One years ago 5



夜会が終わったのは、日付けを超える間際だった。あれから何杯つき合わされただろう。とにかく酔って倒れる事だけは避けなければと、頭の中で錬成式を唱えていた。
いくら十七は範疇外だからといって、相手の前で倒れたら何をされるかわからない。
自分はアルコールにあまり強くない。だいたい未成年に酒なんて飲ませないで欲しい。シャンパンだろうが、酒は酒だ。
頭が重たい。体がだるい、アルコールのせいで機械鎧の接合部が熱かった。心配だから、車を手配したよ。その言葉に甘えて、官舎の近くまで送ってもらう事にした。歩いて帰れる自信がどうしてもなかったのだ。

軍用車からエドは一人降り立って、街灯の下を歩く。人影はない、この地区の人間は皆行儀よく眠りについているらしい。
こんな明るい夜の中、よく眠れるものだ。中央の夜は薄明るく人工的だった。スモッグがかかっているせいで、夜空が妙な色に染まっている。
遠く、工場のオレンジ色の灯りが見えた。あれは兵器工場で、一部の人間の懐を潤わせている。自分の懐にしまわれている銃も、あそこで生産されたものだ。
長くは続かない。その内あの工場も潰れて、きな臭い匂いもしなくなる。戦争なんてロイが止めてくれるからだ。

ようやく官舎に辿り着く事ができた。扉の鍵を開けるのに、苦労した。鍵穴に鍵を差し込もうにも、手が震えて言う事を聞いてくれなかったからだ。
灯りをつけずに、ベッドまでふらふらと進んでいく。水が飲みたかったが、それよりも早く寝転がりたかった。どう考えても飲みすぎだった、しかし注がれる杯を断る理由を思いつかなかった。
酒で頬を染めている自分でも見たかったんだろう。悪趣味な事だ。鼻で笑いながら、手に持っていたコートは床に落とした。胸元に銃が入っているせいで、落とした時にごつと硬い音がした。
制服どころか、ブーツを脱ぐのさえ面倒だった。足を振ってもブーツは足から抜けてくれなかった。振っている内に足がもつれて、ベッドに頭から突っ込んだ。

毛布が体を受け止めてくれる、痛みはない。このまま寝てしまえれば楽だろうなと思った。
今日は眠れるかもしれない。試しに目を閉じてみたが、どうにも駄目だった。しばらくしてエドはまた目を開けた。
体は眠気を欲しているが、頭のどこかが冴えている。眠いくせに、眠れない。腹は空くのに、ろくに食べられない。
医者に見せたところで無駄だ、告げられる病名なんて簡単に想像がついた。ノックスが心配して時折、薬や栄養剤をこっそりと渡してくれた。ああいった優しい大人に、心配をかけるのは辛い。それでも「少将には絶対に言わないでくれ」と口止めする事を忘れなかった。
少将だなんて、やっぱ呼び慣れねぇの。

自分の中ではいつまでも彼は、大佐のままだ。いや、それはまずい。早いところ出世をしてもらわなければ。少将の次は中将、大将。そうして最後に大総統だ。
エドはベッドに仰向けになって、指を折っていく。楽しい想像といったら、それくらいしかなかった。つまらない人生だと人は言うだろうか。どうだっていい。誰に何と言われようと構わないから、サーベルを捧げ持つ、ロイの姿を目に映したいと思った。

叶わない事はもちろんわかっている。その頃には自分はいないだろう。だから、こうやって想像するのだ。
「……あれ、俺指も細くなったか」
随分と骨ばっている。もう少し肉がついていたと思うのだが。こんな部分の肉まで削れて。このままじゃ自分は持たないとわかっているのに、それをどうする事もできない。
栄養剤をいくら口にでは足りないとわかっている。もちろん酒も駄目だ
『今日はここまでだ。相手ができなくてすまんね』
何を謝るのか、おかしくなる。ははと乾いた笑いが口からこぼれた。
「安心しろって」
髪に触れられた、丸々とした手を思い出す。芋虫みたいな指だった。剣を握る軍人のものとはとても思えなかった。
もしもこいつの席が一つ空けば、その分だけ彼の昇進が早まる。そんな事を考えながら、髪を解いたところを見せてくれと請われ、髪紐を解いてやった。

失脚を待つのではなく、いっそ殺してしまおうかとも思った。金の目もいいと笑っていた、あの年寄り。こいつ一人殺したくらいじゃどうにもならない。そういう真似をするなら、もっと上の奴を狙わないと。
俺は少し自棄になっている、それに何かを急いでいる。しかし焦燥感の原因は掴めなかった。
『惜しい、後数年早ければ』
数年早かったら何だって言うんだ。吐き気が胸の辺りまで込み上げてきた。それをどうにか飲み下す。吐けばそれだけ体力を消耗する。
「本当の子どもじゃなきゃ、勃たねぇくせに触んなよ」
エドは下卑た言葉を吐いた。軽蔑を抱くのはあの老人か、自分にか。こんな事は彼に聞かせられない。知られたくない。
いつまでも彼の錬金術師でいたかった。そしてあの声で銘を呼ばれたい。他には何もいらないから。

鋼のって呼んで欲しい、俺はあの声を聞きたい。
アルコールがまだ体中をぐるぐる回っているのか、取りとめのない思考だった。目の淵が熱くなる、もしかして涙が溜まっているんだろうか。それも少しすれば治まった。
腕を伸ばして、髪を解いた。
相変わらず寝転がったままエドは髪を一房つまんで、しげしげと見る。ろくに手入れもしていない髪は、先が白金のようになってしまっている。
何がいいんだ。自分に目をつける下種は、そろってこの色を誉めそやす。髪と揃いの目がいいと。その白い肌がいいと。次の任務で切ってしまおう、そして色を変えよう。
それでもう未練とか、全部断ち切れたらいいのに。髪を切ったくらいで、自分の性質を変える事ができるとは本気で思っていない。

ただ、何かを変えたかった。泥沼にはまって、沈んでいくしかない状況を。もがいても、最後には飲み込まれてしまうだろうけれど、その時を少しでも遅くしたかった。
ロイが何度か触れてくれた髪を、少しだけもったいないと思った。だから、それが未練がましいって言うんだと苦笑を浮かべている内に、眠気が襲ってきた。
酒の力だろうが、眠れるならそれに越した事はない。エドは瞼を閉じ、金の両眼を隠した。レポートをやけに誉めそやしていた声が、なかなか脳裏から消えてくれなかった。

少しだけ眠る事ができた。しかし眠りは長く続かず、夜が明ける前に目が覚めてしまった。
酔っ払っていたせいで制服を半分着たままで、酷い有様になっていた。皺だらけだ。袖を抜いて、制服をベッドに投げ捨てる。すると胸ポケットに入っていた銀時計の鎖が、瀟洒な音を立てた。
ブーツも履いたままだったので、今度こそ足を振ってそれを床に落とした。
窓から外を覗くと、朝はまだ遠かった。月も星も見えない夜空が広がっていた。相変わらず端の方が妙な色に染まっている。工場の灯りが映っているのかもしれない。


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