His name 3



それでも『一緒』という言葉には逆らえなかった。食器を片付けるのを手伝ってもらった後、エドは顔を洗った。
鏡には見慣れた自分の顔が映っている。金の髪、それに金の眼。ロイとは正反対の色彩だ。アルもウインリィも金髪だから、あんなに深く濃い黒を見たのは初めてだった。
だから目を離せないのか、心臓の鼓動が早くなるのか。
本当にわからない事ばかりだ。その原因でもある男と出かける。どうなるんだろうという期待半分、不安半分だった。

支度を終えて、二人外に出ていく。ここでは誰も家の鍵をかけたりなんてしない。皆が顔見知りだからだ。目覚めた時、窓から見たとおりの美しい青空が広がっていた。高い建物だってないから、視界いっぱいに空が見える。
空には雲ひとつ浮かんでいない。薄青の絵の具をさあっと流し込んだような色をしていた。
透き通った空には果てがなく、あまり見つめていると、魂を吸い込まれてしまいそうで美しくもあり、少し怖い。
砂利が敷かれた道を、彼と並んで歩く。他には誰もいなかった。
いつもはこの時間エド一人で過ごしている。いや、一人ではない、デンも一緒だ。アルは大抵毎日用事があって、早く終われば昼食を一緒に食べたりもするけれど、それもめったにある事ではない。
だから自分の話し相手は誰もいない。デンが話せたらいいのにと思う事もある。
一緒に過ごす相手がいるなんて、今日は何て特別な日だろうと改めて思った。

家を出たあたりから、考えている事がある。さっきの話の続きを振ってみようか。少しは落ち着いてきたから、心臓が破裂するなんて事はない。
ロイが自分に逢いに来たという理由を聞いてみたい。勇気を奮い立たせて、エドは何とか口を開いた。
「さっきの、俺に逢いに来たって話。どうしてなんだ?どうして、俺に逢いに来てくれたんだ」
ロイの眼差しは真摯で嘘をついているように見えなかったが、いくら考えても自分に逢いに来る理由がわからなかった。
アルから自分の話しを聞いていたのか、もしかして過去に逢った事があるのだろうか。
俺が覚えていないだけなのかもしれない。記憶のない過去、自分が何をしていたのか、どんな暮らしをしていたのか二人に聞いた事はなかった。
もしかしたら今と変わらないものであったのかもしれない。
朝の光と共に目覚め、羊を離し、その合間に花を摘み墓に捧げ、また羊を追って、一日の終わりに夕餉を弟と幼なじみと囲む。星を見て、明日も晴れる事を願って眠る。
そんな穏やかな毎日であったのかもしれない。尋ねた後、ロイはなかなか答えようとしなかった。じっと視線を注いでくる。
彼の視線を受け止めているのが苦しくなり、エドは自分から顔を逸らした。

風が通り過ぎていく。草木が揺れて、甘い匂いがした。
「君に嘘はつかない」
ロイはそう前置きをしてきた。自分に向かって誓うような響きだった。
「どこから話せばいいのかまだわからない。私は本当に、君に逢いたくてここに来たんだ。それだけは信じてもらえないか」
どうかと願ってくる。
ロイはそれ以上理由を話してはくれなかった。きっと彼にも事情があるのだろう。逢いたかったという言葉だけで、今は十分だ。エドも無理に聞き出そうとする気は起きなかった。
「俺が信じたら、あんたは嬉しいか?」
最後に一つ尋ねれば、ロイは頷いてくる。
「ああ、嬉しい」
「本当に?」
本当だと笑ってくる、その眼差しを信じてみよう。もっとその顔を見ていたくて、エドは本当の本当に?ともう一度尋ねてみる。ロイは呆れる事なく、ああと頷いてくれた。
「だったら俺は信じる。あんたが嬉しいって言ってくれるなら」
ロイが礼を告げてくる。その声と表情に、心臓がまた早まって呼応するように、こめかみの傷が痛んだ。
エドは無意識の内に、額を手で押さえる。ここが痛くなったら、何も考えられなくなる。今は痛くならないでくれと、自分の体に言い聞かせた。
ロイと一緒にいられる時間は限られている。一週間しかない、今日で二日目だ。そうすると後五日。

自分の様子に気づいたロイが「どうかしたのか」と気遣わしげな視線を向けてくる。それに対して何でもないと、エドは答えた。嘘だ、少しずつ痛みは増していっている。いや、増してなんていない。今日ゆっくり休めば平気なはずだ。
たまにこんな風に頭が割れるように痛くなる。寝不足の時に起こる頭痛とは違う。それはそうだ。銃で頭を撃ち抜いたのだ。違う、あの時彼の声に動揺して、目測が外れた。完全に撃ち抜く事ができなかった。
だから、あの闇から引き返す事ができた。こうして生きているのは、彼のおかげ。おかしな記憶が、頭をよぎった。エドは目を瞬かせる。すると風のように、その記憶は逃げていった。

痛みも少しずつ治まっていく。よかった、もう平気だと息をつく。
「大した事ないんだ、ちょっとぼんやりしちまっただけで」
「そうか?だったらいいが」
ロイはまだ心配そうな顔をしている。そんな顔をさせたくはない。
「なあ、後はあんたが何か嬉しいって思う事あるか。俺のできる事で」
この男を喜ばせたいと思った。もっと笑みが見たい。自分のできる事は限られているけれど。
ロイはそうだなと少し考えて、エドが思ってもいなかったような言葉を紡いできた。
「君が私の名を呼んでくれると嬉しい」
それくらいの事で喜んでくれるなら、いくらでもと言いたかった。朝に一人、彼の名を呼んだ時に感じた照れくささも違和感も我慢できるはず。ただ今すぐは難しいかもしれない。
「……じゃあ、ちょっと練習しとくから。明日から呼ぶから」
答えればロイはまた笑ってくれた。その笑みを見て、明日は絶対に名を呼んでみせようと、エドは心の中で強く思った。


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