとこに捨てて万が一にでもバレたら洒落にならないし。あっシュレッダーかけちゃえばわからないか、よしそれで頼んだよ」
「ちょっ、」
「うまくやれよ、そーま」

。まさかそんな非道な事を俺にさせる気か。無理やり渡された、ぐちゃぐちゃになってしまった手紙を手に無理だという俺の必死の抗議の声も聞かず、八雲は振り返る事なく爽快に立ち去って行ってしまった。廊下に残されたのは俺と、かわいそうなラブレターだけ。シワの入ってしまった手紙に視線を落として、小さく息を吐き出した。
今に始まった事ではない、八雲は昔からそういう人間なのだ。どんなに人当たりがよく、誰からも好かれる人間だとしてもそれがその人の本性だとは限らない。受け取ったラブレターは読まれる事なく、他人の手によってごみ箱の中へ直行。ありがとう嬉しい、だなんてあいつにとって世の中をいかに上手く渡り歩くかを考え勉強し習得した台詞の中の一つなのだ。嬉しいなんて、そんな事微塵も思っちゃいない。そう、これはいつも通りだ。手紙を書いたあの男子生徒も、このラブレターも本当に報われないと思う。がしかし、あの男に心を奪われた瞬間からこの結末は決まっていた事なのだ。せめてあの男子生徒が八雲の本性という事実を知らないままでいられたらと、手紙のシワを一つ一つ伸ばして、ポケットに丁寧にしまい込むのだった。





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